産経も批判する安倍政権"移民法"の危うさ
■外国人労働者の受け入れを拡大する「入国管理法改正」
臨時国会が10月24日に召集された。
その24日には安倍晋三首相が衆参両院の本会議で所信表明演説に臨んだ。翌週の29日からは3日間、所信表明演説に対する代表質問が与野党の議員によって行われた。
今国会の審議の焦点は、「憲法改正」と外国人労働者の受け入れを拡大する「入国管理法改正」だ。会期は12月10日までの48日間。この短い会期中にどこまで踏み込んだ審議ができるのか。安倍首相にそこまでの力量があるのだろうか。
■与党議員も「移民施策とどこが違うのか」と批判
所信表明演説で、安倍首相は憲法改正について「憲法審査会に政党が改正案を示すことで国民の理解を深める」と述べ、この国会で自民党案を提示する意向を示した。
一方、入国管理法改正案に対しては、企業の人手不足に対応するため、外国の人材を活用する必要性を強調したが、憲法改正と同様に日本の国の根幹を大きく変える可能性のある重要な審議案件だ。外国人労働者をどう扱うのかなど具体的に詰める必要がある。
今回はこの入国管理法改正を中心に話を進めていきたい
安倍首相は入国管理法改正案について補正予算案の成立後すぐに審議入りする意向だが、野党議員や一部の与党議員からは「移民施策とどこが違うのか」といった疑問の声が多く出ており、安倍首相の思惑通りにはならず、国会の会期延長は避けられない。
■これまで自民党は移民受け入れを否定してきた
入国管理法改正案のポイントは次の4点である。
(2)その枠内で技能と日本語の能力のある外国人を受け入れる
(3)在留期間は最長5年で、家族の帯同は認めない
(4)ただし熟練した技能があると判断されれば家族を呼んで労働を継続できる
このうち(4)はどう考えても永住につながり、移民そのものだ。そこで沙鴎一歩は言いたい。
これまで自民党は「入国する時点で永住を許可されているごく一部の外国人のみを『移民』と呼ぶ」と移民を独自に定義し、移民受け入れを否定してきた。
だからと言って正面から移民政策を議論することを避け、入国管理法の安易な改正で外国人労働者の枠の拡大を目指すのは、小手先の対応で根本的解決には至らない。
日本社会にとって人手不足対策が大きな社会問題になっているのは事実だ。安倍首相はこの臨時国会で入国管理法改正案の早急な成立を目指すのではなく、時間をかけて根底にある移民受け入れの是非をじっくり議論し、世論に問うべきだ。そのうえで法の改正や新たな法の成立を目指してほしい。
■「入管政策の抜本的な転換であることは間違いない」
「今国会では日本社会のありようを変える可能性のある重要法案が審議される。外国人労働者の受け入れを拡大する入国管理法改正案だ」
冒頭部分からこう指摘するのは、10月25日付の毎日新聞の社説である。見出しは「臨時国会スタート 首相が議論の土台作りを」だ。
ちなみにこの25日付で新聞各紙はどこも、安倍首相の所信表明演説に対する社説を掲載している。
毎日社説は「深刻な人手不足への対策であり、移民の受け入れではないというのが政府の説明だが、入管政策の抜本的な転換であることは間違いない」と指摘する。
さらに毎日社説は論を展開する。
「事実上の移民政策につながるとの指摘がある一方で、家族の帯同を5年間認めないなどの制限に対しては人道上の問題も懸念される」
「首相は『世界から尊敬される日本、世界中から優秀な人材が集まる日本を創り上げていく』と強調した」
「そうであるならば、人手不足対策に矮小化するのでなく、移民の受け入れも含めた社会政策として真正面から論じるべきだ。与野党で徹底した議論をしてもらいたい」
「真正面」からの議論には大賛成だ。やはり時間をかけて議論する必要がある。
■「自民党内を刺激したくない」という思惑がうかがえる
10月25日付の朝日新聞の社説もその中盤で出入国管理法改正案について触れ、次のように指摘する。
「首相は国内の深刻な人手不足を理由に、外国人材の必要性を強調した。だが、言及は総じてあっさりしており、この国のかたちや社会のありように関わる重大テーマだという認識はうかがえなかった。自民党内に根強い異論を刺激したくない――。そんな思惑から深入りを避けたのなら、本末転倒だろう」
どう見ても「国のかたちや社会のありように関わる重大テーマ」なのだ。朝日社説が指摘するように自民党内の反対論を気にするあまり、正面からの論議を避けているのだとしたら実に情けない話である。
さらに朝日社説は主張する。
