余談だが、フランスの税関にまつわるエピソードにはこんな話もある。かつてひじきの個人輸入をしようとした人が逮捕されたケースがあった。海藻を食べる人が少ないフランスゆえに、乾燥したひじきが怪しげな植物の葉っぱだと勘違いされ、捕まってしまったという話だ。今ではこうしたことはないが、数十年前のフランスの状況はそれくらいの感覚だった。

話を戻そう。オープン当時のフランスにはほとんど浸透していなかった和菓子だが、現在はやや高めの年齢層(ジャポニスムの洗礼を受けた世代)を中心に受け入れられている。その背景には大きく2つのブームがあると考えられ、ひとつは茶道へと繋がる“禅”ブーム、もうひとつは健康食ブーム。油脂分が少なく、「食べて美味しく、見て美味しく、健康に良い」(市原さん)和菓子が浸透していったのは、こうしたブームの中では当然の成り行きだったのかも知れない。

ただ、「とらや」も日本のスタイルを押しつけるわけではなく、一本筋の通った和菓子や和食の伝統を守りながらも、フランスの文化や土壌をうまく融和させ、フランスの人々が好む味のアレンジも施してきた。そうした柔軟さが、異国の地で受け入れられた所以だと言っても良いのだろう。

ちなみに、「虎屋菓寮」で提供している和食は、醤油や化学調味料の力に頼らず、薄味で食材の魅力を引き出そうと努めているという。出汁がとりにくいという環境から、フランスの中華料理店や和食店、ラーメン店などでは化学調味料を使っているところも多いが、そこで妥協をしないのが「とらや」のこだわりだ。

フランスで可能な限りの最上級の和菓子文化と和食文化を伝え続ける「とらや」。在仏日本人として、その奮闘をこれからも大いに期待したいところだ。