10月26日の会見で謝罪する川崎博也社長兼会長(撮影:田所千代美)

「今のところ契約取り消しなどはないが、将来はどうなるかわからない。業績への影響は見通せていない」。10月26日の会見で神戸製鋼所の川崎博也社長兼会長は、そう繰り返すしかなかった。

収束の気配が見えない神鋼の品質データ改ざん問題。業績に与える影響について梅原尚人副社長は、10月20日の会見で次のように述べている。「現時点でビジネスへの影響がないかと言えば、それはある。損害賠償請求訴訟はまだないが、今回の件で顧客に発生した(部品交換などの)コスト負担を数社から求められている。また、アルミ・銅部門で売り上げ4%分の不適合品の出荷が止まった数量減の影響のほか、信頼を失ったことで当社が失注したり、他社に転注されたりするケースも出ている」。

海外26社の安全性検証が終わっていない

不正品の納入が判明している国内外525社の中で、顧客が安全性に問題があると認めた事案はまだ出ていない。ただ、安全性検証の進捗が明らかになっていない88社のうち、26社が海外企業であり、これらのユーザーによる費用負担請求や賠償金請求のリスクは依然残る。しかも、今回の調査対象となった直近1年間より前の調査は手つかずの状態であり、ようやく設置した外部調査委員会の下でさらなる不正が表面化するおそれは大きい。

神鋼は品質検査を強化するためダブルチェックを行うなど、より保守的な生産を強いられている。時間当たりの生産性低下は避けられない。品質向上や検査工程の自動化のための将来的なコスト増も予想される。

米国司法当局が連邦法の詐欺罪適用などを視野に調査を開始したのに続き、欧州航空安全局は神鋼製品について安全が確認されるまで使用を中止するよう勧告した。10月26日には銅管子会社の一部製品が日本工業規格(JIS)の認証を取り消されたことが判明。認証機関による今後の立ち入り検査次第で、認証取り消しがグループ内の他工場へ拡大する可能性もある。国内外で顧客離れが進みかねない。また、金融市場では神鋼の社債利回りが上昇しており、将来の資金調達コスト増大が懸念される。こうした経営への悪影響は定量化が難しいが、ボディブローのように効いてくるのは間違いない。

神鋼は10月30日午後に今2018年3月期の中間決算を発表する。おそらく前年同期と比べて大幅な増益決算となるだろう。国内外の鋼材市況の回復に加え、不振だった中国での建設機械販売が大きく好転しているためだ。

しかし、この中間決算は改ざん発表前の今年4〜9月のものであり、改ざんの影響はまだほとんど反映されていない。一方、今下期を含めた通期決算については、7月段階で最終利益350億円と3期ぶりの黒字転換を予想していたが、一気に暗雲が垂れ込めている。

「再編は一切考えていない」と語っていたが・・・

仮に今期も赤字が続いたとしても、大規模なリコールや巨額の賠償請求訴訟が起きない限り、一気に経営危機に陥るわけではない。自己資本は6月末で6960億円、自己資本比率は29.8%ある。創立112年の名門企業だけに、土地や有価証券などある程度の含み資産も持っている。

だが問題は、企業として今後も競争力を維持し、生き残っていけるかどうかだ。鉄鋼業界を取り巻く環境は生易しいものではない。世界の粗鋼生産量の今や半分を占める中国の鉄鋼メーカーが過剰な生産能力を抱え、中国国内の景気情勢次第で生産量と輸出量を増減することで世界の鋼材市況に大きなインパクトを与えている。2015年度と2016年度に神鋼が連続で最終赤字に陥ったのも、中国要因による鋼材市況暴落が主因の一つだった。


足元は鋼材市況が回復局面にあるとはいえ、来年以降は予断を許さない。製品の技術力においても、韓国、中国、台湾勢のキャッチアップは急速に進む。こうした中で、日本勢は競争力を維持するため、老朽化した製鉄所設備の改修や集約、そして将来に向けた戦略投資を続けていかねばならない。それには2020年代に向けて1000億円単位の投資が必要。その資金力を保てるかどうかだ。

2016年4月に発表した中期経営計画で神鋼は、「電力事業」で収益安定化を図りながら、鉄鋼・アルミなど「素材系事業」では自動車・航空機の軽量化ニーズへの対応を軸に成長を目指し、「機械系事業」においては圧縮機や水素ステーション向け機器などエネルギーインフラ分野を中心に収益力を強化する方針を示した。そして川崎氏は「これら3本柱があれば、単独でも十分に会社としての体を成す。(他社との統合などの)再編は一切考えていない」と断言した。

しかし、今の川崎氏に自信を持ってその言葉を繰り返すことはできるだろうか。

そもそも、神鋼の業績不振は最近始まったことではない。過去10年間でも半分の5期は最終赤字。過去20年間を見ても、半分近い9期が最終赤字だ。常に赤字が隣り合わせの慢性的赤字体質といっても過言ではない。

赤字の原因には鉄鋼事業を中心とした外部環境の悪化があるが、神鋼独自の要因もある。鉄鋼事業においては粗鋼生産量で1、2位と大きな差のある3位で、上工程において規模のメリットを出しにくい。低い生産性と収益性を引き上げるため、同社は現在、11月を目途に神戸製鉄所の高炉を休止して加古川製鉄所の2基に集約しようとしているところだ。


神戸製鋼所の東京本社。赤字体質が改ざんを助長した可能性もある(撮影:尾形文繁)

また、神鋼は自動車向けなど、特定顧客向けの「ひも付き商売」の割合が多い。汎用の市況品と比べて高級鋼が多いとはいえ、顧客の要求品質は高く、歩留まり悪化を起こしやすい。価格も顧客との厳しい交渉で決まり、利ザヤを稼ぎにくいとも指摘される。

