都立日野高等学校(東京)
初めて挑んだ西東京大会決勝の舞台。あと一つ勝てば、夢の甲子園に届く。「打倒日大三」に賭けた都立強豪校の意地。そんな都立日野の選手たちの夢の実現を見届けようと、日曜日ということもあって神宮球場は早々に外野席も開放する3万人もの人が詰め掛けた。 しかし、都立日野の夢は今年も日大三の前に決勝でついえた。試合は0対5、スコアとしては完敗だった。
<過去5年 都立日野の西東京大会最終成績>2013年 決勝 0-5 日大三 (2013年07月28日)2012年 準々決勝 0-3 日大三2011年 4回戦 6-15 日大三 (2012年07月22日)2010年 5回戦 1-11 東亜学園2009年 準決勝 6-7 日大三 (2009年07月28日)
嶋田雅之監督は試合後、「毎年夏は、日大三とどこで当たるのかというところで、結局、夏の位置が決まっているんですね。だから、日大三の壁を破らないことには甲子園出場は実現しないと思っています」と、心情を吐露していた。 そのためには、何をなすべきか。 都立日野の、夢の実現へ向けての再出発を訪ねた。
決勝戦翌日にはすでに新チームが始動新チームは夏の西東京大会決勝戦で日大三に敗退したその翌日、7月29日にすぐスタートした。
バッティングのアドバイスする嶋田監督
その日は、3年生も集合して正式に引退となるミーティングを行い、部室の掃除をして新チームに引き渡された。ひと段落した15時には、すでに、新チームが始動していた。
そして、その翌日には当初から決まっていた予定とはいえ、すぐに練習試合を行うなど、精力的な動きだった。「試合を行いながら、試していくことも大事」という嶋田監督の考えでもあるが、都立日野は夏休みには2度の遠征合宿を含めて、夏休みだけで18〜20日の試合が組まれていた。
遠征合宿は8月に入ってすぐに新潟へ向かい3泊4日、五泉などと試合をした。さらに、1週間後は2泊3日の長野遠征で東海大三や三重県から合宿に来ていたいなべ総合などと試合を組んだ。
「新潟遠征では、スコアだけは勝ってしまったので、『自分たちは強いのではないか』みたいな勘違いをしかかったのですけれども、長野遠征ではいなべ総合に完全にやられたことで、さまざまな課題が見えてきました。これが、秋そして来年へ向けてのテーマということになります。それが発見できました」と、嶋田監督は遠征の成果を語る。
その最大のテーマがスピードアップである。
[page_break:真のスピードアップを目指して投攻守のレベルアップ]真のスピードアップを目指して投攻守のレベルアップチームの目標を楽しそうに語る志岐君
それは、ただ単に走るのを速くするということだけではなく、すべてにおけるスピードアップだ。そのためのトレーニングとして、嶋田監督の日体大で4年先輩になるいなべ総合の尾崎 英也監督から教えてもらったというメニューがハードルを使ったハードルくぐりと、ジャンプの繰り返しトレーニングだ。股関節の柔らかさを作り、バネもつけさせていくというトレーニングで、帰って来てから早速導入した。これで、下半身を作り、攻守においてのスピードアップを図る。
嶋田監督は、練習試合などを組みながら、相手のいい点、いい練習法などがあったら、積極的に取り入れて行こうという気持ちは貪欲だ。その姿勢は、現在も変わっていない。
選手たちも自分たちの課題をしっかりと認識している。 新チームで主将を務めることになった志岐 健太郎君は、「新チームのスタートは決勝の翌日からでしたが、すぐに切り替えられました。スイングのスピードアップのための0.4バッティング(L字ネット越しに前から0.4秒でボールが届くスピードでトスを投げ入れ、それを5本連続フルスイング)でスイングスピードをつけて日大三に負けないようにしたい」と、まずはスイングスピードのアップをチームで取り組んでいくことを目標としている。
前のチームから残ったメンバーの一人、邦山 立誠君もスピードアップに関しては強く意識している。「スイングスピードを上げること、短距離でのスピードアップは、守備力アップにもつながります。そして、守備のスピードアップです」と、はっきりと言い切る。
秋庭 由二朗君も、遠征試合を通じて学んだことは大きかったと言う。「新潟県では、自分たちはあまりしっかりとやれていなかったカットプレーなども、相手チームは位置もよくきちんとできていることがわかりました。それは、勉強になりました」。さらに、テーマとしてのスピードアップに関しても、「長野遠征では、走塁のスピードというよりも、走塁のキレのよさにビックリしました。走塁は常に次の塁を狙う意識を作っていかないといけないと思いました」と、試合をしながら学んだことを自分たちのチームに反映させていこうという意識である。
