パ・リーグは、なぜ強いのか。スカウトたちが語る真実
プロ野球は交流戦が終わり、ペナントレースも中盤戦へ。
今年の交流戦優勝はパ・リーグの福岡ソフトバンクホークス。さらに、交流戦順位上位6チーム中、5チームをパ・リーグ勢が占めた。
さかのぼってみれば、交流戦優勝チームは、去年の巨人を除けば過去9年のうち、8年がパ・リーグ勢。
交流戦だけでなく日本シリーズにおいても、ここ10年のセパの対戦成績は7勝3敗で「パ」が圧倒している。
「人気のセ、実力のパ」
セ・リーグの人気にやっかんだ時代に生まれた言葉だが、もうグウの音も出ないほど「実力のパ」を痛感させられる。
なぜ、パ・リーグが強いのか?
そんな疑問を抱いていたタイミングで、ヒントになる本が刊行された。
『人を見抜く、人を口説く、人を活かす』。
ノンフィクション作家・澤宮優が、「プロ野球スカウトの着眼点」をテーマに上梓した一冊だ。
本書は、一冊で三度美味しい作りになっている。
ひとつ目は、ビジネスでも生かせそうな「人材発掘&活用術の書」という側面。
“スカウト”という人材発掘のプロが生み出す様々な「採用ドラマ」が描かれていく。
その象徴的な事例がイチローだ。
なぜ、この偉大な選手が「ドラフト4位」だったのか。
多くのスカウトが、“投手・鈴木一朗”としての低い評価しかせず、“打者・鈴木一朗”を見落としていたという事例からは、原石を活かすも殺すも周囲の人間次第、という怖さが浮き彫りになってくる。
ふたつ目、“スカウト”にかけた男たちの生き様を綴った「人物ノンフィクション」としても非常に読み応えがある。
入団に難色を示す選手や家族を交渉の場に引っ張り出し、入団にまでこぎつける「情」と「理」の駆け引き。
入団したら終わり、ではなく、肉親のような眼差しで選手を見守り続ける姿。
ひとつの試合のドラマの裏で、何重もの物語があったことがわかる。
特に、選手のいい点を見て獲得する“スカウト”と、欠点を見つけて修正しようとする“コーチ”のギャップを紹介する項はもどかしくてたまらない。
「フォームがかわったやないか。あいつの、ええとこが消えよるやないか」とコーチに憤慨するあるベテランスカウトの物語は必見である。
そして3つ目が、スカウト視点から見えてくる「チームを長期的に強くするための秘訣」が詰まっている点だ。
特に、リーグ創設以降ずっと日陰で知名度も資金力もなく、人気選手が集まらなかったパ・リーグだからこそ、どうすれば人を説得できるか、そして球団を好きになってもらえるか、というノウハウが蓄積していった、という背景が見えてくる。
なぜ日本ハムはメジャー宣言をしていた大谷翔平を説得できたのか、という秘訣もここに隠されているだろうし、冒頭で述べた近年のパ・リーグ勢躍進の理由も、彼らスカウトマンたちの長年の努力の積み重ね、と見ることもできる。
福岡ダイエー(現・ソフトバンク)のスカウトはこう語る。
「他球団があまりしないことを、ウチが先駆けてやるスタンスを取らなければ、ダイエーは球界トップになりません。これが企業のあるべき姿じゃないでしょうか」
また、日本ハムのあるスカウトは次のように語る。
「うちは、逃げないというのが一つの伝統で、それがスカウトの生き様なところがありますね。昔からいい選手がいたら、果敢に行くと」
近年隆盛を極めるパの2球団の姿勢には、特に見習うべきところが大きい。
さらに考えさせられるのが、組織の人材投入においては「補強」と「補充」が必要であり、この2つは違う、という点だ。
「補強」とは、組織の将来を見据えて新人を一から育て上げて行く方法。時間、コスト、労力も莫大にかかり、結果として育たないといったリスクもあるが、成功すれば長くチームを支える“顔”が生まれ、その成長スパイラルが持続的に成功すれば、チームは常勝軍団にもなる。
「補充」とは、今まさに組織に足りない役割を埋める方法。これは早急に改善しなければならないから、トレードで他球団から選手を引っ張ったり、外国人選手を獲得する必要がある。即効性はあるものの、その場しのぎになる可能性があり、弱点の根本的解決とはならない。
