2008年9月、北京印刷学院アニメ学部に入学した姉の柳露菲と、中国伝媒大学アニメ学部に入学した妹の柳霜菲は、父親から入学祝いに買ってもらった2台の新ピカのパソコンを駆使して、マンガ制作に没頭した。日中は大学へ通わなければならなかったので、平日の夕刻から深夜まで、及び土日が制作の時間となった。

 二人がまず応募したのは、日本の集英社が中国で行った「第2回 中国新星杯原創マンガ・コンテスト」だった。二人は、『環魂術師』というタイトルの幻想的な物語を描いて送った。

 結果は、優秀賞だった。金賞・銀賞・銅賞に次ぐ第4位である。それでも賞品として、集英社からオリジナルのマンガ作画セットが送られてきた時には、感動を覚えたし、自信もついた。何と言っても、マンガの聖地である日本の専門家たちが、ついに「幽霊」を認めてくれたのだ。

 この頃から二人は、それぞれの特徴を活かして、仕事を分担することにした。すなわち、理性に秀でた姉の露菲は、主にマンガのストーリーを組み立てる。かつ、情景設定やキャラクター作りなどを請け負った。一方、感性に秀でた妹の霜菲は、姉が設定したキャラクターやストーリーに沿って、ひたすらマンガの作画に没頭する。そして霜菲が大枠を描いた段階で、姉の露菲が再び、背景線や風景などを描いて、作品を完成させるのだ。

 二人は、次なる目標を、「中国の少年ジャンプ」こと、『知音漫客』に定めた。『知音漫客』は、2005年に広東省出身の名物編集者・李靖が、湖北省・武漢で、わずか3人で創刊した少年月刊漫画誌である。そのキャッチフレーズは、「100%カラー・マンガ、100%ストーリー・マンガ、100%中国オリジナル・マンガ」というものだ。その後、『知音漫客』は成長に成長を重ね、いまでは週刊誌化して、毎週130万部を発行している。社員も300人を超えた。中国ではダントツの売上げを誇り、2015年までに『少年ジャンプ』及び『少年マガジン』を抜いて、世界最大部数の漫画雑誌にすることを目標に据えている。

 露菲と霜菲は2009年、この「中国の少年ジャンプ」の「第69期新人賞」に応募した。二人が描いたのは、8ページのドタバタ学園ドラマだった。タイトルは、『家有衰神』。この作品は、数ある候補作の中から、見事「新人王」に選ばれ、『知音漫客』の誌面を飾ったのだった。

 原稿料は、80元(約1000円)。二人は、初の雑誌掲載とともに、初めて原稿料をもらったことが、この上なく嬉しかった。将来マンガ家として食べていけるかもしれないと、半ば確信を抱いたのは、この時からである。

 続いて、初めて漫画連載の依頼が来た。「有妖気」というインターネットの有力漫画サイトからだった。

 この依頼を受けて、二人は徹底的にキャラクターとストーリーを練った。その結果、生み出したのが、「饅頭」という名の、まさに饅頭のような丸っころい心優しい男児が主人公の、4コマのカラー漫画だった。

 「饅頭」は孤児で、狭く汚い小屋に独り暮らしている。雪が降り積もる真冬の通りで、父母に連れられた幸福な子どもたちを見かけると、大きな雪だるまを2体作って、それを父母に見立てて一緒に眠る。春になって雪だるまが溶けてしまうと、今度は打ち棄てられた子犬を唯一の友とする。ところが子犬はある日、通りを走る自動車に轢かれて、即死してしまう。

 ある盛夏の日、饅頭は通りで、痩せこけた青年と出会う。青年はマンガ家志望だが、持ち込んだ自信作を編集者に酷評され、落胆している。饅頭は青年を励まし、自分の小屋に案内する。青年は饅頭の独り暮らし生活に驚愕し、気を取り直して、饅頭の小屋で次回作を描き始める。そして季節は巡って、また冬が訪れる・・。

 2010年2月18日から、インターネットサイトの「有妖気」で連載が始まった『饅頭日記』は、中国全土のコミックファンの間で、たちまち話題となった。饅頭は、何と愛くるしく、何と優しく、そして何と勇気あるキャラクターであることか。

 この人気連載は、再び冬が訪れた2010年10月末をもって終了となった。連載中に、中国青年出版社から、単行本にしたいという申し出があった。

 中国青年出版社の母体は、中国共産主義青年団である。中国共産主義青年団は、全国に8000万人の会員を抱える中国共産党の青年組織だ。いまの胡錦濤主席や、次期首相に内定している李克強副首相など、多くの政治指導者たちがこの組織の出身である。数年前までは、中国青年出版社の毎年の忘年会に、胡主席と李副首相は揃って顔を出していたという。

