『若き見知らぬ者たち』©2024 The Young Strangers Film Partners

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 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介するコーナーですが、今回は先週末の3連休に間に合わせることができず……。すでに公開されておりますが、クライマックスシリーズ石井が10月11日に公開された作品『若き見知らぬ者たち』をプッシュします。

参考:磯村勇斗主演『若き見知らぬ者たち』インターナショナルビジュアル公開 メイキング映像も

●『若き見知らぬ者たち』

 2020年に公開された映画『佐々木、イン、マイマイン』は、内山拓也という日本映画界に誕生した新たな才能に惚れ込んだ一作でした。数年経った今でも、自分の心の中にいる佐々木(細川岳)に励まされる瞬間があります。

 そんな内山監督の商業長編デビュー作となるのが『若き見知らぬ者たち』。フランス・韓国・香港・日本の共同制作に加えて、海外での配給も公開前から決定しており、文字通り世界に向けて発信される一作です。『佐々木、イン、マイマイン』が放っていた「俺はこれを描きたいんだ!」という内山監督の思いはそのままに、あるいはそれ以上に、本作も冒頭から最後まで魂の叫びが込められています。

 本作の主人公は、亡くなった父(豊原功補)の借金を返済するために、昼は工事現場、夜はカラオケバーで働き、さらに難病を患う母・麻美(霧島れいか)の介護まで行っている風間彩人(磯村勇斗)。彼に訪れる結末を含めて、世の中の理不尽をすべて背負ったような人物です。

 率直に言って、もう観ていて辛い……。総合格闘技の選手として奮闘する弟・壮平(福山翔大)や、恋人・日向(岸井ゆきの)、高校時代からの親友・大和(染谷将太)など、彩人を支えてくれる存在はいて、決して孤独というわけではありません。彩人にどんなに理不尽な不幸が訪れても、どうにか日々を生きているのは、彼らの存在があるからだと分かります。だからこそ、この現実から逃げられない彩人の苦しさがより際立ちます。

 彩人は高校時代はサッカー部のキャプテン。将来を期待されていたプレイヤーだったようで、大和がずっと信頼していることからも、周囲の気持ちを推し量る能力に長けたキャプテンだったことが伝わります。実際に見知らぬ顔をして通り過ぎればよかったのに、警察から理不尽な要求をされている若者を放っておくことができない。結果、それがさらなる悲劇につながっていく。

 「支えてくれる人がいるならもっと頼ればいいじゃん」「行政の力を借りればいいじゃん」と傍から見れば思うかもしれません。実際、その通りではあり、彩人が一度は試みたものの何らかの理由で断られた、恋人の日向が助けようとしたがうまくいかなかったなど、その過程を描く必要もあったようにも感じます。でも、本当に追い込まれた状況に陥ったことがある人は、理不尽な現実を受け入れることしかできないあの感じ、納得できるものがあるのではないでしょうか。助けを求めなくてはいけないときほど、「助けて」の一言が言えなくなってしまう。ただ、それによって、社会からは「見知らぬ者」にされてしまう。

 警察のおぞましい醜悪さも含めて、本作を観て「さすがにこんな社会はありえない」と言いたくなる方は多いと思います。確かに、本作が“リアリティ”をもった映画だとは思いません。ただ、ここまでの理不尽と不幸を描いたのは、内山監督が現実にも「若き見知らぬ者」がいることを絶対に伝えるんだという強い思いがゆえだと感じました。

 中盤の展開まで絶望が続く本作ですが、最終幕の壮平のタイトルマッチシーンはまったく別の映画と言っていいほどの仕上がりになっています。とにかく、福山翔大さんのアクション(というか本当の試合)がすごすぎるの一言。このシーンもすごかったですが、個人的な本作の白眉は大和役の染谷将太さんによるカラオケシーン。『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)福ちゃんとしての「イケナイ太陽」も最高でしたが、本作でのカラオケシーンも圧巻です。福ちゃんの明るさとは真逆で、顔も映らずカメラが捉えるのは背中のみ。でも、その背中から友への思いと社会への怒りがにじみ出ており、私はこのシーンで涙しました。何を歌っているかは映画館で観て確かめてください。

 また、ここまで言及していなかったですが、彩人役の磯村勇斗さんの素晴らしさも言わずもがなです。まったく楽しい映画ではありませんが、何かと辛い2024年が終わる前に劇場での鑑賞をオススメします。

(文=石井達也)