組織を充実させるには、「補強」と「補充」の両輪が必要不可欠であり、その見極めをするのがスカウトの眼力になる。
これに成功したのがV9時代の巨人だ。
「ON」の後ろを打つ5番打者を弱点としていた巨人は、当初はトレードで(つまり「補充」で)他球団から5番打者を引っ張り、その間に新人選手を育て上げ(=「補強」)、自前の5番打者を確立させた。
そして、「補充」と「補強」のバランスを間違い、失敗した最たる例もやはり巨人になる。
第二次長嶋政権時、毎年のように他球団から4番打者をかき集めた。落合、清原、広澤、石井、マルティネス……しかし、彼らは皆数年でチームを去り、常勝チームにはなりえなかった。
あるスカウトはこう語る。
「補充ばかりを選択し、育成に失敗すると、そのブランクを取り戻すのに3年以上はかかる。スカウトは補充と補強のバランスをどうとるかや」
野球に限らず、昨今の企業でももてはやされるのは「即戦力」ばかり。
《原石を磨くように、新人社員を焦らず育てて行ける組織は盤石で、不況に襲われてもぶれない。遠回りだが、それが組織を強くする近道なのだ》と著者は綴る。
よく、「上司にしたい有名人」のアンケートで野球監督がランキング上位にあげられるが、真に見習うべきはスカウトの生き様であり、戦略・戦術なのではないだろうか。
この「補強」と「補充」の関係性が顕著におかしくなったのが、1993年のドラフトから導入された「逆指名制度」になる。
大学・社会人の1位&2位指名にかぎり、選手が好きな球団を選べるようになったが、逆指名選手の多くは、人気のあるセ・リーグを選択した。
選ばれなかったパ・リーグ勢は、苦肉の策として高校生の有望選手をドラフト指名していくのだが、結果としてはそれが、「補強」が疎かになったセと、「補強」に成功したパ、という図式を生み出した……そんな見方ができるのだ。
本書の著者・澤宮優は、これまでにも 『三塁ベースコーチ、攻める。』 『中継ぎ投手』 『打撃投手』など、球界の裏方にスポットを当て続けてきた作家だ。
そんな裏方の中でも、最も影の存在である“スカウト”を取り上げた本作は、今もっとも光を当てたい一冊である。
(オグマナオト)
今年の交流戦優勝はパ・リーグの福岡ソフトバンクホークス。さらに、交流戦順位上位6チーム中、5チームをパ・リーグ勢が占めた。
さかのぼってみれば、交流戦優勝チームは、去年の巨人を除けば過去9年のうち、8年がパ・リーグ勢。
交流戦だけでなく日本シリーズにおいても、ここ10年のセパの対戦成績は7勝3敗で「パ」が圧倒している。
「人気のセ、実力のパ」
セ・リーグの人気にやっかんだ時代に生まれた言葉だが、もうグウの音も出ないほど「実力のパ」を痛感させられる。
そんな疑問を抱いていたタイミングで、ヒントになる本が刊行された。
『人を見抜く、人を口説く、人を活かす』。
ノンフィクション作家・澤宮優が、「プロ野球スカウトの着眼点」をテーマに上梓した一冊だ。
本書は、一冊で三度美味しい作りになっている。
ひとつ目は、ビジネスでも生かせそうな「人材発掘&活用術の書」という側面。
“スカウト”という人材発掘のプロが生み出す様々な「採用ドラマ」が描かれていく。
その象徴的な事例がイチローだ。
なぜ、この偉大な選手が「ドラフト4位」だったのか。
多くのスカウトが、“投手・鈴木一朗”としての低い評価しかせず、“打者・鈴木一朗”を見落としていたという事例からは、原石を活かすも殺すも周囲の人間次第、という怖さが浮き彫りになってくる。
ふたつ目、“スカウト”にかけた男たちの生き様を綴った「人物ノンフィクション」としても非常に読み応えがある。
入団に難色を示す選手や家族を交渉の場に引っ張り出し、入団にまでこぎつける「情」と「理」の駆け引き。
入団したら終わり、ではなく、肉親のような眼差しで選手を見守り続ける姿。
ひとつの試合のドラマの裏で、何重もの物語があったことがわかる。
特に、選手のいい点を見て獲得する“スカウト”と、欠点を見つけて修正しようとする“コーチ”のギャップを紹介する項はもどかしくてたまらない。
「フォームがかわったやないか。あいつの、ええとこが消えよるやないか」とコーチに憤慨するあるベテランスカウトの物語は必見である。
