国民民主党に命運を握られ、低姿勢に…衆院選に大敗しても「石破首相の続投」が世論調査で多数を占める理由
■石破氏221票、野田氏160票、無効票84票
第2次石破茂内閣が11月11日に発足した。衆院選大敗を受けた、自民、公明両党による少数与党政権である。首相指名選挙は、30年ぶりの決選投票の結果、自民党の石破総裁が221票を獲得し、立憲民主党の野田佳彦代表の160票を上回った。キャスティングボートを握った国民民主党は決選投票でも玉木雄一郎代表に投じるなどし、無効票は84票に上った。
石破首相は、直ちに組閣に入り、衆院選で落選した2閣僚の補充人事で鈴木馨祐法相(麻生派)、江藤拓農相(無派閥)を登用し、公明党代表に就任した斉藤鉄夫国土交通相の後任に中野洋昌元経済産業政務官(公明党)を起用した。党人事では小泉進次郎前選挙対策委員長の後任に木原誠二選挙対策委員長代行(旧岸田派)を昇格させた。
今後、自民、公明の与党と国民民主の3党で個別の政策ごとに協議を進めながら、政権を運営するのだという。自民党は、国民民主党に連立政権入りを打診したがかなわず、次にさまざまな政策を包括的に協議する会議体の設置(閣外協力)を要請したが、国民民主党が個別の政策ごとに協議する方式(部分連合)を提案し、それを受け入れたためだ。
極めて「フラジャイル(脆弱)な政権」である。政治権力の重心が事実上、首相官邸から国会の与野党協議に移行するからだ。石破首相は、立憲民主党などから内閣不信任決議案が提出された時、国民民主党が同調すれば、直ちに内閣総辞職か衆院解散かという局面に立たされてしまう。この事態を回避するには、第4党(衆院28人)の国民民主党の要求を相当程度受け入れざるを得ず、この尻尾に自公政権本体がいいように振り回されかねないことを意味する。
■自公連立25年で初めての少数与党政権
与党の一角を占める公明党も、石井啓一前代表が衆院選で落選するなど公示前から8議席減らし、試練の時を迎える。新代表選出をめぐっては、8期15年務めた山口那津男元代表(72)が9月に「世代交代」をうたって退任した経緯もあり、岡本三成政調会長の昇格も取りざたされていた。だが、来年夏の東京都議選、参院選までに党勢立て直しを図るうえで、幹事長や選挙対策委員長を経験した72歳の斉藤氏に白羽の矢が立ったもので、次世代を担う人材不足は相当深刻と言える。
自公両党が連立を組んで25年経つが、初めての少数与党政権となる。これまで予算案や法案は自公両党の事前審査で了承すれば、国会で修正なしに成立したが、今後は野党との折衝を並行させながら成案をまとめざるを得ず、案件によっては自公の足並みがそろわないと、立民党や国民民主党に主導権を部分的に握られることもあり得る。岸田文雄政権では自公両党幹部間で意思疎通ができず、ギクシャクした関係になったが、今後は連携を一段と強める必要があるだろう。
国会運営では、17の常任委員長ポストは予算委員長を含めて7つを野党に割り振った。自民党は坂本哲志国会対策委員長が衆院前と同程度の委員長ポストを譲る案を示したが、立民党の笠浩史国対委員長が本会議での選挙を主張したことから、議席数に応じたドント式で配分することで合意した。自民党の正常性バイアス(危険で予期しない事態が発生しても日常の範囲内と判断し、対応しようとする人間心理)を物語るエピソードでもある。
与党にとって、衆院予算委員長を野党(立民党の安住淳前国対委員長)に割り当てると、従来のような委員長職権に基づく強引な委員会開催や議事整理、採決などはできなくなる。11月28日召集の臨時国会の補正予算案、来年の通常国会での25年度予算案審議は、石破首相にとって綱渡りどころか、閣僚らの不祥事やスキャンダルが発覚すれば、茨の道になるだろう。
■比較第1党に政権を担当する責任がある
自民党は、今回の衆院選で65議席減らしながら、191議席を得て比較第1党の座を守った。公明党と合わせても215議席で、非公認や無所属で戦った議員を会派に6人取り込んでも、過半数233議席には届かない。だが、比較第1党には政権を担当・維持する責任がある。第2党や第3党以下に連立や閣外協力、部分連合を働きかけることに、違和感はない。
過去の衆院選で自民党が過半数を獲得できず、比較第1党にもかかわらず、政権を維持できなかったのは、1993年の宮沢喜一首相しかいない。この時は非自民・非共産8党派の連立による細川護熙政権が生まれている。
立民党の野田代表は、衆院解散後の10月11日、時事通信などとのインタビューで「比較第1党を取れば、政権を取れるチャンスがある」「連立を組むのはどこなのか、閣外協力はどこがやってくれるのか、首相指名は応援してくれるのか、個別の政策協定となるのか。やってみないと分からない」と述べ、政権奪取を目指すとの見解を示していた。
