TVシリーズの「たまこまーけっと」では、常に明るく元気で周囲を包み込むような優しさが魅力的だったたまこ。映画「たまこラブストーリー」では、初めての恋を知り戸惑う少女というさらなる魅力も放っています。もちろん、みどり、かんな、史織、あんこの各ヒロインもさらに魅力的です。特に、あんこのセーラー服姿の破壊力ったら……。 (C)京都アニメーション/うさぎ山商店街

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ロングラン上映中の映画「たまこラブストーリー」。
アニメファン以外にも自信を持って薦められる王道の青春ラブストーリーです。
山田尚子監督インタビューの後編では、実はヘタレじゃなかったもち蔵についても、深く掘り下げていきます。

(前編はこちら)

もち蔵のリアクションは、あれしかない

―――物語の前半はもち蔵がたまこを見ていて。告白の後は、たまこがもち蔵を見はじめる。でも、もち蔵は告白の後、何も行動に移せなくなるんですよね。
山田 そうやってあらすじを聞くと本当にシンプルな話ですよね。告白して、それを受けてどう答えるかくらいの話。ともすれば不安になるくらい(笑)。そんな作品を作らせてもらえて、本当に良かったなと思います。
―――シンプルであるがゆえに、ド直球のラブストーリーになっていると思います。
山田 個人的にはすごくシンプルなものが好きなんです。でも、映画として観てもらうものだから、いろいろな仕掛けがないとダメなのかなと思ってしまった時期もあって。悩んだりもしました。結局、プロデューサーや吉田さんがシンプルな方へと導いてくださった気がします。
―――告白されて戸惑っていたたまこが自分の気持ちに気づいていく過程では、おじいさんが入院するという、ちょっと驚きの展開があります。
山田 おじいちゃんが倒れた時は、私もびっくりしました。
―――「ちょっと! 吉田さん!?」みたいな?
山田 シナリオを読みながら鼻水が出ました(笑)。でも、たまこともち蔵のこれまでの関係を考えると、それくらいの事件が起きないと、変化しないんですよね。あと、もち蔵がカッコ良く見える瞬間が欲しかったんです。たまこがもち蔵をちゃんと見ようとするタイミングって、どういう時ですかねって話して、そういう展開を入れました。
―――たまこともち蔵の部屋を結ぶ糸電話はTVシリーズから存在していた小道具ですが、本作ではかなりのキーアイテムになっていますね。
山田 「たまこまーけっと」の元を辿れば、幼なじみ同士の淡い恋愛物って良いなと思っていた時もあって。TVの本編には活かせてない二人の間のエピソードはけっこうたくさんあったんです。糸電話もその一つ。元々は少し違うモチーフでしたが、デジタルではないアナログな二人の交信手段があるという設定はかなり前からありました。
―――では、本作で明らかになった、たまこがお餅を好きになったきっかけのエピソードもTVの頃からイメージはされていたものですか?
山田 はい。二人を作ってきた過去みたいな事を考えるのが好きなので、いろいろと考えていて。キャラクターデザインの堀口(悠紀子)さんと盛り上がったりした事もありました。
―――たまこの家族や商店街の描き方については、TVシリーズと変化させた部分はあるのでしょうか?
山田 むしろ変えなかったです。映画ではたまこたちの色味を少し調整して、深みを出してもらってるんですよ。でも、商店街の人たちは色もまったく変えていません。美術(背景)も、(大画面仕様で)描き込みの量は増やしてもらっていますが、遊園地みたいな空気感は変えず。学校側の重みと、商店街のハッピーな多幸感というバランスを意識しました。
―――キャラクターについても変えていない?
山田 はい。商店街の人たちはやっぱり変わらない。だからこそ、たまこは安心して過ごせるのかなって。ただ、告白されたたまこがいろいろと悩んでいる時、何度か商店街を歩くんですけど。だんだん、いつも聞こえて来ない夫婦の会話が聞こえてくるんですね。
―――TVシリーズの時は、ここまで具体的に仲良し夫婦な雰囲気の会話が聞こえてくる事はなかったですよね。
山田 たぶん、たまこには聞こえていても理解するまでには至ってなかっただけで、商店街の人たちはずっとそういう会話をしていたはず。でも、たまこの中に新しい部屋ができた事で、そういう話も耳に入ってくるようになったんです。
―――最後、駅のホームで糸電話を使って、たまこが自分の気持ちを伝えるシーン。スクリーンが真っ暗になったところで、「もち蔵、大好き」というセリフが紙コップの中に響く。あのシーンにキュンとした男性はたくさんいたと思います。監督としては狙いどおりですか?
山田 あそこは、なるべくしてというか。たまこともち蔵の事を考えると、自然とそうなっていった気がします。
―――あの場面のもち蔵って、たまこの告白を聴いた瞬間、少しうつむいて手で口を覆いますよね。あれはTVシリーズの9話で、たまこからバースデーケーキをもらった時と同じ仕草なわけですが。
山田 あ、そうなんです!
―――ガッツポーズをしたり、抱きついたりという方向にいかないのがすごくもち蔵っぽいな〜と思いました、監督の中でも、もち蔵といえば、あのくらいしかできない子というイメージ?
山田 そういう感じです(笑)。9話のもち蔵のリアクションって、演出とコンテを担当された三好(一郎)さんが描いたものなんですけど。最初に見た時、その仕草が恐ろしくもち蔵で、本当にびっくりしました。大好きなシーンなんです。
―――その仕草を使わせてもらった?
山田 はい。告白されたもち蔵のリアクションは、あれしかないなって思っていましたから。

