「スターウォーズ 帝国の逆襲」のあのポスター。宮崎まで天才・生頼範義展を見に行ってきた
幼少期に、生頼範義と石原豪人のどちらを好きだったか? その選択によってその後の人生が決まってしまうのではないか、と思うほどに、この二人の絵は強烈な印象を放ち、昭和生れの少年少女たちの胸を熱くした。
生憎、わたしは11歳のときにジャガーバックスの『いちばんくわしい日本妖怪図鑑』を買ってしまったので、石原豪人が得意とする艶かしく猥雑としたカルチャーの方を追いかけるようになった。その影響もあって、生頼範義の主戦場であるSFの世界に足を踏み入れるのは、少しばかり出遅れた。
オバケだの肌色だのオカルトだのに興味をもっていたわたしが、最初にその“絵”と接触したのはいつか、いまでも覚えている。『月刊ムー 創刊号』(1979年11月)の表紙だ。
見た瞬間に虜になった。だって日本にはこんな絵を描く人いなかったもの! この表紙は誰が描いているのか? 奥付には「生頼範義」と記されている。変わった名前だね。オーライ、オーライ、よし覚えた! それ以来「オーライノリヨシ」という言葉は、ものすごい絵を描く人の名前として、わたしの頭に強烈に刻み込まれた。
ひとたびその存在を認識してみると、有名なSF小説の表紙はどれもこれも生頼範義が描いていることがわかった。平井和正、小松左京……、プラモの箱絵なんかも描いている。
ルネッサンス期の画家のようなデッサン力、繊細で鮮やかな色使い、ダイナミックな筆のタッチ、そして完璧な画面構成力。こんな人はなかなかいない。わたしはいまも熱心なSFの読者とは言いがたいけれど、それでも生頼氏の絵がなかったら、SFというジャンルに興味をもつのはさらに遅れていたことだろう。
生頼氏は兵庫県で生まれた後、東京藝術大学への進学を機に東京へ移り住む。やがて雑誌の挿絵や広告イラストで本格的にイラストレーターとしての活動をはじめ、1973年には妻の郷里である宮崎県宮崎市に住まいを移し、2011年に脳梗塞を発症し療養生活に入るまでのおよそ50年間、アトリエにこもり続けてひたすら殺到する仕事をこなしていった。
これまでに挿画を担当した本の冊数は1500点を超え、広告などに提供したイラストも含めると、その作品数は数千点にもおよぶという。その超人的な仕事ぶりは、今回の展示会用に編纂された図録でご子息の太郎氏が次のように語っている。
「ほぼ一日中仕事場にこもり、イラストを描き、資料を調べ、挿画の原作を読み、少しでも時間がとれれば油絵の制作。ささやかな晩酌と食事の後はまた仕事場へ戻って日付の変わる頃まで描く。そんな生活が'90年代半ばまで続きました」
描いた数も大変な量だが、その一点一点のクオリティが尋常でない。そのすごさを説明するのは簡単ではないが、生頼氏の作品でもっとも数多くの人の目に触れたであろう絵──『スターウォーズ 帝国の逆襲』の公式ポスターを思い浮かべれば、わかってもらえると思う。
そんな唯一無二のイラストレーター生頼範義の、初の本格的な展覧会が宮崎県で開催されるというので、例によって宮崎までひとっ飛びしてきた。
会場は宮崎駅からほど近い場所にある「みやざきアートセンター」。受付で入場料を支払って展示場内に入ると、まずは撮影可能なゾーンがある。
ここに展示されているのは原画ではなく、これまで生頼氏が手掛けてきた様々な本の表紙だ。それらの本の現物が、ピラミッドのようにディスプレイされ、そびえ立っている。そして、その周囲の壁には映画や小説などの広告ポスターがびっしりと張り巡らされている。