そして3つ目が、スカウト視点から見えてくる「チームを長期的に強くするための秘訣」が詰まっている点だ。
特に、リーグ創設以降ずっと日陰で知名度も資金力もなく、人気選手が集まらなかったパ・リーグだからこそ、どうすれば人を説得できるか、そして球団を好きになってもらえるか、というノウハウが蓄積していった、という背景が見えてくる。
なぜ日本ハムはメジャー宣言をしていた大谷翔平を説得できたのか、という秘訣もここに隠されているだろうし、冒頭で述べた近年のパ・リーグ勢躍進の理由も、彼らスカウトマンたちの長年の努力の積み重ね、と見ることもできる。
福岡ダイエー(現・ソフトバンク)のスカウトはこう語る。
「他球団があまりしないことを、ウチが先駆けてやるスタンスを取らなければ、ダイエーは球界トップになりません。これが企業のあるべき姿じゃないでしょうか」
また、日本ハムのあるスカウトは次のように語る。
「うちは、逃げないというのが一つの伝統で、それがスカウトの生き様なところがありますね。昔からいい選手がいたら、果敢に行くと」
近年隆盛を極めるパの2球団の姿勢には、特に見習うべきところが大きい。
さらに考えさせられるのが、組織の人材投入においては「補強」と「補充」が必要であり、この2つは違う、という点だ。
「補強」とは、組織の将来を見据えて新人を一から育て上げて行く方法。時間、コスト、労力も莫大にかかり、結果として育たないといったリスクもあるが、成功すれば長くチームを支える“顔”が生まれ、その成長スパイラルが持続的に成功すれば、チームは常勝軍団にもなる。
「補充」とは、今まさに組織に足りない役割を埋める方法。これは早急に改善しなければならないから、トレードで他球団から選手を引っ張ったり、外国人選手を獲得する必要がある。即効性はあるものの、その場しのぎになる可能性があり、弱点の根本的解決とはならない。
組織を充実させるには、「補強」と「補充」の両輪が必要不可欠であり、その見極めをするのがスカウトの眼力になる。
これに成功したのがV9時代の巨人だ。
「ON」の後ろを打つ5番打者を弱点としていた巨人は、当初はトレードで(つまり「補充」で)他球団から5番打者を引っ張り、その間に新人選手を育て上げ(=「補強」)、自前の5番打者を確立させた。
そして、「補充」と「補強」のバランスを間違い、失敗した最たる例もやはり巨人になる。
第二次長嶋政権時、毎年のように他球団から4番打者をかき集めた。落合、清原、広澤、石井、マルティネス……しかし、彼らは皆数年でチームを去り、常勝チームにはなりえなかった。
あるスカウトはこう語る。
「補充ばかりを選択し、育成に失敗すると、そのブランクを取り戻すのに3年以上はかかる。スカウトは補充と補強のバランスをどうとるかや」
野球に限らず、昨今の企業でももてはやされるのは「即戦力」ばかり。
《原石を磨くように、新人社員を焦らず育てて行ける組織は盤石で、不況に襲われてもぶれない。遠回りだが、それが組織を強くする近道なのだ》と著者は綴る。
よく、「上司にしたい有名人」のアンケートで野球監督がランキング上位にあげられるが、真に見習うべきはスカウトの生き様であり、戦略・戦術なのではないだろうか。
この「補強」と「補充」の関係性が顕著におかしくなったのが、1993年のドラフトから導入された「逆指名制度」になる。
大学・社会人の1位&2位指名にかぎり、選手が好きな球団を選べるようになったが、逆指名選手の多くは、人気のあるセ・リーグを選択した。
選ばれなかったパ・リーグ勢は、苦肉の策として高校生の有望選手をドラフト指名していくのだが、結果としてはそれが、「補強」が疎かになったセと、「補強」に成功したパ、という図式を生み出した……そんな見方ができるのだ。
本書の著者・澤宮優は、これまでにも 『三塁ベースコーチ、攻める。』 『中継ぎ投手』 『打撃投手』など、球界の裏方にスポットを当て続けてきた作家だ。
そんな裏方の中でも、最も影の存在である“スカウト”を取り上げた本作は、今もっとも光を当てたい一冊である。
(オグマナオト)