福田正博 フォーメーション進化論

 2012年から5年半、浦和レッズの指揮を執ってきたミハイロ・ペトロビッチ監督が7月30日に解任された。このニュースを聞いて最初に思ったのは、今シーズンの最後までペトロビッチ監督のままでよかったのではないか──ということだ。


19節終了後に浦和を解任されたミハイロ・ペトロビッチ前監督

 その最大の理由は、この5年半をかけてペトロビッチ前監督が築き上げてきたサッカーのスタイルにある。

 ペトロビッチ前監督のサッカーの特徴は、ボールポゼッションを高めてパスをつなぎながらチーム全体で相手陣に押し込んでいくスタイルにある。3バックの両サイドの槙野智章と森脇良太は積極的に攻撃に顔を出し、ボールを奪われた後のカウンターへの備えは、ボランチの阿部勇樹とCBの遠藤航でケアをする。

 自陣に空いた広大なスペースはGKの西川周作もカバーするが、ボールの奪われ方が悪いと相手に自由にやられる危険性が高いというスタイルでもある。実際、今シーズンの浦和は攻撃の終わり方が悪いことが多く、そこから相手にボールを奪われて反撃を受け、それがそのまま失点につながるケースが目立った。

 結果的に、このポイントを修正できずに黒星がかさんで監督解任につながったが、この攻撃的なサッカーを実現するために、5年半をかけてペトロビッチ前監督が集めたのが、今の浦和の選手たちだ。

 就任した堀孝史新監督は、2012年からトップチームのコーチをつとめてきた。2011年シーズン途中からは当時のゼリコ・ペトロビッチ監督の解任を受けてトップチームを率いた経験もある。

 この時の堀監督は、それまでユースの監督をしていたこともあって、ユース時代から知る原口元気や山田直輝らの若手や、出場機会のなかった選手をうまく起用しながらチームを立て直し、J1残留に導いた。

 しかし、今回はチーム事情が大きく異なっている。就任に際して「選手たちには正しい競争をさせていきたい」と語っていたが、現在の浦和は競争できるほど選手が揃っていない。

 監督交代によってチームが生まれ変わるケースは確かにある。鹿島アントラーズは大岩剛が6月からチームを率いることになり、8月13日の第22節で敗れるまで8勝1分と、劇的にチームは生まれ変わった。

これはトップチームのコーチをしていた大岩監督が、選手を正しく競争させたこともあるが、鹿島のサッカーがシンプルなスタイルだったことも大きい。フィジカルコンディションを優先して選手を入れ替えたとしても、戦術がシンプルであれば選手同士のコンビネーションが多少悪くても、なんとかなるものだ。

 だが、今の浦和はほぼ一定の選手たちでコンビネーションを高めていき、特殊な戦術を成熟させながら進化してきたチームだ。この場合、フィジカルコンディションを優先した競争で新たな選手を起用しても、試合になるとその新たな選手が加わったことが、かえってチーム全体の停滞を招くことになりかねない。

 それならば戦術を変えればいいという考えもあるが、これが浦和の場合はとても難しい。なぜなら、5年半かけて築いてきたペトロビッチ前監督のスタイルのサッカーでこそ輝く選手を集めてきたからだ。

 もちろん、選手たちは、プロフェッショナルだから求められたことはやり抜くはずだ。守備を固めるという指示があればそれを守るだろう。しかし、それだと、たとえば攻撃に特長を持つ槙野や森脇の最大の持ち味を消すことになってしまう。

 これは他の選手にも言えることで、いまの浦和にいる選手のほとんどが、ペトロビッチサッカーを成熟させるために集められた選手。言い換えると、鹿島のようなシンプルなサッカーでは、個々の持ち味が消えてしまう選手たちということでもある。

 そうしたメンバーが揃うチームのため、堀監督がペトロビッチ前監督と異なる方向性のサッカーをやろうと考えたとしても、それを実現するのは時間的制約などもあって、とても難しいだろう。

 堀新監督にバトンを託したのは、ペトロビッチ監督のもとでトップチームのコーチをしてきた経験を活かし、いいところを引き継ぎながら……という判断なのだと思う。ただ、それですぐにうまくいくような簡単なものだったら、世界中のサッカークラブが指揮官選びで右往左往することはない。

 これほど難しい状況で指揮を引き継いだ堀監督が、残りのシーズンでチームをどう立て直すのか。今シーズンのリーグ戦の優勝は難しい状況になったが、まだACLも勝ち残っているし、カップ戦もある。ここからが、本当の意味で浦和の底力が試される。

 また、来季以降の浦和について考えると、2、3年は苦しい状況が待っていると言えるだろう。ペトロビッチ体制のもとでプレーしてきた選手たちの年齢が全体的に上がってきているからだ。さらに、ペトロビッチ・スタイルでこそ輝く選手たちが、他の戦術を採用したときに同じように輝けるとは限らない以上、新たな選手を獲得する必要も出てくる。

 いずれにしても、チームを大きく改造しなければならないなか、浦和レッズというクラブがどういった方向性を打ち出すのか、非常に興味深い。以前のような守りを固めてのカウンタースタイルに回帰していくのか。それとも、ペトロビッチ前監督の築いた攻撃的なサッカーをさらに進化させるのか。

 その舵の切り方によって、「Jリーグで圧倒的な数のサポーターを抱えるクラブ」にとどまるのか、それとも「名実ともにリーグを牽引するメガクラブ」になるのかが決まるといっても過言ではない。浦和というクラブがどういう覚悟を決め、どう決断するのか、大いに注目している。

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