エスエフの人なら思わず「おおっ!」となる驚きポイントがたくさんあると思うのだが、わたしなんかは1982年のベストセラー、鈴木健二の『気くばりのすすめ』の表紙イラストが生頼氏の作品だったことに驚かされた。さらに元近鉄の鈴木啓示『男の人生にリリーフはない』までもが生頼画だったりして、持ってるのに気づいてなかったことに己の不明を恥じた。天才は仕事を選ばないって、本当だなー。
撮影可能ゾーンを出ると、あとはお待ちかね原画の展示が続く。当然のことながら撮影は禁止。でも、作品の前にチェーンを張ってお客さんを遠ざけたりはしていないので、本当に間近で見ることが出来る。老眼の自分はメガネを外して至近距離で観察し、筆の跡を脳に焼き付けてきた。
その描き込みの緻密さから、原画はきっと大きいのだろうと想像していたが、たしかに大きなものもあるが、実際に見てみると意外に小さいものも多かった。映画『テンタクルズ』のポスター画なんて畳一枚ぐらいのサイズかと思ってたのに、実際には727×504mm(B2版)程度なのよ。この画面サイズでこの表現力って、人間ワザとは思えねー!(と、文字で書いても全然伝わらないか)。
とにかく、見ている間に何度も気を失いそうになる展示会なのだ。「圧倒的」って、こういうことを言うんだろうな。
お待ちかねの『スターウォーズ 帝国の逆襲』コーナーでも、ひとつ驚いたことがある。
まず、完成版の前に「下絵」と題されたものが5点並んでいて、これがどれも味わい深くていい。習作だからタッチは荒々しく、それほど時間をかけて描いたものではないのだろうけど、与えられた材料を組み合わせて、生頼氏が様々な画面構成を模索している様子がよくわかる。
「ははぁ、これだけの手間隙をかけて、あの完成版が描かれたんだなあ」
なんて思いながら壁にかけられた作品を目で追っていくと、最後に例のあれがドーンと展示してある。
「うおぉぉ! これが『スターウォーズ 帝国の逆襲』のポスターの原画ーっ!」
と、ひとり興奮したわけだが、額の下に張ってある解説をよく見たら、そこにも「下絵」なんて描いてある。ど、どういうこと?
考えてみれば、原画はおそらくジョージ・ルーカスの自宅か、ルーカスフィルムのオフォスにでも保管されていて、生頼氏の手元にはないのかもしれない。だからここに展示されているのは下絵なのだろう。
それはわかる。わかるけどさあ、これが下絵ということは、これ描いたあとにまったく同じ(あるいはこれ以上の)クオリティのものをふたたび描いたわけで、どうしてそんなことが出来るのか。まったく、生頼範義という画家は絵の具と筆に祝福されて生まれてきたとしか思えない。
さてさて、見所をあげたら「全部!」としか言いようのない展示会でありますが、やはり注目すべきは「第2の撮影可能ゾーン」だ。
そう、この展示会には撮影可能ゾーンが2ヶ所ある。入口すぐのところにあった最初のゾーンは、生頼氏が手掛けた様々な本の表紙やポスター(つまりは複製品)を中心に構成されていた。
ところが、第2のゾーンはなんと原画の展示スペースなのだ。それも、生頼画ではとくに人気の高い『SFアドベンチャー』誌の表紙を飾った世界の神話に登場する美姫たちだ。
1980年6月号から1987年12月号まで、延べ91人を描いてきた中から、ここでは44人の美女が展示されている。それがどれでも撮り放題だなんて信じられますか? なんという気くばりだろうか! 最初の撮影ゾーンでフィルムを使い切っちゃった人はショックだろうなー(いまどきそんなヤツいるか!)。
周囲を世界の美女(しかも半裸)に囲まれて、ぼ〜っとしていると、不思議な気持ちになってくる。これは現実だろうか。できればここに住みたい。だが、そうもいかない。だからもう一度、展示作品に近づいて、天才生頼範義の筆づかいに目を凝らす。
これこれ、これが見たかったんだよ。この布!