志岐主将は、「1年の時はスタンドで見ていて、今年の夏は実際に戦ってみて、日大三は絶対に勝てない相手ではないということは実感しています」と、強い気持ちを持っている。
実は、決勝まで進出した前チームは、新チーム結成時には嶋田監督も、「ここ何年かでは最弱のチーム」というところから始まっていたのだ。 事実、前チームは夏の練習試合でも好結果を出すことができなかったし、力不足は否めなかった。しかし、そんな中で、長い時間が取れる夏休みの練習では、基礎力をつけることに徹して、午前中は野球をやるのに必要な体全体の力をつけていくトレーニングに取り組んだ。それが徐々に成果を出していったのだった。 苦戦しながら勝ち上がったブロック予選を経て、本大会では帝京を下すことができた。これも、大きな自信になった。体に力ができたことで、「7番、8番でも振り切って(スタンドに)放り込める力をつけることができるようになった」という。嶋田監督の意識の中には、「振り切っていかれるチームでないと、本当に力のある私学の強豪には勝ちきれない」という考えが定着している。だから、上位下位関係なく、思い切って打てるチームを作り上げていくことが最大のテーマとなる。
[page_break:守りが安定している分だけ安心して戦える]守りが安定している分だけ安心して戦える今度のチームは、内野手に試合経験の多い選手が残ったということで、守りに関しては例年以上に自信を持っているという。それだけに、これまでのように、練習で積み上げていくことができれば、過去5年間以上のチームを作っていかれるという希望は非常に大きい。
ことに、守りに関しては今の段階では前チームよりは安定しているということは実感している。それだけに、テーマとしているスピードアップを図ることができれば、間違いなく総合力としては上がっていくということである。
当面の目標としては、もちろん秋季大会はブロック予選を勝ち上がって本大会出場である。そして、本大会で結果を出すことだ。かつて、秋季大会でベスト4に進出して、21世紀枠の代表候補に選出されたこともある。しかし、嶋田監督自身はそのことは意識していないという。「以前に21世紀枠で推薦を受けた時に、周囲もいろいろ言ってくれるものですから、その気になりかかっていましたけれど、今はそんな気持ち(21世紀枠で出場を狙う)はありません。自力で勝ちあがってもぎ取らなくてはいけません」という強い気持ちである。
さらには、春季大会でシード権を取ることも大切な目標だ。「夏の大会を勝ち上がるためには、シード権を取って毎試合同じ球場で、同じ開始時間で戦えるということも、コンディション調整という点から考えたら大事なことなのです。今年も、シードが取れていたから戦いやすかったというところはありましたから」と、夏の戦いを勝ち上がるためには、こうした大会へ向けてのコンディション作りから含めて、1年計画で戦っていかなくてはならないということなのだ。
0.4バッティングでスイングスピードアップ
「秋季大会をどう戦うのか、そこでの結果を踏まえた冬の過ごし方があり、春季大会への入り方もあるだろう。それらをすべて、日々の練習メニューを消化していきながら、新たな課題を見出して若干の方針変更などをしながら取り組んでいくのが普通の公立校の高校野球だ。
西東京大会の決勝戦直後には、「ウチと日大三とは積み上げてきたものが違うのでしょうか。この壁をどうしたら破ることができるのか、正直わかりません。もう1ランク上にあげていくために何をしていったらいいのでしょうか」と、いささか弱気な発言も出てきかかったこともあった。しかし、選手たちと気持ちを作り直して、「高い壁があるからこそやりがいもある」と前向きの意識で取り組んでいる。
そして嶋田監督は、夏の甲子園で公立校の鳴門が強打でベスト8に進出したことを引き合いに出して、「同じ公立で、あんな思い切りのいい打線を作っていかれるチームがあるのですから、目標にしていきたいです」と、チームの完成形もイメージできている。あとは、そこへ向かって積み上げていくだけになっている。
都立日野の、来年夏の夢の実現への戦いは、こうして既に始まっているのである。
(文・手束 仁)