結局すべては「授業」で決まる…保護者と良い関係を築くため中学教師に欠かせない「最も基礎的な力」とは
挨拶、言葉遣い、レスポンスの早さなど、いい人間関係をつくるために「気をつけたほうがいい」とされていることはたくさんある。現場で教師が保護者と接するときにも、マナーや気配りは大切だが、それだけで良い関係をつくるのは難しい。もうひとつ、絶対に欠かせない、ある「力」が必要だ。その力とは何なのか、セミナーを通じて延べ1万人以上に助言をしてきた著者・長谷川博之氏が解説する。
前編記事〈生徒の半数が「落ちこぼれ」…どん底で27歳の中学教師が始めた「夜の学習会」が教育現場を変えた〉より続く。
保護者との関係づくりは「見る価値のある授業」をするところから
私はいろいろなところでくり返し「授業力」の大切さを語ってきたが、実は保護者対応においても教師本来の仕事である「授業」が重要だ。十分な授業力をつけ、授業参観の機会を上手に活用すれば、保護者との関係は一気に築きやすくなる。
現に私が担任する学級で保護者会を開くと、参加率は必ず9割を超える。なぜかというと、意図的に「来ていただく工夫」をしているからそうなるのだ。
保護者会を単独開催しても、参加率は上がりにくい。参加を促すならば、まず何よりも生徒の活動を組み込むのが大事だ。我が子の活躍を見るためならば、多くの保護者が集う。
ここで大切なのが、「見る価値のある授業」である。ぜひとも、子ども全員が熱中して活躍できる授業を公開しなければならない。だから授業力が大事なのだ。
〈我が子と担任の人間関係を見たい。いい関係ができているのを確かめて安心したい〉
──そう思っている保護者に安心してもらうには、授業に生徒が熱中して取り組んでいるところを披露するのがいちばんだ。
「授業参観だからといって、特別なことをする必要はない。いつもどおりに授業すればいい」そんな意見の人もいるに違いない。常日頃から「生徒全員」を活躍させる授業をしている教員ならば、「いつもどおり」でもいい。
だが、やはり授業参観は「特別な日」なのだ。生徒からの不信を買わない程度に、子どもたち全員が活躍できるいろいろな活動を、授業のなかに準備しておきたい。そのような、保護者にとって「見る価値のある授業」をしたあとで、保護者会に入るのが望ましい。
保護者会でも、教師が気をつけるべきことがある。それは「聞く価値のある話」をすることだ。聞く価値のある話とは、たとえば生徒一人一人が教室のなかで見せた活躍のことである。できる限り活き活きと描写して話してはどうだろう。
自分たちの子どものことであれば保護者は耳を傾ける。それがいいニュースであれば嬉しいし、教師がどれだけしっかり生徒を見ているか、どれほど熱意をもって指導しているかも伝わる。
ことさら生徒指導上の課題だけを指摘したり、あるいは問題の責任を保護者に転嫁するような話、一方通行で変化のない退屈な話をしたりしても、保護者は気分を害するだけで聴く耳を持ってはくれない。
保護者の多くは共働きだ。わざわざ仕事を休んで学校に来てくださる方が多い。「PTA役員」や「学年委員」を決めるだけの会に、誰が仕事を休んで参加したいと思うだろう。そういう人は、いてもせいぜい2割である。
たとえパートであっても、半日休めば家計にとっては数千円のマイナスだ。そのような「コスト意識」を教師が持っていれば、つまらない授業・下らない話などできなくなる。
また、学期最初の保護者会では教師自身が自分の言葉で、自分の考えと教育方針を己の言葉で伝えるようにするといい。
つまり「所信表明」をするわけだ。所信表明がないと、保護者の「担任像」は我が子や別の保護者との内輪話によってのみつくられていくことになる。これは恐ろしいことだ。誤解や曲解で印象がつくられたら、それを修正することはまずできない。
所信表明は保護者会でしかできないことである。三者面談や家庭訪問など教師と保護者が対面する機会はいくらでもあるが、いずれも所信を伝えるのにふさわしい場とは言い難い。その意味でも、保護者会──とくに学期最初の──は大切にすべきなのである。
「見る価値のある授業」と「聞く価値のある話」、この2つさえ提供できれば、授業参観も保護者会も参加してくれる保護者が増えるのは間違いない。
学級通信に意図的に設けた「しかけ」とその効果
だが、コミュニケーションの機会が授業参観だけ・保護者会だけでは、保護者との接点は増えても、良い関係を築くには至らない。そこで私は「日記」「学級通信」「学年通信」も活用している。