住んでいるところによっては宮崎は遠く感じるだろう。でも、会期はまだ1ヶ月弱ほど残されている。東京からだって飛行機を使えば日帰りも可能。格安航空会社を使えば、交通費もかなり抑えることができる。いずれ本州各地でも展示会が行われるかもしれないが、行われないかもしれない。少しでも迷う気持ちがあるなら、いまのうちに行ってみることをお勧めします。
(とみさわ昭仁)
■THE ILLUSTRATOR 生頼範義展:みやざきアートセンター
会場、会期、入場料などの詳細はリンク先をご覧ください。
生憎、わたしは11歳のときにジャガーバックスの『いちばんくわしい日本妖怪図鑑』を買ってしまったので、石原豪人が得意とする艶かしく猥雑としたカルチャーの方を追いかけるようになった。その影響もあって、生頼範義の主戦場であるSFの世界に足を踏み入れるのは、少しばかり出遅れた。
見た瞬間に虜になった。だって日本にはこんな絵を描く人いなかったもの! この表紙は誰が描いているのか? 奥付には「生頼範義」と記されている。変わった名前だね。オーライ、オーライ、よし覚えた! それ以来「オーライノリヨシ」という言葉は、ものすごい絵を描く人の名前として、わたしの頭に強烈に刻み込まれた。
ひとたびその存在を認識してみると、有名なSF小説の表紙はどれもこれも生頼範義が描いていることがわかった。平井和正、小松左京……、プラモの箱絵なんかも描いている。
ルネッサンス期の画家のようなデッサン力、繊細で鮮やかな色使い、ダイナミックな筆のタッチ、そして完璧な画面構成力。こんな人はなかなかいない。わたしはいまも熱心なSFの読者とは言いがたいけれど、それでも生頼氏の絵がなかったら、SFというジャンルに興味をもつのはさらに遅れていたことだろう。
生頼氏は兵庫県で生まれた後、東京藝術大学への進学を機に東京へ移り住む。やがて雑誌の挿絵や広告イラストで本格的にイラストレーターとしての活動をはじめ、1973年には妻の郷里である宮崎県宮崎市に住まいを移し、2011年に脳梗塞を発症し療養生活に入るまでのおよそ50年間、アトリエにこもり続けてひたすら殺到する仕事をこなしていった。
これまでに挿画を担当した本の冊数は1500点を超え、広告などに提供したイラストも含めると、その作品数は数千点にもおよぶという。その超人的な仕事ぶりは、今回の展示会用に編纂された図録でご子息の太郎氏が次のように語っている。
「ほぼ一日中仕事場にこもり、イラストを描き、資料を調べ、挿画の原作を読み、少しでも時間がとれれば油絵の制作。ささやかな晩酌と食事の後はまた仕事場へ戻って日付の変わる頃まで描く。そんな生活が'90年代半ばまで続きました」
描いた数も大変な量だが、その一点一点のクオリティが尋常でない。そのすごさを説明するのは簡単ではないが、生頼氏の作品でもっとも数多くの人の目に触れたであろう絵──『スターウォーズ 帝国の逆襲』の公式ポスターを思い浮かべれば、わかってもらえると思う。
そんな唯一無二のイラストレーター生頼範義の、初の本格的な展覧会が宮崎県で開催されるというので、例によって宮崎までひとっ飛びしてきた。
会場は宮崎駅からほど近い場所にある「みやざきアートセンター」。受付で入場料を支払って展示場内に入ると、まずは撮影可能なゾーンがある。
ここに展示されているのは原画ではなく、これまで生頼氏が手掛けてきた様々な本の表紙だ。それらの本の現物が、ピラミッドのようにディスプレイされ、そびえ立っている。そして、その周囲の壁には映画や小説などの広告ポスターがびっしりと張り巡らされている。
エスエフの人なら思わず「おおっ!」となる驚きポイントがたくさんあると思うのだが、わたしなんかは1982年のベストセラー、鈴木健二の『気くばりのすすめ』の表紙イラストが生頼氏の作品だったことに驚かされた。さらに元近鉄の鈴木啓示『男の人生にリリーフはない』までもが生頼画だったりして、持ってるのに気づいてなかったことに己の不明を恥じた。天才は仕事を選ばないって、本当だなー。