 そのような名門中の名門の出版社が、ぜひとも『饅頭日記』を単行本として出したいと申し出たのだ。2011年8月に、初版1万部で単行本が発売になった時、二人は嬉しさの余り、単行本を抱きかかえながら眠ったほどだった。

 続いて、『知音漫客』から連載の依頼があり、『美麗心霊』というタイトルの幻想的なマンガの連載を始めた。また、『知音漫客』のライバル誌である『漫友』からも連載の依頼が舞い込み、『記憶氷棒』というタイトルの短編ストーリー漫画を発表した。

 さらに、中国の漫画業界で前代未聞の注文もやって来た。2011年12月に創刊する『漫絵SHOCK』という月刊漫画誌から、創刊号から幽霊作品を目玉にしたいので、2作の異なったスタイルのストーリー漫画を、同時連載してほしいとの依頼が来たのだ。

 これには二人も、頭を抱えてしまった。1冊の漫画雑誌に2つの作品とは・・。結局、『冥列748』と『鏡・双城』という2作のマンガを毎月、同時掲載することにした。前者はいわば『銀河鉄道999』の中国版であり、後者は、『ベルサイユのばら』の中国版のようなストーリーである。両作品とも、連載が始まるや、たちまち話題が沸騰した。

 それ以外にも、いくつもの連載執筆依頼が来たが、もう限界だったので、やむなく断りを入れた。

 こうして二人は、月収2万元(約25万円)を超す押しも押されぬスター漫画家となった。北京のサラリーマンの平均的初任給は、3000元にも満たないので、同世代の若者の何倍もの収入を得ていることになる。

 だが問題は、時間である。昨年9月から大学4年生になった二人は、卒業制作を除いて、ほとんど大学の授業がなくなった。それは非常に幸いなことなのだが、何と言っても、毎日殺人的スケジュールに追われる日々なのである。

 朝8時に起床し、直ちにパソコンに向かってマンガを描き始め、そのまま深夜の11時までブッ通しで描く。その間、空腹を覚えると、自分たちで適当に食事を作って食べる。どうしても力が湧かなくなった時には、二人して近所の四川火鍋の店に行き、肉類と辛い料理を、しこたま食べて帰ってくる。

 食事は本来なら、母親が作ってくれていた。だが昨年、運転手をしていた父親に病魔が襲い、いまも長期入院を強いられている。そのため母親は、付ききりで父親の看病の日々なのだ。

 二人はこの夏に、晴れて大学を卒業したら、近所に「マンガ制作オフィス」を借りようと計画している。そして何人かの助手を雇って、分業制にして、自分たちの負担を減らすのだ。そうしないと、インプットする時間がないからである。二人が一番啓発を受けるのは、日本製のアニメだが、いまは日本のアニメを観ている間にも、次の締切が迫ってくるという状況なのだ。

 インプットと言えば、姉の露菲がこの頃、ふと思うのが、「恋愛」だ。二人は22歳になる今日まで、恋愛経験がない。男性と手を繋いだことすらない。そのため、深い恋愛ストーリーが描けないのだ。そのため露菲は、傑出した恋愛作品を描くため、疑似恋愛でもしてみたいと思ったりもする。

 露菲はまた、二人の将来についても想像を膨らませる。二人の大目標は、マンガの聖地である日本でデビューを果たし、日本で有名なマンガ家になることだ。日本の書店で新作の単行本のサイン会を開き、書店の前には長蛇の列ができて、熱狂的なファンたちが握手を求めてくる・・。

 結婚は、まだ考えていない。だがいつかは二人とも結婚し、それぞれの家庭を持つようになるだろう。朝、別々の家から「マンガ制作オフィス」に出勤し、ひねもすマンガに没頭して、夜になるとまた、それぞれの家庭に戻っていく。そんな、平凡だが充実した日々だ。

 だが、将来何が起ころうとも、絶対に霜菲とは離れまいと決心している。二人一体で初めて、マンガ家「幽霊」は成り立つのであって、「幽霊」は片足では歩けないのだ。

 そんな妄想に駆られていると、横から金切り声が飛んでくる。

 「お姉ちゃん、早く背景線入れてよ!」(執筆者:近藤大介・前明治大学講師(東アジア共同体論)、北京在住)