前回までのあらすじ

サエコを中心に、5人の女たちが繰り広げる攻防戦。 身近な女の、大富豪との熱愛発覚。 その時、女たちは何を思うのだろうか?

サエコへの嫉妬に狂った会社同期のさとみは、タクミとサエコの合コンを組み、サエコを陥れようとする。しかし、強すぎるサエコへの嫉妬から、女としての存在意義を確かめるため、タクミとの一線を越えてしまったが、タクミからの音沙汰がなく苛々が募る。

一方、地方局の女子アナ・アンは、サエコの彼氏と寝ることに成功。夜の才能を遺憾なく発揮し男を虜(?)にしたアンに、二度目の連絡が来て有頂天になっているが...

「私よりイイ男と結婚するなんて許せない。」心に潜んだ毒は女たちを狂わせていく...。

前回:東京悪女破れたり…さすがのサエコも万事休す?



地味OL・靖子が、サエコのインスタで見つけたものとは…?


「サエコちゃん……どうしたの!?」

ゴールデンウィークを明日に控え、汐留の街全体が浮足立っている木曜日の麗らかな午後。

サエコと同じ会社の先輩・靖子にとって、もはやルーティーンワークと化したサエコのインスタをチェックしながらのランチタイム。PCの前でスープ春雨をすすっていた靖子は、思わず口に含んでいた春雨を吹き出しそうになった。

昼夜共に100kcal前後のカップスープで済ませているものの、靖子のずんぐりとした足は、丸太のようにどっしりとして、微動だにしない。

「何…この男…」

情報操作はサエコのお家芸と、奈々が言ったように、ブログ、Facebookなどのソーシャルネットワークの情報操作をするのがサエコの鉄板戦術のひとつというが、サエコのインスタグラムに載せられていたいた「男」に、靖子は驚愕した。


サエコのインスタグラムに載せられていたいた「男」とは?

サエコのインスタグラムに載せられていたいた「男」とは?



そこに写っていたのは、例の大富豪でもなければ、ずば抜けたイケメンでもない。

トリュフまるごと一個買い切りの西麻布の『マルゴット・エ・バッチャーレ』で、にっこりと微笑むサエコの肩をぐっと引き寄せて笑っているのは、若干頭が後退した冴えないスーツ男だった。

サエコのコメントを見て靖子は更に驚く。

-new boyfriend❤︎-

「…新しい恋人…?」

靖子は信じられないような気持ちでその男の大きく開いた額を眺める。

テーブルの上には、おそらく一番高価なプライシングのものであろう、大きな大きなトリュフもしっかりと写り込んでいた。



サエコがデートしている相手は…


さとみのタクミがいかに危険な男かという忠告に対して、サエコは要領の得ない顔をしている。

挙句の果てに「誰のこと?」とは、タクミの化けの皮はまだ剥がれていないようだ。

獰猛なオスの前には、さすがのサエコも毒牙を抜かれてしまったのだろう。当初、百戦錬磨の男と魔性の女の世紀の一戦をオカズに女たちと笑い転げるつもりだったが、タクミに食われた今のさとみにとっては、もはや、敵はタクミ一人で、同じ女同士スクラムを組みたい気持ちになる。

「タクミよ。」

サエコの顔は晴れない。

「ほら、あの合コンで一番のイケメンで、青学中等部あがりの弁護士。時々テレビにも登場するあの国際弁護士の息子よ。」

合コンで一番の有望株で、皆が熱視線を送っていたあのタクミをサエコは思い出せないのだろうか。友達というだけで、さとみの自尊心も強化させてくれた男が、サエコにとっては、記憶にも残らない男と言われているようで、さとみは内心苛々としたが、同時にここまで言って理解が進まないこの状況に違和感を持った。

-デートしてる相手って、タクミじゃないの…?-

サエコはしばらく首を傾げていたが、考えるのを放棄したように笑った。

「私がデートしてるのは違う人よ。タクミくん…ごめん、思い出せないや。」


サエコの口から語られる事実。サエコは、悪女か聖女か、それとも…?


