錦織圭【写真:Getty Images】

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日本テニス界のエースが長期離脱…中村俊輔専属トレーナーに聞く発症のメカニズム

 男子テニスシングルス世界ランキング9位の錦織圭(日清食品)は、右手首の腱損傷により、今季残りのツアーを欠場することを発表した。錦織のマネージャーは、ウェスタン&サザン・オープンの開幕前、サービス練習中に利き腕の手首から破裂音が聞こえたと説明しているが、日本のエースの身にいったい何が起きたのか。ジュビロ磐田の元日本代表MF中村俊輔の専属トレーナーを務める新浦安しんもり整骨院入船院の新盛淳司院長に、故障の原因と完全復活への道のりについて聞いた。

「錦織選手の怪我は残念です。手首の怪我ですが、腱の中でも、尺側手根伸筋腱の損傷とも伝えられています。これは肘から手首まで小指側についている筋肉で、『背屈』と呼ばれる手首を甲側に反らす動作や、『尺屈』と呼ばれる小指側に曲げる動きを主に行います。原因は、使いすぎでしょう。テニス選手の“職業病”と言えるものです」

 錦織は14日の練習で右手首に異変を訴え、病院に直行。マネージャーの発表によれば、MRI検査を行った後、MLBの数々の投手を診察してきた手首の権威の診断を受け、右手の腱の一つに裂傷が確認されたという。現時点では手術を避け、痛みの度合いを見ながら今後の治療方法を判断することになるとしている。新盛氏は、ボールに回転を与える動きが、負傷に至った主原因だと分析する。

テニスでは、ボールに回転を与えるために手のひらを上にする『回外』という動作と、手のひらを下にする『回内』という動作を繰り返しながらボールを打ちます。この際に、尺側手根伸筋腱には摩擦が加わります。それが腱鞘炎や腱炎を引き起こす原因になると言われています。長年の選手生活で、腱に繰り返しストレスがかかり、今回の負傷に至ったものと考えられます」

ひねる衝撃の勤続疲労だけでなく、脇腹や臀部などの故障で手首への負担が増加

 錦織は、全身のバネようにひねりながらショットを繰り出す。強烈なスピンを加える動きで手首に負担がかかり、長年にわたって勤続疲労していたと見られるが、他の箇所の痛みをかばうあまり、悪化した可能性もあるという。

「錦織選手は、3月のマイアミ・オープンでも手首を故障していました。テニスの世界では、TFCC(三角線維軟骨複合体)と呼ばれる部位を痛めるケースも少なくありません。TFCCとは、手首の小指側の関節を、靱帯や軟骨などが複雑に絡み合い、つないでいる部分。手首の支持性を高め、力を伝達し、分散させたり、吸収させる様々な機能があります。この部分を痛めたら、手首の支持性が低下する。つまり、グラグラするようなイメージです。TFCCを痛めている影響で、その周囲にある尺側手根伸筋の負荷が高まったことも考えられます」

 錦織はマイアミ・オープンで右手首を痛め、続くバルセロナ・オープンを欠場。復帰した5月のマドリード・オープンでも痛みが再発し、準々決勝のノバク・ジョコビッチ(セルビア)戦を棄権している。手首でも別箇所を痛めていた影響が今回の負傷の一因になった可能性が高い。さらに、今季の錦織は臀部や足首を痛めるなど満身創痍の状態だったが、これもまた手首に大きな負担を与えるリスクがあるという。

「屈強な海外選手と戦うために、錦織選手は体全体をひねることでボールにパワーを伝達しています。過去に脇腹や臀部などを負傷していますが、他の痛みの影響でひねる力が弱まっていたとしたら、それを補うために手首を通常よりもひねり、負担が高まったことも考えられます」

年内の公式戦欠場は、さらなる飛躍を遂げるための重要な“充電期間”

 新盛氏は、錦織の完全復活に向けた道筋についても考察する。

「今後はギブスで患部を数週間固定して安静にしながら、超音波などの物理療法を行います。そして、筋力や可動域が低下しないように、少しずつリハビリをしていくのが一般的な治療の流れです。最近では、超音波エコーを見ながら、“Fascia”と呼ばれる靱帯・筋膜・脂肪など結合組織の癒着部分などを特定し、注射などでリリースする治療法が研究されています。私も、除痛に対して非常に高い効果を得たケースを見ています。非常に期待の持てる治療法の1つと認識しております」

 治療院でも実際にエコーで筋膜などの癒着部分に鍼灸治療を加えることで、痛みを減らすメソッドを取り入れている。錦織の手首などの痛みを取り除くために有効な策になるのでは、と提言している。年内の公式戦欠場は、さらなる飛躍を遂げるための重要な“充電期間”になると新盛氏は語る。

「長期間の離脱になりますが、逆に言えば長期間のトレーニングを行えるということです。しかし、ひねる動作などテニスの動きに近いトレーニングを行えば、負荷次第では怪我の再発につながるリスクも高まるかもしれません。テニスの競技動作に近いトレーニングばかりだと、十分な負荷がかけられず、思うようなトレーニング効果が望めないことも考えられます」

「屈強な選手に対抗できるプレースタイルになれば、手首にかかる負担も減る」

 手首にダメージを蓄積させてきた「ひねる」という動作は、再発防止のためにしばらく制限が必要だろう。そして、休養期間にウエイトトレーニングで体を強化することが、レベルアップへの効果が期待できるという。

「世界のトップ選手とこれまで以上に戦うには、筋力向上によるパワーアップが必要になります。パワーアップすると関節や筋肉に負担がかかり、怪我のリスクが高まると指摘する方もいますが、それは間違いです。スクワットやデットリフトなど基礎的なウエイトトレーニグにより、臀部、太もも裏(ハムストリング)、背筋、肩周りなど 全身の筋力を向上させると、ストップ動作やボールを打つ際の衝撃の耐性が高まることが期待できます。コアやインナーマッスルと呼ばれる小さな筋肉も同時に鍛えれます」

 身長178センチというサイズで、190センチ以上の選手たちと互角に渡り合ってきた錦織。ウエイトトレーニングで体の各部分を強化することで、ショットのインパクトで生じる負担に対して筋肉の耐性を高めることが望めるという。「エアーケイ」と呼ばれる全身をひねりながら繰り出す渾身のショットをせずとも、80〜90パーセントのパワーで鋭いウィナーを奪うイメージだろうか。

「ベースとなるパワーを高める一方で、すべてのショットに100パーセントの力を使わず、屈強な選手たちに対抗できるプレースタイルになれば、手首にかかる負担も減ります。そうすれば、世界のトッププレーヤーを倒せる可能性は高まると思います」

 新盛氏が提言するように、錦織は長期離脱の試練を「チャンス」に変えることができるだろうか。