その意味で、首相指名選挙で共産党が野田氏に投票したのは、いかがなものか。野田氏が勝っていたら、共産党は閣外協力するのか、部分連合なのか、どういう位置づけになるのか。野田氏に説明責任が生じるだろう。
自民党にとっては、比較第1党を維持した以上、石破首相に政権を続ける責任があるということだろう。永田町の「常識」でもある。
■「政権に居座ることは許されない」
読売新聞、朝日、産経3紙の社説は、短兵急に石破首相の退陣を求めた。読売新聞は10月29日社説で「政権に居座り、政局の混乱を長引かせることは許されない。速やかに進退を決することが憲政の常道である」と指摘したうえ、11月2日には「まず選挙で敗れた首相が責任を取って身を処し、後継の自民党総裁の下で、新たな連立の枠組みを模索するのが筋だろう」と踏み込んだ。
産経新聞は10月29日社説で「石破首相が今、日本と国民、党のためにできることは速やかに辞任することしかない」と主張したほか、11月4日には櫻井よしこ氏の「首相即時退陣こそ国益」と題したコラムを1面に掲載した。その後も産経は11月9日の社説などで石破首相の「居座り」を厳しく批判している。
朝日新聞は10月28日社説で、自公で過半数という「自ら設定した最低限の目標を達成できなかった以上、石破首相は職を辞すのが筋だ」と書き、首相責任論の口火を切ったのだが、石破首相の続投を前提に自民、公明、国民民主の3党協議が始まったことを受け、11月2日社説で「課題ごとに与野党が熟議を重ね、多数の賛同を得て政策の実現をめざしていくのであれば、望ましい動き」と認め、首相批判を和らげたように見える。
■石破首相辞任は必要ないが65.7%
世論はこうした新聞論調とはやや異なる反応を見せた。10月30日の読売新聞世論調査(28〜29日)では、衆院選の結果を受け、石破首相は辞任するべきだと思うかについて「思わない」が56%、「思う」が29%だった。石破内閣の支持率が34%で、内閣発足時の前回調査(1〜2日)の51%から急落し、不支持が支持を上回ったにもかかわらずである。
共同通信世論調査(10月28〜29日)でも、内閣支持率が32.1%、不支持率は52.2%だったが、首相が辞任すべきだは28.6%にとどまり、辞任は必要ないが65.7%に上った。石破内閣の不支持率が高いのに、首相の続投を望む声が多いという「矛盾」した結果となった。
今回の衆院選で、有権者は政治とカネの問題で、自民党にお灸を据えたが、その大幅な議席減の責任は石破首相だけにあるのではない、という判断なのだろう。
自民党は11月7日、衆院選を総括するための両院議員懇談会を党本部で3時間にわたって開き、党執行部への批判が相次ぐ中、事実上、石破首相の続投を容認した。
冒頭、首相は「選挙結果を厳粛、謙虚に受け止めなければならない。多くの同志を失い、痛恨の極みだ」と述べ、頭を下げた。続いて森山裕幹事長が「良い結果を出せず、強く責任を感じている」と陳謝した。
■「党の体制の刷新をしないと戦えない」
報道によると、その後、懇談会は非公開となり、出席者200人弱のうち50人程度が発言したという。来年夏の参院選で改選を迎える西田昌司参院議員(旧安倍派)は「与党として補正予算、予算の編成をやらなければならないが、参院選に向けて党の体制の刷新をしないと戦えない」と述べ、執行部を追及した。
敗因の検証を求める声のほか、落選者の意見を聞くべきだとの声も小林鷹之元経済安全保障相(旧二階派)らから上がった。青山繁晴参院議員(無派閥)が「首相は来年度予算の編成前に潔く辞意を表明するべきだ」と早期退陣を求めたが、同調者はいなかったという。
最も不満が集中したのは、選挙戦終盤に非公認候補の党支部に公認候補と同額の2000万円が支給された問題だった。これが明るみに出たことで大敗が決定的になったとし、柴山昌彦元文部科学相(旧安倍派)は「次の参院選に負けたら自民党に未来はない。2000万円の非公認者への振り込みについて検証をしっかり行うべきだ」と執行部に要求した。
これについては、森山氏が「政党交付金は年4回と選挙時に交付するというルールに基づいて交付した。非公認の人の選挙費用に使えるような仕組みにはなっていない。そこはしっかり説明をし切らなかった我々の反省だ」などと説明し、事態を収めたという。
首相指名選挙を4日後に控え、党内のガス抜きを図った党執行部の狙い通りだった。