サエコの口から語られた真実。


その時、サエコの後輩・奈々も、サエコがあげたインスタの写真を見て、思わず笑った。

『マルゴット・エ・バッチャーレ』でのサエコと頭が後退した男との2ショット。

「さすが。サエコさん。本当に花より実をとるのねぇ…」

奈々は、数日前の『ビストロアム』でのサエコの会話を思い出していた。

「私は、自分のポテンシャルの最高値をわかってるわ。」心なく笑ったサエコはこう続けた。

「生まれ持ったポテンシャルに、女の若さというレバレッジをかけたところで、所詮、私は凡庸に毛が生えたような女。あんな大金持ちの彼が、自分のポテンシャルに余りあるってことくらいわかってるわ。彼との未来を夢見れるほど少女でも、期待するほどバカでもないの。」

サエコは笑う。

「若い女には、自分の経験値を一気に何倍にまでも引き上げてくれる足長おじさんがいるものだけど、私にとってのそれが彼だったのかな。」

サエコの食べるスピードは全く衰えず、メインの鴨のロティまでペロリと平らげてしまった。あまりのボリュームに奈々が残した2切れも「いらないならちょうだい」と颯爽と口の中に放り込んだ。卑下しているわけでも、強がりでもない証拠に、サエコは、一層カラリと健康だ。肉をごくりと飲み込むとグラスに残った赤ワインで口をゆすぐ。

サエコは声を落として言った。

「それにね、英雄色を好むっていうけど…とにかく彼、過度なプレイをお好みで。徐々にエスカレートして、挙句の果てには……」

サエコが奈々の耳で打ち明けた話に奈々は驚愕する。

「3人までなら聞いた事ありますけど……それ、彼以外の9人は、全部女性ですか…?」

「そうよ。さすがにお手上げ。タオル投げて場外に逃げ出したわよ。」

クックッと笑うサエコから、ふわりとサンダルウッドのオリエンタルな香りが漂った。この香りを纏うあたりサエコという女の本質が垣間見える。甘ったるいだけの香りじゃない。スパイシーで、妖艶で、くらくらするほどの官能的な香り。


奈々が語る、サエコという女...やっぱりサエコは、サエコだった。



「私のポテンシャルの限界値は、大企業なら役員レベル。これが御の字。」

そう言ってサエコは、エスカレートする恋人の性癖に白旗を揚げ、関係を清算した後の合コンで出会った頭の後退した大企業役員について目を輝かせた。

その場にいたチャラチャラとした遊び人風情の弁護士は「自分の時価総額を高く見積もってる男との結婚ほど骨の折れる作業はない。」と、最初から目もくれなかったようで名前も覚えていないという。

「女性は、持って生まれたポテンシャルの幅があって、その実力値の限りなく最高の、ギリギリのラインの男でぴたりと止めれてこそ、真の賢い女なの。自分の実力値とかけ離れた大金持ちを狙うのも、逆に婚期を逃す恐怖からチキンになって、平凡な男で手を打つのも賢明じゃないわ。まして、その両者すら見極められず、婚期を逃す女は、最も愚かなんだけどね。」

そう言ったところで、店員がデザートの、チョコレートのテリーヌ運んできた。

既に腹十二分目の奈々は恨めしそうに目の前のいかにも濃厚そうな皿を見ていたが、サエコはとびきりの笑顔で早速手をつける。



オセロの角をとって全てを最後全てをひっくり返す女。


奈々は再度、インスタグラムに写っている男の額の波打ち際を見て苦笑いした。

欲しいものが明確な単純明快マテリアルガールにとって、頭の後退具合など、取るに足らないものなのだろう。

どんな状況になっても、最後、オセロの角をとって全てを黒にひっくり返すように必ず幸せを掴む人。

その女こそ、サエコなのだ。

奈々は、サエコの、サンダルウッドの妖艶な香りを思い出しながら考える。

-甘く平凡な女に見えて、近寄るほどにハマってしまうサエコさん。-

奈々は改めてサエコの一番近くでそのエスプリを盗み続けようと誓った。

ちなみに、あの高笑いしていたアンだが、大富豪の"提案"に戦慄するまでに、そう時間はかからなかったそうだ。

Fin.