参議院議員・アントニオ猪木を直撃「あなたはなぜ、北朝鮮にこだわるのですか?」
戒告・陳謝か、登院停止か、それとも除名か――。国会に無許可で北朝鮮を訪問したアントニオ猪木議員に対する懲罰が検討されている。
こうした処分が下ることは訪朝前に分かっていたはず。それなのに、猪木氏はなぜ訪朝を強行したのか? そして彼はなぜ北朝鮮にこだわり続けるのだろうか? 燃える闘魂の男が真意を激白した!
■緊張状態下の朝鮮半島で若き日の猪木が見た光景
初めに、アントニオ猪木参議院議員の北朝鮮訪問がなぜ問題になっているのかを理解しておこう。国会議員が海外渡航する際は、議院運営委員会の許可を得る必要がある。猪木氏は訪朝の申請は行なったが、現地での詳細な日程が明白でないことなどを理由に許可されなかった。
許可が出なかった“本当の理由”については、政府は外交に関してよけいなことをしてほしくないし、もし成功しても日本維新の会の株が上がるから困るという自民党側の意向も強く働いたと臆測される。どちらにせよ、猪木氏が無許可で渡航したことは事実で、厳罰に処される可能性は高い。
しかし我々が気になるのは処分内容ではなく、猪木氏がなぜ北朝鮮にこだわるのかということ。彼はこれまで20回以上も訪朝しているのだ。よし、燃える闘魂の男の真意を確かめるべく本人を直撃だ!
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猪木 よく皆さんから「猪木はなんで何度も北朝鮮へ行くんだ」と言われます。その理由はかなり昔に遡ります。私は17歳のときにブラジルで力道山(りきどうざん)師匠にスカウトされて以来、しばらく彼の付き人をやっていました。日朝関係の改善を望むようになったのはその頃からなんです。
―ご存じだろうが、力道山とは日本中を熱狂させた超人気プロレスラーで、歌手の美空ひばりと並び称される昭和の大スターだ。彼は日本統治下の朝鮮半島出身で、出生地が現在の北朝鮮にあたる。
猪木 師匠は戦後最大のヒーローでしたが、朝鮮が南北に分断された深い悲しみのなかにいるのを間近で見ていた。そんななか、師匠は(北朝鮮ではなく)韓国から招待を受けた。最初は躊躇していましたが、行ってみたら韓国国民から大歓迎を受けたのです。
―当時の朝鮮半島は南北が緊張状態にあった。しかしプロレスというスポーツを通じ、北朝鮮出身の力道山が韓国で大歓迎される瞬間に立ち会った。これが日朝関係改善を熱望する原点だったのだ。そして今回、平壌(ピョンヤン)に「スポーツ平和交流協会」の事務所を設置した。
猪木 「スポーツ交流だと言っておきながら、なぜ政治の話をするんだ」と批判する方もいらっしゃいます。でも私は、スポーツ交流で世界平和を実現するという理念を昔から持ち続けています。事務所自体はアメリカやパキスタンなどにもあり、今回もその一環です。狙いはスポーツ交流を通じて選手の強化や日朝関係の改善を果たすこと。日本の国会議員の訪朝を受け入れてもらう足場にもなれたらと考えています。皆さんが注目する張成沢(チャン・ソンテク)さんは北朝鮮の国家体育指導委員会の委員長でもあるので、後押ししてくれていますよ。
―張成沢氏といえば、最高指導者である金正恩(キム・ジョンウン)氏の後見人として知られる、超がつく大物政治家だ。猪木氏は彼と今年7月の訪朝時に面会している。「スポーツ平和交流協会」が日朝関係改善に役立つ可能性はあるようだ。
猪木 とにかく日朝間にある難しい問題は、ここ10年間まったく動いていないわけです。この状態をあと何十年続けるのか? まずは交流を始め、一歩でも前進する必要があるのです。
―日朝関係の改善に必要なことは、交流以外には何があると考えているのだろうか?
猪木 日本にとっては拉致問題が非常に重要。私もそう思います。しかし北朝鮮にとっては小泉元総理が調印した「日朝平壌宣言」に書かれているように「過去の清算」が大切なのです。この部分をテレビも新聞も目をつぶって報じないから日本人全体が忘れてしまう。
―具体的に、どう解決すればいいと考えているのか?
猪木 両方とも解決するか、あるいは当面は両方とも脇に置いて関係改善を図るのか、それは話し合いです。片方の要求だけ達成しようというのは難しいですよ。そして(過去の清算に関して)お金を払えばそれで済むという話でもない。向こうにもプライドがありますので、そういうところもちゃんと配慮する必要がある。もちろん金正恩さんのメンツをつぶすようなことをやってもダメです。
■日朝関係改善で得る日本のメリットとは
―日朝関係が良くなると、どんなメリットがあるのか?
猪木 例えば経済交流が盛んになれば、北朝鮮はレアメタルなどの鉱物資源が非常に豊富なので日本にとって大変な魅力です。逆に北朝鮮側が一番欲しいものは日本の技術力です。さらに今は羅先(ラソン)という場所が経済特区化されて外国資本の投資を認めることになったので世界中が注目しています。
―今、北朝鮮の一般市民の反日感情はどの程度なのだろう?
猪木 最近のテレビを見る限り、反日を強くあおるような番組はありません。街中には日本車も多く走っています。この前、軍隊の人たちに手を振ったら、みんなが一斉に振り返してくれましたよ。
―金正日(キム・ジョンイル)体制から金正恩体制に移行して、対日姿勢は軟化しているとの印象ですか?
猪木 私に対する北朝鮮要人の態度や表情を見てもらえれば、それでわかると思います。
―無許可で訪朝したことに対する処分が参院と維新の双方から出される可能性があります。
猪木 非常に厳しい懲罰を覚悟しています。しかし開き直るわけではありませんが、今まで誰も進められなかったことを私は行動で動かしつつある。ネットなどを見れば、世の中の反応は9割方が「猪木頑張れ!」と応援する意見でした。国会の中と外とでこんなに温度差があるものかと感じましたね。
―週プレが維新周辺を取材したところ、訪朝前の維新内部は猪木さんを後押しする空気だったと聞きました。でも北朝鮮に旅立った後に永田町に批判的な空気が流れるや、50日間の党員資格停止という処分に転じた印象なのですが。
猪木 何も申しません。ただ、世間の人たちはちゃんと見てくれていると思います。それだけです。
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さすが燃える闘魂の男である。率直でわかりやすい。猪木氏に対する評価はさまざまだが、北朝鮮の要人にバンバン会える人物は彼以外にいない。だったら批判ばかりしないで、うまく活用する道を探るべきではないか?
(取材・文/菅沼 慶 撮影/本田雄士)
●アントニオ猪木(いのき)
本名:猪木寛至(かんじ)。1943年2月20 日生まれ、神奈川県横浜市出身。13歳で家族とブラジルへ移民。17歳のときにプロレス興行でブラジルを訪れていた力道山氏の目に留まりスカウトされ、そのまま帰国してプロレスラーとなる。1989年、スポーツ平和党を結成して参議院議員選挙で初当選して政界入り。現在は日本維新の会所属の参議院議員