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 お笑い界の大御所が、売り出し中の若手芸人を一刀両断したと話題になっている。3月8日放送の『北野演芸館』(TBS系)に8.6秒バズーカーが出演。いま大人気の「ラッスンゴレライ」を披露したが、支配人役のビートたけしの反応はいまひとつ。1分足らずでネタを強制終了されてしまう事態となった。たけしは、彼らのネタについて「バカ大学の文化祭じゃないんだから」と呆れたようにコメントした。

 今が旬の芸人がバッサリ斬られたようにも見えるこの事件だが、お笑いファンの立場から言わせてもらえば、別にそれほど大騒ぎするようなことではない。

 基本的に、テレビやライブなどの表舞台で芸人がほかの芸人のことを悪く言うのは「愛のあるイジリ」でしかない。前後の文脈を無視して、言葉だけを切り出して活字にして広めれば、いくらでも悪い印象を与えることはできる。たけしの発言も、それほど批判的でもなければ過激でもなく、ただ率直に彼らの芸を見て思ったことを述べただけではないかと思う。

 ネタの強制終了にはひどい感じがするかもしれないが、実際にはこのコーナー、たけしが芸人のネタを見て、いつそれを終わらせてもいいという仕組みになっており、途中で打ち切ってみせるのもひとつの笑いどころだ。8.6秒バズーカー自身も、このことで傷ついたりショックを受けたりはしていないだろう。

 むしろ、たけしのこのコメントは面白い上に本質を突いていて「さすが!」と思った。たけしは「ラッスンゴレライ」を「バカ大学の文化祭」に例えてみせた。この例えに含まれている意味を解きほぐすと「素人レベルのバカ騒ぎ」というようなことになる。芸人が大学生呼ばわりされるのは屈辱的なこと。それは、プロではなく素人と言われることに等しいからだ。有吉弘行がキングコングの西野亮廣につけたあだ名、「元気な大学生」のインパクトが強いのもそういう理由だ。

一発屋は計算済み!?

 実際、8.6秒バズーカーはまだ芸歴1年目。芸も未熟でプロになりきれていないと言われても仕方がない。ただ、一方で、その素人っぽさこそが彼らの強みにもなっているというのを見逃してはならないだろう。

「一発屋予備軍」と見られている彼らだが、実はもともと一発屋狙いで芸人になったと自ら語っている。1年以内に売れるためには、一発屋的な形で世に出るしかない。そのためにリズムネタを選んだのだ。

 リズムネタは、一定のリズムさえ刻むことができれば、漫才のように一語一句まで言葉のタイミングにこだわらなくていいし、コントのように演技力も求められない。リズムネタは、お笑いの世界に足を踏み入れたばかりの彼らにはうってつけのネタであると共に、当たれば大きいという可能性も秘めていた。

 彼らのネタは、確かに素人っぽいところがある。ただ、だからこそ誰にでもとっつきやすく、真似しやすい。ラッスンゴレライが広まる大きなきっかけになったのは、一般人が動画サイトなどで彼らのネタをコピーした動画を次々にアップしていったことだった。真似したくなる上に、真似しやすいネタだったからこそ、ラッスンゴレライは短期間で爆発的にヒットしたのだ。

 8.6秒バズーカーのネタは確かに「バカ大学の文化祭」のようなものかもしれない。ただ、だからこそ多くの人に受け入れられたし、広まったというのも事実なのだ。お笑いの世界では、素人っぽい芸はただ未熟で未完成なものとして低い評価を受ける。ただ、世の中では、素人っぽいものの方がかえって受け入れられやすいこともある。彼らの文化祭はいつまで続くのだろうか。

ラリー遠田

東京大学文学部卒業。編集・ライター、お笑い評論家として多方面で活動。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務める。主な著書に『バカだと思われないための文章術』(学研)、『この芸人を見よ!1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある