カナダ空軍の新戦闘機選定が迷走中です。F-35戦闘機の開発に出資しながら、1機も導入されない可能性すらあります。国やメーカーの思惑が入り乱れるこれまでの経緯を振り返ります。

開発出資したのに買えない? カナダとF-35と新戦闘機選定のいま

 2018年6月21日(木)付のロイターはカナダ政府関係筋の話として、カナダ空軍の新戦闘機の選定において、アメリカ企業、すなわちロッキード・マーチンとボーイングの受注を困難にする案を検討していると報じました。


イラク上空を飛行するカナダ空軍のF/A-18A(画像:アメリカ空軍)。

 カナダ空軍は現在、唯一の戦闘機としてF/A-18A/B(カナダ空軍での名称はCF-188A/B)「ホーネット」を73機保有しています。カナダ空軍が同機の運用を開始したのは1983(昭和58)年のことで、1991(平成2)年の湾岸戦争や1998(平成10)年から1999(平成11)年のコソボ紛争などでも活躍しています。しかし21世紀に入って以降は老朽化した機体から順次退役し、21世紀に入ってまもなく、後継機の導入が検討されるようになりました。

 カナダは2002(平成14)年にF-35「ライトニングII」の共同開発への参画を決定し、開発費として1億5000万ドルを投入しています。このためカナダのF-35導入は規定路線と見られており、2008(平成20)年にはF/A-18A/Bの後継機としてF-35A 65機の導入を決定しました。しかし2012(平成24)年4月にカナダの会計検査院が、この後継機選定プロセスについて、最初からF-35Aの導入という結論ありきで行われたとの指摘をしたことから、当時の保守党政権はF-35Aの導入を一旦保留としました。

 保守党政権に対しては、カナダ国民から結論ありきの機種選定を行ったとの批判の声が大きく、その後2015年の総選挙で、F/A-18A/Bの後継機種選定を最初からやり直すと公約に掲げた自由党が勝利しました。同党の党首で総選挙後に首相へ就任したジャスティン・トルドー首相は公約通りF-35Aの導入を白紙撤回し、F/A-18A/Bの後継機種選定は改めて最初から行われることになりました。

 自由党政権はこの後継機を2020年代前半までに導入する方針を定めましたが、それまでのあいだにもF/A-18A/Bは退役が進みます。これにともなう防衛力の低下を防ぐため、トルドー首相は2016年11月、いわば「中継ぎ」として、ボーイングからF/A-18E/F「スーパーホーネット」18機の導入を決定したのですが、それから半年後に思わぬ事態となります。

まさかの訴訟沙汰で計画はまたも振り出しに

 アメリカの大手エアラインであるデルタ航空は2016年4月、カナダの航空機メーカーであるボンバルディア・エアロスペースが開発した、110から125座席クラスの旅客機「CS100」75機の導入を決定しました。CS100は空気抵抗を抑えた新設計の機体に、三菱航空機が開発を進めているリージョナルジェット旅客機「MRJ」にも採用された、燃費効率の高いプラット・アンド・ホイットニーのギヤード・ターボファンエンジンを組み合わせた燃費性能の高い旅客機で、その性能は世界的に高く評価されています。

 しかし110から125座席クラスの旅客機には、ボーイングの「737」とエアバスの「A320」という強力なライバルが存在しているため、販売面では苦戦を強いられていました。そのようななかでボーイングのお膝元であるアメリカのデルタ航空から75機の受注を獲得したことで、CS100のセールスは弾みがつくとの観測も流れました。


カナダの「スーパーホーネット」導入撤回のきっかけとなったボンバルディア・エアロスペースのCS100。2018年7月10日、エアバスA220-300へと改称された(竹内 修撮影)。

 ただ、他国のエアラインならともかく、アメリカのデルタ航空がCS100を選択したことはボーイングにとって我慢がならなかったようで、ボーイングは2017年6月に、CS100がカナダ政府からの違法な補助金によって、737に比べて安い価格をデルタ航空に提示できたとの理由で、アメリカ国際貿易委員会に対して提訴を行ないました。

 当然のことながらカナダ政府はボーイングの提訴に猛反発し、トルドー首相はボンバルディアへの提訴を取り下げない限り、F/A-18E/F「スーパーホーネット」を導入しないと発言。これを受けてボーイングはアメリカ政府が輸出を承認しているにもかかわらず、同機のカナダへの輸出を行わないことを表明。こじれにこじれた結果、カナダ政府は2017年12月に、F/A-18E/Fの導入を撤回すると発表しました。

 これによりボーイングはF/A-18E/Fの輸出で得られるはずだった利益を失っただけでなく、さらに大きな問題にも見舞われています。

ボーイング、七転八倒

 ボーイングのライバルであるエアバスは、CS100と130席クラスのCS300の生産やセールスで、ボンバルディア・エアロスペースとの提携を模索していました。

 ボンバルディア・エアロスペースとカナダ政府は当初、エアバスとの提携に対して消極的な姿勢を示していましたが、前述したボーイングの提訴を受けて方針を転換しエアバスとの提携に合意。エアバスは関税のかからないアメリカ国内に、CS100とCS300の生産ラインを開設して、アメリカ国内でのセールスを拡大していく方針を打ち出しています。そして2018年7月10日(火)、エアバスはCS100を「A220-100」、CS300を「A220-300」へ改称することを発表、ボンバルディアの両機はこれで、名実ともにエアバスのラインナップへ組み込まれることになりました。

 アメリカ国際貿易委員会は2018年2月に、CS100(A220-100)がアメリカの企業や労働者に打撃を与えないとの判断を下し、A220-100は2018年後半からデルタ航空に納入が開始されます。F/A-18E/F「スーパーホーネット」の輸出によって得られたはずの利益を失い、A220-100の代わりに737をデルタ航空に売ることもできず、おまけにボンバルディア・エアロスペースとエアバスとの提携を加速させてしまった国際貿易委員会への提訴は、ボーイングにとってまさに「虻蜂(ホーネット)取らず」で、かつ「泣きっ面に蜂」といったところでしょう。


一度はF/A-18A/Bの後継機に選定されたF-35A(竹内 修撮影)。

新戦闘機導入までのつなぎとして一度は導入が決まったF/A-18E「スーパーホーネット(竹内 修撮影)。

F/A-18A/B後継機候補の一つであるJAS39グリペンNG(竹内 修撮影)。

 そしてカナダ政府はくだんの「中継ぎ」用戦闘機として、オーストラリアから同国空軍が運用しているF/A-18A/B「ホーネット」を18機導入すると発表。機体の引渡しは2019年前半から開始されると見られています。

 さらに、カナダで防衛装備品の調達を担当する公共調達省は2017年12月から、F/A-18A/Bの後継機種選定を改めて開始しており、現在F-35AとF/A-18E/F、ダッソー・ラファール、サーブJAS39グリペンNG、ユーロファイター・タイフーンの5機種について、メーカーから寄せられた提案内容の吟味を行なっています。カナダ政府は新戦闘機の入札にあたって、過去に提案したメーカーがカナダに経済的な損害を与えたことがあるかどうかも機種選定にあたっての基準となると述べており、その時点でF/A-18E/Fは不利になると見られていました。

迷走の影響は日本にも…?

 冒頭で述べたロイターの報道通りにことが進んだ場合、ボーイングだけでなくロッキード・マーチンの提案したF-35Aも不利な立場に置かれることになりますが、仮にカナダがF/A-18A/B「ホーネット」の後継機にF-35Aを選ばなかった場合、同国では大きな経済的な問題が起こる可能性があります。


カナダのAvcorp社はF-35の艦載機型であるF-35Cの主翼外縁などを生産している。こうした企業がカナダ国内に100社以上存在する(画像:Avcorp)。

 前にも述べたように、カナダはF-35の共同開発計画に出資していました。その見返りとして、100社を超える同国企業がF-35の生産に参画しており、その生産額は800億円を超える規模となっています。ロッキード・マーチンはカナダがF-35Aを導入しなかった場合、現在カナダ企業に発注しているF-35の部品の製造などの仕事を引き上げると何度かほのめかしており、もしこれが実行された場合、カナダの産業にとってのダメージは小さなものではありません。

 実のところこの問題は、日本にもまったく無関係ではありません。航空自衛隊が運用している約200機のF-15J/DJのうち、近代化改修を行なっていない約100機に関しては近い将来、後継機の導入が開始されますが、この後継機にはF-35A、またはF-35AとF-35Bの導入が有力視されています。

 生産数の増加にともない、F-35の価格は順調に下降していますが、アメリカ国防総省は仮にカナダがF-35A 65機の導入を行なわなかった場合、すべての導入国のF-35の機体価格が0.8%から1%程度上昇するとの見通しを示しています。もしそうなった場合、将来日本が導入するF-35も、若干とはいえ値上がりする可能性があるのです。

 カナダの公共調達省は提案内容を吟味した上で、F/A-18A/Bの後継機を2021年から2022年を目途に発注するとしていますが、カナダ政府がどのような結論を出すかは、カナダ国内だけでなく、全世界から注目されています。

【写真】レア塗装のカナダ空軍F/A-18B「ホーネット」


カナダ空軍のF/A-18B。写真手前の機体は第410飛行隊の創隊60周年記念塗装機(画像:アメリカ空軍)