総裁選の決選投票で敗れた高市早苗元経済安全保障相は、人間ドック受診を理由に懇談会を欠席したが、その日にX(旧ツイッター)に投稿し、「自民党が分裂していたら、立憲民主党を中心とする内閣が出来るだけだ」などと党内の結束を求めている。
当面は「石破降ろし」の動きは党内にうかがえず、高揚感なき低位安定の政権運営が続く。だが、内閣支持率が低迷したまま、来年夏の東京都議選、参院選を迎えるとなると、4月ごろの予算成立をメドに首相交代論が党内から噴出する可能性は小さくない。
■「野党の思いを誠実に謙虚に承る」
石破首相は特別国会召集日の11月11日、国民民主党の玉木代表、立憲民主党の野田代表と国会内で個別に会談し、「野党の思いを誠実に謙虚に承り、国民に見える形であらゆる決定をしていきたい」と述べ、少数与党政権として、両野党の主張や見解を取り入れて行くという「低」姿勢を示した。
玉木氏は、衆院選で訴えた、年収103万円を超えると所得税が課される「103万円の壁」の解消を主張し、原則一律に適用される減税措置の基礎控除などを拡大して178万円まで引き上げるよう要求した。ガソリン税を一時的に下げる「トリガー条項」の凍結解除を含む減税も改めて求めた。今後、政府・与党と国民民主党との協議に委ねられるが、石破首相にとって、この折衝である程度譲らないと、政権の維持が危うくなるのが現状だ。
その玉木氏は、知人女性と不倫関係にあるとのスキャンダルが週刊誌FLASHウェブ版で報じられ、11日の記者会見で「概ね事実だ」と認め、謝罪した。直後の両院議員総会で代表続投が決まったが、今後、自公両党などとの攻防で弱みを見せられず、安易に妥協できなくなったとの観測が出始めている。
■過半数割れに不安「感じない」55%
そこに11月13日の読売新聞世論調査(11〜12日)報道が永田町で驚きをもって迎えられた。何一つ実績を上げていないのに、短期間で、内閣支持率が43%と前回調査(10月28〜29日)の34%から9ポイント上昇し、不支持率42%を上回ったのだ。石破首相が、野党側が求める政策や政治改革に誠実に対応しようとする姿勢が評価されたとしか、説明がつかないではないか。
これを裏付けるように、与党が衆院で過半数を下回っていることについて、不安を「感じる」とした人は36%、「感じない」が55%に上った。次期衆院選後にどのような政権を望むかは「自民党中心の政権の継続」が44%だったのに対し、「野党中心の政権に交代」の37%だった。
国民民主党が与党に対して部分連合を選択したことに「賛成」が66%で、「反対」は21%だった。国民民主党が求める「103万円の壁」の引き上げについて「賛成」が78%で、「反対」は13%だった。ガソリン税を一時的に下げる「トリガー条項」の凍結解除については「賛成」81%、「反対」10%だった。
■「103万円の壁」解消には7.6兆円必要
11月12日に始まった自民、公明、国民民主党3党による経済対策などをめぐる政策協議は、バラマキに堕した決着が避けられない。
国民民主党の「103万円の壁」解消案を与党がそのまま受け入れると、7.6兆円の代替財源が必要になる。「トリガー条項」の凍結解除は、国と地方の税収を1.5兆円減らすと見積もられている。減収分を国債発行で賄えば、次世代にツケを回すだけになる。
玉木氏は、財源の議論になると、「減税によって消費意欲が高まり、税収も増える」と説く。どうやら、財源対策は与党任せで、その責任を共有するつもりはないらしい。
本来、経済対策や税制改正の問題は、制度や政策、財政など全体を見渡して議論すべきものだろう。
年末までには、防衛力強化の財源となる所得税などの増税を開始する時期を決定し、少子化対策の財源確保に向けた社会保障の歳出改革なども議論を始めなくてはならない。
石破首相も、自身の延命のために、国民民主党の要求を一方的に受け入れるようなことをすれば、世論の支持を失うことになるだろう。読売新聞世論調査では、首相が今後、指導力を発揮できると思うかについては「思わない」が56%、「思う」は31%だった。
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小田 尚(おだ・たかし)
政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018〜2023年国家公安委員会委員。
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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)