とても大切な作品ができたな、という気持ち

―――もち蔵が頑張り、たまこも悩んだ末、気持ちを伝えるラストシーン。あそこまでが「たまこラブストーリー」であるというのは、監督の中では早い段階から固まっていたのですか?
山田 たしかに、そういう感じでした。今回の企画で一番興味があったのは、たまこが恋をしていく過程だったので。必然的にそうなった感じがしています。
―――この映画を観て、山田監督は少女マンガよりも少年マンガの方が好きなのかなって想像したのですが。実際はどうですか?
山田 たしかに、少女マンガにはあまり詳しくないです。こういった取材で(作品が)「少女マンガっぽい」と言われて、「少女マンガってどんな感じでしょう?」と逆に問い質すみたいな流れが何度かあったりもして(笑)。少年マンガはよく読んでいました。姉がたくさん持っていたので。
―――あ、やっぱり。少年マンガのラブコメとかって、付き合い始めるまでのドタバタを描くじゃないですか。それで、苦労の末、付き合い始めた後の話はあまり無かったりする作品が多い傾向があって。
山田 そういえば、そうですね。
―――少女マンガは色々あって付き合い始めてからも、すれ違ったりする様子を描いたり……。
山田 ライバルが出てきてとか? ホントですね。たしかに少年マンガのラブコメは読んでいました。だから、もち蔵を描くのが楽しかったのかもしれません。あ、でも、男性から見たら、もち蔵は女の子みたいに見えたりするんでしょうか。
―――僕は「もち蔵、やるなー」って思いましたよ。今作の脚本は、TVシリーズのシリーズ構成も務めた吉田玲子さんが担当されています。山田監督が「さすが吉田さん!」と特に思われたシーンやセリフなどを教えてください。
山田 それはすごくたくさんあります。吉田さんの描かれるシナリオは、本当に一言一言が全部好き。行間も好きなんです。例えば、みどりやかんな(二人ともたまこの親友)の言葉とか行動の起こし方とか。すごく繊細だけど、すごくダイナミックでわがまま。吉田さんは、女の子のチャーミングを知り尽くしているんだと思います。そういうところに一つ一つときめいていました。みどりがもち蔵に食って掛かるシーンもそうですね。小さな膝を抱えているような子供の姿が見えたり、大人になる直前の成長過程の姿が見えたり。その両方がにおってくる。そういう、すごくにおいを感じるシナリオを書かれるんですよ。だから、本当に全部すごいです(笑)。
―――では、キャラクターデザインの堀口悠紀子さんの魅力は?
山田 こんな事を本人に言ったらすごく嫌がって、逃げちゃいそうですけど。堀口さんは天才だと思っています。堀口さんのすごさは演技力だと私は思っているんですね。キャラクターの演技を停滞させない。彼女の絵は手がすごく演技をしているんですよ。指先一つとっても、全部無駄がないんです。
―――なるほど。
山田 堀口さんの事はずっと前から本当に全部がすごいと思っていたんですけど、何がすごいのかうまく言語化できてなかったんですね。最近、「堀口さんの魅力は、しなやかな演技力なんだ」って言葉に辿り着いて、腑に落ちました。
―――今作のようにシンプルな物語を作る上で、堀口さんの絵の力も作品を成立させる前提条件になっていましたか?
山田 はい。堀口さんなら、という絶対的な信頼感がありました。
―――TVシリーズでは重要なキャラクターだった言葉を話す鳥のデラ・モチマッヅィは本編に登場しませんが、同時上映の短編「南の島のデラちゃん」では、相変わらずのノリで登場します。デラたちの事を大事にしながらも、本編の構造をシンプルにするという点で素晴らしいアイデアですよね。これも監督のアイデアですか?
