目隠しが設置されていた「ローソン河口湖駅前店」(7月1日撮影)

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浅草で「サンドウィッチ」をほおばる訪日客

 山梨県富士河口湖町のローソンに「目隠し幕」が設置されたのは今年5月のこと。富士山目当ての訪日客の撮影スポットになったことで、私有地への侵入などのトラブルが続出し、地元自治体が取った策だった。日本のインバウンド需要増を象徴するような出来事だが、およそ半年が経った現在はどうなっているのだろうか。消費経済アナリストの渡辺広明氏が現地を訪れると――。

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【写真】ウェディングフォトを撮るカップルも…幕が撤去された現在の様子 ほか

 観光庁の発表によると、訪日外国人消費額は今年1月〜9月で5兆8,582億円となり、昨年の通年規模を上回ったという。今年は年間8兆円を達成しそうな勢いだ。

目隠しが設置されていた「ローソン河口湖駅前店」(7月1日撮影)

 コロナ前であれば、日本におけるインバウンド消費は中国や台湾からの旅行者を中心とする“爆買い”が支えていた。しかし、現在は大きく異なる様相を呈していると、私は感じている。

 たとえば10月初旬、朝の浅草を訪れると、ファミリーマートの店先にアジアや欧米からと思しき観光客が数組いるのを目撃した。みな朝食にサンドウィッチを路上で食べているのだ。

 彼らが日本のサンドウィッチを好むのには理由がある。2019年に日本でラグビーワールドカップが開催された際、外国人記者が「今大会の優勝チームを選ぶより、コンビニ各社のタマゴサンドはどこが美味しいのかを選ぶほうが難しい」という趣旨のSNS投稿を行い、拡散された。これに、他の記者たちも「ファミマだ」「ローソンだ」「セブンだ」と反応したことで「日本のコンビニのタマゴサンド」はインバウンド観光客に認知されて広まったのである。

 今年のお花見の時期には、三色団子が「映える」と、インスタの海外アカウントで拡散され人気になった。日本では当たり前となっている商品の良さを外国人が“発掘”し、それを訪日観光客が体験するという、爆買いとは違った新しいインバウンド消費のスタイルに進化しているのである。

 こうした商品が今後も際限なく発掘されていきそうな気もするし、逆に外国人が発掘したものを日本人が“再発見”して消費するという、逆転現象も起きるかもしれない。

 行先にも変化が見られる。これまで東京・大阪・京都・福岡・札幌など大都市圏が中心だったインバウンド観光は、地方にも広がりつつある。ニューヨーク・タイムズが発表した「2023年に行くべき52カ所」の1つに、岩手県盛岡市が選ばれたのは象徴的だ(歴史を感じられる建築物などを歩いて回れるというのがその理由だった)。

“富士山コンビニ”は今

“富士山コンビニ”をめぐるトラブルも、こうした変化の影響かもしれない。富士山そのものは以前からの観光スポットだったにせよ、訪日客が周辺地域へ足を伸ばすフットワークの軽さも、こんな流れの影響はあるはずだ。

 現地の現状はどうなっているのだろうか。10月末の午後、まず訪れたのは「ローソン河口湖畔店」である。“映えスポット”とされたローソンからは900メートルほど離れた店舗だが、店内の客のほとんどが外国人観光客で、驚いた。平日に訪問したため、日本人のビジネスパーソンが仕事中ということもあるが、それにしても、である。

 街ゆく観光客に目を向けても、6割以上が、欧米人など非アジア系のようだった。中国の大型連休である国慶節明けというタイミングもあるにせよ、アジア中心だった訪日層が徐々に多様化しているのが実感できる。事実、今年9月のアメリカからの訪日客は19万1,900人。コロナ前の2019年同月は12万7,190人であり、伸び率は50.9%と急増していることがわかる。

 次に「ローソン河口湖駅前店」へ向かった。店舗越しに富士山を撮影できるスポットとして話題になるも、客の道路への飛び出しやポイ捨てなどの問題が多発し、対面道路に黒い目隠し幕が張られる事態となった店である。ちなみに、8月に台風の接近にともない幕は撤去され、以降、再度の設置はされないままでいる。

 敷地内の駐車場や路上には、4ヵ国語の注意喚起の看板が設置されていた。筆者が訪問した日は、雲で富士山が見えなかったこともあり、多くの外国人観光客がいたものの、混乱はまったく起きていなかった。大きなトラブルのない状況が続けば、目隠し黒幕を再度設置する必要はないように感じたが……。