「首相が演説の中で繰り返し使ったのが『国民の皆様と共に』という言葉だ。『国民』という以上、政権与党を支持しない人を含め、多種多様な人々に向き合う覚悟が必要である」
安倍首相は自民党総裁である前に日本という国の首相なのだ。自民党1党のことを慮って本筋から外れるような発言は許されない。
■政府が「来年4月から運用を始める」と急ぐ背景
10月25日付の社説だけでは主張しきれないと判断したのだろう。朝日新聞は大きな1本社説(29日付)で「外国人労働者 『人』として受け入れよう」との見出しを立てて出入国管理法改正案を「虫のいい政府案」だと批判している。
その社説を少しのぞいてみよう。
「政府は、是が非でも会期中に成立させ、来年4月から運用を始めるとしている。あまりに性急ではないか。法案の中身も生煮えの感が強く、疑問は尽きない。制定ありきで突き進むようなことをすれば、将来に禍根を残す」
多数派の論理だけで法案を通せば、この先、痛い目に遭うのは私たち国民だ。そこを安倍首相には真剣に考えてほしい。
朝日社説は「これまで日本は、外国人の単純労働者を認めない立場をとってきた。だが現実は、知識や技能を習得して母国に持ち帰ることが目的の『技能実習生』や留学生アルバイトが、単純作業を含むさまざまな現場で働く。外国人労働者は128万人と、この5年間で倍増した」と現状を分析したうえで、次のように訴える。
■決められた期間だけ働かせる「虫のいい法案」
「外国人に頼らなければ、もはやこの国は成り立たない。その認識の下、同じ社会でともに生活する仲間として外国人を受け入れ、遇するべきだ。朝日新聞の社説はそう主張してきた」
ちょっと待ってもらいたい。本当に日本は外国人に頼らなければ成り立たないのか。たとえば労働力が不足していくなかで、IT(情報技術)やAI(人工知能)、それにロボット技術を駆使していくなどさまざまな方法もあるではないか。
朝日新聞のカラーを考えれば、外国人労働者を大切にしようとするスタンスは分からないでもない。だが、沙鴎一歩はまだ「仲間」としての意識を持つ気までにはなれない。
さらに朝日社説は指摘する。
「国際基準に照らせば移民に他ならない。だが安倍首相は、外国人受け入れに消極的な自民党内の声に配慮してか、『移民政策はとらない』と繰り返す。つまり思い描く労働者像は『単身で来日し、決められた期間だけ働き、そのまま帰国してくれる人』ということになる。ずいぶん虫のいい話ではないか」
■産経さえも「急ぐのは極めて危うい」と主張
産経新聞も10月25日付の社説(主張)で入国管理法改正案に対し、慎重な判断を安倍首相に求めている。安倍首相を支持する産経社説としては珍しい。
産経社説はまず「だが、日本の国の形を大きく変え得る政策転換だ。これまで認めてこなかった単純労働に道を開く。高度な試験に合格すれば家族の帯同を含む永住を可能にする。移民政策ではないといわれても納得することは難しい」と書く。
さらに「少子高齢化に伴う人手不足が背景にあるが、外国人の大規模受け入れに世論は分かれている」とも指摘した後、こう主張する。
「永住外国人については社会保障や家族の就労などの問題が必ず起こる。詳細な制度が詰め切れていない。野党はもとより自民党からも慎重論が出ている。法案提出ありきで急ぐのは極めて危うい」
沙鴎一歩も同感である。
■安倍政権の緩みと驕りが見える
ところで各党の代表質問に対する安倍首相の答弁を聞いていると、長期政権の緩みや驕りが透けて見える。
たとえば立憲民主党代表の枝野幸男氏の代表質問(29日)に対する受け答えだ。枝野氏の改憲を巡る指摘には一切答えず、続く自民党筆頭副幹事長(総裁特別補佐)の稲田朋美氏の憲法9条に自衛隊を明記する改憲案についての質問には「首相としてこの場で答えることは差し控える」と言いながら「自民党総裁として一石を投じた考えの一端」として「命を賭して任務を遂行する隊員の正当性を明文化することは国防の根幹にかかわる」と強調していた。
野党議員の質問に真っ当に答えず、重用する与党議員の質問には雄弁に語る。しかも首相から総裁へと立場を変えて答弁する。いかがなものか。国会の代表質問の場である。あくまでも首相として答弁に立っていることを忘れてもらっては困る。
安倍首相の態度は慢心さにあふれ、謙虚さがない。そこを反省し、入国管理法改正も憲法改正も、私たち国民の懸念にしっかり答えられるようじっくり議論を重ねてほしい。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)