異世界からやってきた魔王と勇者……というファンタジー設定はともかく、彼らが地道にバイトする姿が地味ながらも心に染みる『はたらく魔王さま!』。お仕事をするって、そうそう、大変なんだよね、と再確認できる作品です。

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4月です。就職の季節です。
まだ5月病には早いですが、4月半ばから5月は一番ハードな時期。
特に就職浪人には堪える。バイトをしながら、これでいいんだろうか、仕事面白くない、時給安い、ツライツライ。
そんな時期がぼくにもありました。働けど働けど。じっと手を見る。
 
そんな10代から30代男女にオススメしたいのがアニメ『はたらく魔王さま!』。
異世界からやってきた魔王とその使い、そして彼を倒すためにやってきた女勇者を描いた物語です。
ファンタジー臭溢れる作品に見えますが、舞台は笹塚。京王線に乗ってちょちょいと離れた感じの地域です。
元魔王サタンの真奥貞夫は、元腹心の部下アルシエルこと芦屋四郎と、現代日本に逃げてきます。
住むことになるのは、笹塚の六畳一間の安ボロアパート。
と言ってもそもそも人間の言葉がわからない、戸籍がない、連帯保証人がいない。ないないづくし。
ありとあらゆる手を駆使して、なんとか一歩ずつ人間の生活に潜り込み、そして貞夫はついに!マグロナルド幡ヶ谷駅前店のアルバイトになるのです!
きびしー。
ファストフード店のバイトの仕事のハードさと時給は、経験している人ならご存知のとおり。でも貴重で重要な仕事です。フライドポテト製造機から鳴り続ける「テレレ」音を常時聞きながらスマイル0円。

一方、サタンを倒すべく戦っていた勇者エミリアは遊佐恵美と名前を変え、本当は17歳だけど就職のため20歳と詐称し、杉並区永福町のアパートに住んで、ドコデモグループお客様相談センターの契約社員としてテレフォンオペレーターの仕事をしています。
テレオペも大変よなー。とにかくストレスとの戦い。「教えてください」の問い合わせでも理不尽なものもあれば、食いついてはなれないクレーマーもいる。ギリギリと歯を食いしばって耐えながら笑顔と愛想良い対応で答えて、「お問い合わせありがとうございました」の後に音声を切ったら、ちくしょうなんだ今の単なる八つ当たりクレームじゃないか!とプンスカする日々。
その分、時給はそこそこよいです。よかったです(経験談)。
貞夫達はファストフード店の稼ぎなのでとにかくお金がない。二人でこんにゃくやきゅうりで食いつないでいます。
お一人様の恵美は、一人暮らし女子生活を謳歌するくらいのお金の余裕はある様子。でも心の余裕はない様子。
この2つの対比が、あんまりにも生々しくて、泣けてきます。

物語は一応はファンタジーなので、恵美が貞夫を倒すべく殺そうとしたりしますが、その武器が100均のナイフだったりととにかくスケールが小さい。
恵美が魔王退治よりも、財布をなくして動揺するシーンなんてもう、普通の女の子でしかないです。

つまり日本人って客観的に見てがんばってるよねという作品なんです。
魔王だとか勇者だとかファンタジーな味付けはありますが、描かれるのはほとんどが現実の日本のお仕事と生活。
もうね、働いて生きていくの大変なんです。お金を稼ぐって、大変!なんだ!よ!
 
貞夫の仕事はマグロナルドでの普通のバイト店員。最初これ見ると笑っちゃうわけですよ、元魔王が「ポテトはご一緒にいかがですか」ですよ。
しかし、彼は超常能力を使えないものの極めて優秀なアルバイター。
お客様に対して極めて気の利いた対応ができる、てきぱきと店内の仕事をこなす、仲間のミスや苦労をフォローする……見ていると彼の仕事がいかにすごいことなのか、冷静に見ることができます。
彼はその真面目な仕事態度と、「いかにして店をよくするか」というプラスの姿勢を認められ、時給アップやA級クルーなど、上司に着々と評価されています。
本人は楽観的なので「正社員になってそこからこの世界を征服する!」など言っていますが、そんなのは割りとおまけ状態で、作中ではコツコツ働く彼の立派な態度と、かっこ良さが描かれます。

恵美のテレオペも描かれ方が実にいい。
電話に出たらストレスが溜まる確率が高いのはもうわかってはいるけれども、目の前のパソコンがチカチカ光ったらクリックして急いで対応しなければいけない。常にどんな時でも、優しい口調で話し続けなければいけない。
それを溜め込むと大変なので、ヘッドフォンを外したら同僚と分けあいながら、あとはすっきり忘れて美味しいものを食べに行こう、という空気も実に「らしい」。
非常に重要な仕事ですし、ストレスを発散できるタイプの人でなければできない。加えて恵美はTOEIC700点持ちなので英語対応も回されます。できる!

見終わると、ああ、なんか日本人って頑張って働いてるんだなあ、としみじみさせられる作品です。
どうしても自分の仕事は別の仕事より劣っているのか?とか、これでいいんだろうかとか、働いていると考えてしまうこともあるかもしれない。
実際、恵美も、自分が勇者として魔王を倒さないといけないのに、これでいいのかと悩みます。でも生活に追われて泣いたりヒステリックになったりもします。けれど働いている貞夫も、恵美も、生きるためにがんばっているんです。
仕事に上下はない。それぞれ各々大切な仕事で、一生懸命頑張ったら手応えもある。
それがファンタジー世界の住民の視線を通じて描かれています。
魔王だろうが勇者だろうが、「普通」が一番大変なんです。
職場は、異世界なんだもの。

等身大なお仕事を、ユニークな視点で切り取ったこの作品。
でっかいファンタジーな事件も、現実的な小さな事件も並列です。
だからこそ、見ていて元気になれます。
仕事、がんばってるよ。
明日も、がんばろう。

それにしてもトランジスタグラマな、マグロナルドのバイト女子高生ちーちゃんは反則だと思う。
背が小さくておっぱい大きい……いいよなー。
……がんばろう。


『はたらく魔王さま!』 BD1
和ヶ原 聡司 『はたらく魔王さま!』1

(たまごまご)