『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』1巻(竜田 一人/講談社)
“福島第一原発作業員が描く渾身の原発ルポルタージュ漫画! ”

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“ゴム手を着け
フードを被ろう
ここまで来ると点滅すらしていないが
この信号を右折すれば
1Fはすぐそこだ”

1Fというのは、東京電力福島第一原子力発電所のことだ。

『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』1巻(kindle版)が出た。
福島第一原子力発電所、通称1Fで実際に働いたようすを描いたルポルタージュ漫画だ。
第0話がネット上で読める(いちえふ 〜福島第一原子力発電所案内記〜 【第34回MANGA OPEN大賞受賞作品】:モアイ)。

全面マスクをつけ、タイベックとゴム手を装備し、「防護区域内作業者」シールを背中にはり、安全装備完了。
最後にヘルメットを借りて、二重扉から外へ。
「ご安全に」と声をかけられる。
「ご安全に」
不思議な言葉だ。
「お気をつけて」も違う、「ごきげんよう」ってのも違うだろう、「がんばって」でもなかろう。
「ご安全に」、そうとしか声がかけられない。
そういう場所で働いている。

新人賞MANGA OPENの大賞受賞作として「モーニング」に掲載されると、国内外のメディアからの取材依頼が殺到。
連載が決定し、2014年4月23日に1巻が発売になった。
新人作家として異例の初版15万部を出荷。
“凄まじい反響を呼んだ話題作!!”なのだが、漫画は、たんたんと進む。

汚染靴で車に乗るときに必ず靴カバーをかけなければならない。
“「これがいちいちめんどいっぺし」
「そう言うな」”

告発すべき巨悪や、スペクタクルやサスペンスは、ない。
著者が実際に見て、体験した現場が描かれるだけだ。

“「そういえばここに来るとなぜか腹減るんスよねぇ…」
「わかる 労働時間はむしろ短いだけどな」
「ホルミシス効果っスか」(「放射線ホルミシス」のこと。微量な放射線被曝は健康増進作用があるとする説)
「バカいうでねえ 朝が早いからだっぺ」”
なんて軽口をたたきながらメシを食う。

登場人物を萌え美少女にして「いち☆えふ」ってタイトルで、ほのぼの日常マンガになっちゃうんじゃないかと勘違いしちゃいそうなほどだ。

“「だけどあの元請けの若僧だけは気に入らねぇな」”
と愚痴も出る。
“「いづが高線量んどごさ引きずってってヒイヒイ言わせでやっぺ」”
なんでブラックなジョークも。

メディアが恐ろしさを喧伝しようとも、現場で働いている彼にとっての問題は
全面マスクをしているので鼻が掻けないことであり(第二話「鼻が痒い」)、
一軒家に10人以上が寝起きしてるのでトイレが汚いことであり(第三話「2011年のハローワーク」)、
完全防備なので暑さでまいっちゃうことなのだ(第四話・第五話「福島サマータイムブルース」)。

非日常である現場に立ち現れる「日常」。
6次下請けでようやく就いた仕事は日給8千円だ。

「1Fで働いている」というと、超危険な現場で働いているヒーローのように言われたりすることもあるが、
“「なんの実際大半は俺達みたいに安くて地味な仕事タイね」”とぼやく。

“「そやけどそんな仕事も
やる奴がおらんと
1Fは回らんのや」
「明石さん…」
「どんなつまらん仕事
汚れ仕事やろうと
ここで働いとる事には
胸を張っていいと思うで」”

初めて建屋内で作業した新人が、頭が痛いと訴える。
作業中止して休憩所にもどり、マスクを外すとウソみたいに痛みが消える。
新人くんの痛みの原因は何だったのか?
わかってみると何でもないことなのだ。
だが、わからなければ、それは不安を呼び起こす。

ぼくたちは、さまざまな視点で現実を見るべきだろう。
『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』1巻(kindle版)の帯のコピーは、こうだ。
“これは「フクシマの真実」を暴く漫画ではない。
福島第一原発作業員が描く原発ルポ漫画。
これが彼がその目で見てきた「福島の真実」。”
(米光一成)