 ローソン河口湖駅前店でトラブルが起こりづらくなっている理由は、1キロほど西に行ったところにある「ローソン富士河口湖町役場前店」に、お客が分散されているのも関係があるのかもしれない。幕が貼られた当初、その代わりとして人が集まるようになった店舗である。

 こちらの店は駐車場も広く、観光バスが次々と乗り付けていた。興味深かったのは、この店では富士山を背景に写真を撮った観光客が、お店で買い物をするという循環が起きていたことだ。

観光ニーズに応えるラインナップ

 店内で買い物をしている訪日観光客のカゴを覗いてみると、ホテルに帰ってから食べると思われるおつまみ、お土産用らしきカップ麺やお菓子などが一杯に詰まっていた。客単価は、通常の2倍以上はゆうにありそうだ。サンドウィッチやスイーツ売り場でも楽しそうに商品を物色している姿があり、日本のコンビニのポテンシャルの高さを実感した瞬間だった。

 店側も、そのニーズに応えるべく、商品ラインナップが考えられていた。富士山グッズやお土産用のお菓子を、三つの棚にわたって大々的に展開。外国人観光客の必需品である水のペットボトルは、常温の箱積みで大量に陳列されていた。

 ローソン以外の河口湖周辺のコンビニを見てみても、ユニークな商品展開が光る。ファミマでは、通常の店では取り扱いのない外国のタバコや紙巻タバコキットなどが、ゴンドラ棚1本を使って売っていた。店員にヒアリングすると、やはり外国人観光客が買っていくとのこと。

 先のローソンの駐車場では、アジア系カップルが富士山とローソンを背にウェディングフォトを撮っていたし、近隣のほうとうの有名店「小作」では、多くの外国人観光客がほうとうの鍋をつついていた。ほうとうを食べたことのない若い日本人も少なくないであろうことを思うと、インバウンド対応の奥深さを感じさせる光景だ。日本には、まだまだ我々が気づいていないニーズがあることが予想される。

日本のポテンシャルはまだまだ

 河口湖周辺の活性化を目の当たりにすると、インバウンドが地方へさらに広がっていくことは止められない流れであると感じた。

 実際、141ヵ国に約8,900軒を展開する世界最大のホテルチェーン「マリオットインターナショナル」は、数年前から日本の地方観光に目をつけている。すでに道の駅で29以上の宿泊施設を運営しており、来年までには26都道府県・3,000室を展開する計画だ。

 日本の地方のビジネスチャンスを外国資本に取られてしまっているのは惜しいが、まだまだ参入する余地は残っているはずだ。国内や地方の企業は、地元力を結集して頑張ってほしい。

 今年から来年にかけては、円安傾向が継続されるだろうし、長いスパンで見ても、テクノロジーの発展が、地方への訪日外国人数を押し上げることだろう。自動運転が進化すれば、訪日客が車で日本全国を移動して、長期バカンスを楽しむことが予想できる。日本全国、津々浦々で外国人観光客を見かけるのが当たり前になりそうだ。

 これまで最大の訪日外国人だった中国人観光客は、ビザが免除されていない事もあり、 今年9月度で81万9,054人と、コロナ前の約8割にとどまっている。まだまだ伸び代があると考える。

 一方で、オーバーツーリズムの問題など解決すべき事も多い。富士山コンビニの件でも、迷惑を被っている地元民への配慮は求められるし、ローソンも5月と6月に「現状について」と題するリリースで、上記店舗の問題への対応を表明してもいる。

 同時に、少子高齢化で人口減が避けられない日本においては、インバウンドが大きな経済効果をもたらす“成長ドライバー”になる事は間違いない。今後、行政と民間が連動して創意工夫を重ねることで、年間7,000万人の訪日客を狙ってほしい。多様な食、安全で便利な治安と交通事情、城や寺院などの独自の観光施設、アニメなどの文化――。フランスの1億人、スペインの8,500万人に次ぐ、世界第3位に入る位のポテンシャルを、日本は秘めているはずだ。

渡辺広明(わたなべ・ひろあき)
消費経済アナリスト、流通アナリスト、コンビニジャーナリスト。1967年静岡県浜松市生まれ。株式会社ローソンに22年間勤務し、店長、スーパーバイザー、バイヤーなどを経験。現在は商品開発・営業・マーケティング・顧問・コンサル業務などの活動の傍ら、全国で講演活動を行っている(依頼はやらまいかマーケティングまで)。フジテレビ「FNN Live News α」レギュラーコメンテーター、TOKYO FM「馬渕・渡辺の#ビジトピ」パーソナリティ。近著『ニッポン経済の問題を消費者目線で考えてみた』(フォレスト出版)。

デイリー新潮編集部