山田 最初からディズニーの作品によくあるみたいなショートストーリーをつけたくて、もっとイメージ映像的なものとかで考えたりもしました。でも、本編を作っていくにつれてデラちゃんが出にくくなってしまって。どうにかして出したいって考えていたら、「あ、短編がある!」って。両方の作品がお互いにつながっている感じが出れば良いなって思いました。
―――この作品に関して、映画だからできた事、映画だから絶対にやりたかった事などはありますか?
山田 いっぱいあります。というか、「たまこラブストーリー」という作品自体がそう。観てくださる方に、映像から伝わる気持ちの振動みたいなものを感じてもらえるのって、最初から最後までを1本で作れる映画だからこそだと思っていて。今回、みなさんにいろんな思いや感情の揺れを送り届けるための映像作りができました。だから、レイアウトにしても、演技にしても、1カット目からラストまで全部が私のやりたかった事です。描きはじめるまでは時間がかかりましたが、今回はすごく絵が見えていました。
―――この作品を作り終えた事で、ひとまず「ラブストーリー」は描き切った感覚ですか?
山田 確かに今は、すごくさわやかな気分でいます。恋が始まって芽生えていくって過程を描き、初々しさに触れるという経験が本当に楽しかったので。これから先、自分がラブストーリー作家になるとは思えないですけれど、すごく良い経験ができたなと思いました。
―――元々、ラブストーリーはあまり意識されていなかったのに、こんなにも直球のラブストーリーを作る事ができた。振り返ってみると、意外な気分だったりもしますか?
山田 たしかに、「おお〜」って思います(笑)。以前、演出させてもらっていた「CLANNAD」も完全にラブストーリーだったんですね。でも、当時はそれをすごく楽しみながら演出していたんです。
―――そうだったのですか?
山田 「たまこラブストーリー」の作業中に悩んでいた時、「CLANNAD」で自分の担当したコンテが出てきたんです。それを見て「自分にも、こんな事ができていたんだ!?」と驚いて。自分にはできないと思っていたんですよね。
―――監督になってから、いつの間にか、恋愛をストレートに描く事が恥ずかしくなっていた?
山田 そう。だから、「ばか! 何をやってるの。自分の思いで作品を止めないで!」って(笑)。そこから、自分が恥ずかしいなんてどうでも良い事だって考えにまで行き着いたんです。だから、奇跡的に昔のコンテが出てきて良かった。何をそんなに自意識過剰になってたのかなって思います。最初から、たまこともち蔵の恋する過程をまっすぐ描きたかったのに。
―――まさにそうなっている作品ですね。最後に「たまこラブストーリー」は、山田監督にとって、どんな作品になりましたか?
山田 とても大切な作品ができたな、という気持ちです。もち蔵と、たまこと、みどりと。かんなも、史織も、あんこも。それぞれの一歩のようなものに立ち会えた感動がずっとある感じです。
―――83分の作品なのに、すごい密度ですよね。
山田 あの長さでやるっていう前提があったからできたのかなって思います。脇目もふらずやるしかなかった。本当に良かったです。
(丸本大輔)

仮) 映画「たまこラブストーリー」オリジナル・サウンドトラック

TVアニメ「たまこまーけっと」&映画「たまこラブストーリー」劇中曲コンピレーションCD 星とピエロ compilated by Kunio Yaobi

映画『たまこラブストーリー』主題歌 「プリンシプル」