建機事業でも神鋼はコマツ、日立建機に次ぐ国内3位で、生産性や競争力の面で劣勢にある。2015〜2016年度は中国の建機事業の不良債権損失が最大の赤字要因となったが、与信管理の失敗が背景にあり、リスクに対する脇の甘さも否めない。

こうした赤字体質を助長するような今回の改ざん問題。競争力維持のための資金力確保に一段と不安が生じ、神鋼の自主独立路線維持は危うくなってきた。過去の総会屋への利益供与や違法献金を含め、不祥事を繰り返す企業体質を抜本的に見直す必要もある。

JFEは再編に前向き

JFE(ホールディングス)がうちを魅力的に思うのはよくわかる。JFEは線材など特殊鋼が弱く、ハイテン(高張力鋼板)でも米国で出遅れている。だから、JFEからTOB(株式公開買い付け)をかけられた場合も含め、対策を考えているんですよ」。神鋼の幹部からそんな話を聞いたのは1年ぐらい前のことだった。

実際、JFEはその気十分に見える。2016年末に同社首脳に取材した際も、「再編は経営戦略の有力な手段。高炉業界で今後も起こりうる」としたうえで、「当社と神鋼とは補完関係がある。特に棒線(棒鋼・線材)の分野だ」と語っていた。ただ、「神鋼は依然として自主独立路線を標榜しており、今はそうした(再編の)タイミングではない」。あくまで友好的に、将来の機会到来を待つという構えだった。

JFEには焦りがある。2002年に当時の川崎製鉄とNKK(日本鋼管)が統合して誕生した後、統合効果も一段落し、近年は停滞感が強まっているためだ。

その間、ライバルの旧新日本製鉄は2012年に旧住友金属工業と統合し、2017年3月には高炉4位の日新製鋼を子会社化した。その結果、新日鉄住金とJFEの間では売上高で約4割の2兆円強、時価総額でも1.2兆円近くまで差が拡大している。

神鋼はJFEにとって魅力的な花嫁候補に違いない。JFEが喉から手が出るほど欲しいのは、神鋼の線材だ。神鋼と言えば「線材の神戸」。自動車のエンジンや足回りに使用されるばね用線材のほか、ボルト・ナットなどに使用される冷間圧造用線材が有名だが、なかでも自動車エンジンの弁ばね用特殊鋼線材では世界トップのシェア約5割(製品シェアは神鋼推計、以下同)を誇る。一方、JFEはこの特殊鋼線材がほぼ欠落している。同社首脳が「補完関係がある」というのは、そのためだ。

加えて、神鋼はアルミ材という「宝」も持つ。同社は鉄とアルミの両方を生産する世界唯一のメーカー。飲料缶用やハードディスクドライブ用、鉄道車両用でも有力だが、最大の強みは自動車向けだ。車向けのアルミ合金材では国内のパイオニアであり、ボンネットなどに用いられる車用パネル(板)材では国内シェア約5割を誇る。バンパー用のアルミ押出材やサスペンション用のアルミ鍛造品でも国内トップを自認する。

鉄鋼業界では今、世界的な自動車の燃費規制強化に伴う車体軽量化にどう対応するかが大きな課題だ。鉄よりも比重の軽いアルミや炭素繊維の採用が増える中、新日鉄住金やJFEはハイテン(高張力鋼板)の高強度・薄肉化を軸に「鉄を究める」ことで他素材の攻勢をしのぐ構え。

これに対し神鋼は、最先端の超ハイテンで国内トップクラスの技術力とシェアを有するうえ、鉄の代替素材となるアルミ材も強い。鉄とアルミを接合する独自の溶接技術も併せ持っており、自動車軽量化時代の申し子のような存在だ。JFEが自陣に引き入れたいと考えるのも無理はない。

新日鉄住金には独禁法の壁


新日鉄住金の君津製鉄所。神鋼支援に動き出すか(編集部撮影)

当然ながら、新日鉄住金も神鋼をライバルには渡したくないはずだ。同社は旧新日鉄、旧住金時代の2002年、海外鉄鋼大手からの買収防衛策として神鋼と3社で資本業務提携をしており、神鋼とはより親密な関係にある。新日鉄住金誕生後の2014年に持ち合い株を半数ずつ売却したが、今でも神鋼の第3位株主で2.9%の株式を保有する。

今後、新日鉄住金が神鋼の支援のために追加出資や業務提携強化を行う可能性は十分ある。しかし、経営統合や子会社化となると独占禁止法の壁が立ちはだかる。「特殊鋼線材の分野は国内の高炉ではほとんどが新日鉄住金と当社。海外からの輸入もないので、独禁法の観点から難しいだろう」(神鋼幹部)。弁ばね用線材では世界でも2社で圧倒的なシェアとなる。また、ハイテンでも両社を合わせると国内では5割を大きく越えるなど、神鋼の看板商品での重複がネックになりそうだ。

10月27日、新日鉄住金の中間決算会見の席上、神鋼の改ざんについて問われた榮敏治副社長は、「残念なこと。大株主として注視している」と述べた。神鋼との提携関係は「今後も続ける」が、神鋼への支援策については「特に考えていない」と語った。ただ裏では、さまざまなオプションを検討しているのは間違いないだろう。

今後、神鋼はどのような運命をたどるのか。取引銀行や新日鉄住金の支援を受けながら何とか自主独立路線を守っていくのか、それともJFEなど他社との統合や解体によって大規模な再編に進むのか。それは改ざん問題の影響度とともに、将来を見据えた神鋼経営陣の危機感の度合いが左右することになる。