私は多い年で700号余りの学級通信を発行してきた。担任をもたない学年主任を務めていたときも、100から200程度の学年通信を綴っている。
学級通信には学級生活の描写や授業の記録のほか、子どもたちの日記からの抜粋をたくさん掲載するが、それらは「学校生活の様子」や「生徒が考えていること」など、親がなかなか聞けないことが直に表現された貴重な一次情報にほかならない。興味を示さない保護者はいないはずだ。
ときには日記や学級通信に触発された保護者から、手紙が届くこともある。私は許可を得てそういった手紙も後日発行される通信のなかで引用する。手紙には、保護者だけでなく子どもも興味を示す。子どもから反応が返ってきたら、またそれを通信に載せ、保護者の目を惹きそうな記事を増やす。
こんなふうにして、普段から生徒・保護者が〈読みたい!〉と心待ちにするような学級通信をつくりあげていく。加えて、親子間でのコミュニケーションにつながりそうな「しかけ」を、通信のなかに組み込むこともある。
たとえばある年の学年通信では、親子でともに考えるこんな「課題」を出したこともある。
■■■以下、通信より引用■■■
次の人は誰でしょう。
6歳で父を失い、3人の兄弟の世話をしながら、働きづめの母を助けるために家庭料理を手がけるようになる。12歳の時、母の再婚をきっかけに家を出てからは、機関車の助手や保険の外交、蒸気船、フェリーのサービスステーションなどの様々な職業を転々としながら30代後半でガソリンスタンドを経営するが、干ばつや大恐慌で倒産。60歳でレストラン事業を始めるが、失敗して多額の借金を抱え込み、社会保険で生計を立てる。62歳で、背水の陣の思いで更に借金に借金を重ね、手元に残ったわずかな資金で再度レストラン事業を模索……。
■■■引用おわり■■■
翌日、「お父さんが知っていました!」「お母さんと一緒に考えました」と報告に来てくれた生徒がいた。ここではあえて正解は明かさない。興味のある読者は自分で答えを調べてみていただきたい。
別の日の通信に載せた、次のような課題も好評だった。一部を抜粋する。
■■■以下、通信より引用■■■
……当時「味の素」社が主力商品である「味の素」の売り上げアップを狙い、全社員に売り上げ倍増計画のアイディアを提出させました。さて、あなたならこのときどんなアイディアを出しますか。
■■■引用おわり■■■
社会で働いた経験のない中学生には難しい課題だ。そこで、
●さらに多くの消費者の手に届くように取り扱い店の数を倍にする
●大手外食産業と組んで、取扱量を増やす
●「ヘルシー版味の素」や「味付け薄め味の素」などを開発し商品のバリエーションを増やす
などの解答例を挙げ、「他人が思いつかないようなアイデアを!」と紙上で呼びかけたところ、翌朝「家に帰ってから親と考えました」という生徒が13名、答えを披露しにきてくれた。
こんなふうに読む価値のある内容を盛り込み、いろいろな工夫を凝らせば、やがて保護者の多くが学級通信を熱心の読むようになる。私は保護者会で「通信が家族の会話のもとになっています。毎日楽しみです」などと声をかけられたことが何度もあるがそれがいい証拠だ。
学級通信を介した、保護者とのこんなコミュニケーションを私は大切にしている。教師の側から発信を続けてつくりあげた、このような関係性は、普段は目に見えなくとも、学校で重大な問題が起こったときに活きてくる。
ある年に勤務していた学校では、こんなことがあった。にわか雨の日、学校にあった傘が30本、なくなったのである。濡れるのを嫌った生徒たちが勝手に持ち出したのは間違いない。立派な「窃盗」だ。指導なしで放っておけば、この学校から30名もの泥棒を出すことになる。
私はすぐにこの事案をありのまま学級通信に書き、生徒たちに猛省をうながすと同時に保護者に謝罪した。「二度とこういうことが起こらない学校にします」という決意表明とともに、再発防止策も提示した。
どのような反応が返ってきたか。保護者からの苦情はまったくなかった。むしろ理解を示し激励の言葉を寄せてくださった方すらいた。そしてその後1年のあいだに、雨の日に傘が盗まれる事件はまったく起こらないようになった。
重大事案が持ち上がったとき、その瞬間から保護者と関係をつくろうとしても、なかなかこうはならない。毎日発行する学級通信で保護者とつながりながら、授業参観や保護者会、面談などで信頼関係を築き続けてきたからこそ、非常時でも応援してもらえるのである。
▶同著者のこれまでの記事を読む。