撮影可能ゾーンを出ると、あとはお待ちかね原画の展示が続く。当然のことながら撮影は禁止。でも、作品の前にチェーンを張ってお客さんを遠ざけたりはしていないので、本当に間近で見ることが出来る。老眼の自分はメガネを外して至近距離で観察し、筆の跡を脳に焼き付けてきた。
その描き込みの緻密さから、原画はきっと大きいのだろうと想像していたが、たしかに大きなものもあるが、実際に見てみると意外に小さいものも多かった。映画『テンタクルズ』のポスター画なんて畳一枚ぐらいのサイズかと思ってたのに、実際には727×504mm(B2版)程度なのよ。この画面サイズでこの表現力って、人間ワザとは思えねー!(と、文字で書いても全然伝わらないか)。
とにかく、見ている間に何度も気を失いそうになる展示会なのだ。「圧倒的」って、こういうことを言うんだろうな。
お待ちかねの『スターウォーズ 帝国の逆襲』コーナーでも、ひとつ驚いたことがある。
まず、完成版の前に「下絵」と題されたものが5点並んでいて、これがどれも味わい深くていい。習作だからタッチは荒々しく、それほど時間をかけて描いたものではないのだろうけど、与えられた材料を組み合わせて、生頼氏が様々な画面構成を模索している様子がよくわかる。
「ははぁ、これだけの手間隙をかけて、あの完成版が描かれたんだなあ」
なんて思いながら壁にかけられた作品を目で追っていくと、最後に例のあれがドーンと展示してある。
「うおぉぉ! これが『スターウォーズ 帝国の逆襲』のポスターの原画ーっ!」
と、ひとり興奮したわけだが、額の下に張ってある解説をよく見たら、そこにも「下絵」なんて描いてある。ど、どういうこと?
考えてみれば、原画はおそらくジョージ・ルーカスの自宅か、ルーカスフィルムのオフォスにでも保管されていて、生頼氏の手元にはないのかもしれない。だからここに展示されているのは下絵なのだろう。
それはわかる。わかるけどさあ、これが下絵ということは、これ描いたあとにまったく同じ(あるいはこれ以上の)クオリティのものをふたたび描いたわけで、どうしてそんなことが出来るのか。まったく、生頼範義という画家は絵の具と筆に祝福されて生まれてきたとしか思えない。
さてさて、見所をあげたら「全部!」としか言いようのない展示会でありますが、やはり注目すべきは「第2の撮影可能ゾーン」だ。
そう、この展示会には撮影可能ゾーンが2ヶ所ある。入口すぐのところにあった最初のゾーンは、生頼氏が手掛けた様々な本の表紙やポスター(つまりは複製品)を中心に構成されていた。
ところが、第2のゾーンはなんと原画の展示スペースなのだ。それも、生頼画ではとくに人気の高い『SFアドベンチャー』誌の表紙を飾った世界の神話に登場する美姫たちだ。
1980年6月号から1987年12月号まで、延べ91人を描いてきた中から、ここでは44人の美女が展示されている。それがどれでも撮り放題だなんて信じられますか? なんという気くばりだろうか! 最初の撮影ゾーンでフィルムを使い切っちゃった人はショックだろうなー(いまどきそんなヤツいるか!)。
周囲を世界の美女(しかも半裸)に囲まれて、ぼ〜っとしていると、不思議な気持ちになってくる。これは現実だろうか。できればここに住みたい。だが、そうもいかない。だからもう一度、展示作品に近づいて、天才生頼範義の筆づかいに目を凝らす。
これこれ、これが見たかったんだよ。この布!
住んでいるところによっては宮崎は遠く感じるだろう。でも、会期はまだ1ヶ月弱ほど残されている。東京からだって飛行機を使えば日帰りも可能。格安航空会社を使えば、交通費もかなり抑えることができる。いずれ本州各地でも展示会が行われるかもしれないが、行われないかもしれない。少しでも迷う気持ちがあるなら、いまのうちに行ってみることをお勧めします。
(とみさわ昭仁)
■THE ILLUSTRATOR 生頼範義展:みやざきアートセンター
会場、会期、入場料などの詳細はリンク先をご覧ください。