体臭が急に強くなり、それを理由に敬遠されるようになった社員の「衝撃行動」のその後

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労務相談やハラスメント対応を主力業務として扱っている社労士である私が労務顧問として社労士として企業の皆様から受ける相談は多岐にわたります。

経済や社会情勢の変化によって労働問題やハラスメントの捉え方も変わり、「明らかにアウト」「明らかにセーフ」といった線が引きにくい時代になりました。

社労士としてグレーゾーンの問題を取り扱ってきた経験では、こうした問題に対処するには労働法だけではなく、マネジメントや人事制度など幅広い知識が必要になります。

前編の<「体臭が急に強くなり、それを理由に敬遠されるようになった社員」の悲壮>でお伝えしたとおり、小売店で働く男性社員の体臭に突然強くなり、それによって同僚から距離を取られるようになったIさんの事例をもとに、デリケートな問題をどう扱うか、その際に気を付けるべきポイントなどを紹介します。

私と目も合わせてくれない」

Iさんが私にメールを送ってきたのは、8月のお盆休みの前ごろでした。メールには、自分が職場で孤立していること、この状態はいわゆる職場いじめ、パワハラに当たるのではないかと思っていること、どうしたら改善できるか相談したいという内容が綴られていました。行政の無料相談を提案いたしましたが、有料でも解決できる方法をとご相談を希望されたため、直接オンラインで面談しました。

「自分では分からないんです。風呂にも毎日入っていますし、清潔な服も着ていると思います。でも、最近ではスタッフは私と目も合わせてくれないし、話しかけてくれることも減りました」

Iさんは目を伏せてそう語りました。私は障害年金を扱っている経験から、疾病が原因でアンモニア臭がすることがあることを知っていましたが、Iさんの健康診断の数値は正常の範囲内だったそうです。

高ストレスでもアンモニア臭が出てしまうというネット記事も二人で読み、思い当たる節があるかどうかを聞きました。Iさんははっとしたような顔で、「これかもしれません」とつぶやかれました。

Iさんは退職を希望していたわけではなく、元のように周囲に接してほしいという希望だったので、私から店長のHさん宛に3人での面談をお願いする手紙を出しました。店長のHさんも応じる意向を示してくださり、3人だけで会うことになりました。

Hさんからは、6月末ごろからIさんの体臭について社員の間では噂になっていたこと、しかしそれをどう伝えたらいいかわからず放置してしまっていたということの共有がありました。

Hさんは深く反省しており、同時にIさんのことを皆が嫌いになったというわけではなく、だからこそ直接伝えることが憚られたのだと話してくれました。HさんもIさんがなんらかの病気になったのではと心配していたことを伝えると、Iさんの顔のこわばりも徐々に溶けていったのです。

ストレスの本当の原因

私のような第三者を交えたからこそ、冷静に話し合いが出来たのかもしれません。Iさんは最終的に、Hさんの勧めをうけて病院を一度受診することを決めました。

病院の受診料は店舗が負担する代わりに、診断書を取得して店舗に提出してほしいということも合意しました。Hさんはそれを受けて、Iさんが職場で肩身が狭くならないよう配慮することを約束しました。

その後、Iさんは約束通り産業医のクリニックを受診。健康診断では肝機能の低下が指摘され、問診ではストレスが原因なのではないかという所見があったそうです。ストレスの原因について本人には思い当たる節がありました。

実は、Iさんは6月に恋人だと思っていた女性に詐欺同然に振られており、その際に結婚費用として貯めていた貯金のほとんどを持ち逃げされていたのです。もちろん警察には相談に行っていましたが、合意の上での金品の授受は事件として扱うのはが難しいと言われたとのこと。

50代になって一文無しになってしまったという心もとなさ、そして結婚まで考えていた女性に騙されたという辛さがストレスになっていたのでした。ーーこれが、Iさんの体臭が急に強くなった原因であり、また、そういう状況で職場でも女性に避けられるようになってしまったことでストレスがさらに強くなっていたのです。

Iさんは医師の勧めもあり、肝臓の治療を進めるのと並行してメンタルクリニックにも通うようになりました。勤務については店長のHさんと同じシフトで入る日を増やし、周囲から声掛けをしやすくなるように配慮してもらいました。

Iさんは半年ほどで体臭もなくなり、元の寡黙だけれども頼りにされる社員という評価に戻っていったのです。

本人の自覚がなければ踏み込めない

匂いの問題は非常にデリケートな扱いを要します。その問題そのものが本人の尊厳にかかわる場合もあるからです。

スメルハラスメント(スメハラ)とは、職場や公共の場などで他人の不快な体臭や香りによって迷惑をかける行為を指します。法律用語ではありませんが、メディア等で紹介されたことにより、民間会社の調査では2018年時点で約7割の人がその言葉を認知しています(参照:スメルハラスメントに関する調査|リサーチプラス)。

しかし、パワハラやセクハラと異なり法的な根拠がないために、企業も問題だと認知していてもなかなか実効的な措置が取りにくいのが現実です。

スメハラとして問題視されるのは口臭や体臭が代表的です。これらは必ずしも本人の努力だけで制御できるものではなく、場合によっては病気やストレスなどが原因となっていることもあります。

その場合は本人が全く認識していない可能性もあるため、どこまで踏み込んで本人に伝えてもいいのかどうかということは企業も悩ましいところです。また、整髪料や柔軟剤の香料や、たばこの匂い、食べ物・飲み物も不快感に繋がることがあります。

職場において、こうした匂いに鈍感な場合は、同僚間や上司との関係に悪影響を与えることがあり、さらに顧客や取引先にも不快な印象を与える可能性があります。

Iさんのケースのように顧客から指摘を受ける場合もあり、接客業や小売業では全社的に匂いに関する研修やマナーを周知している場合もあります。ただし、本人が自覚していないと対応のしようがなく、状況の改善が見られないことも多いのです。さりとて特定の個人に対して注意喚起をしても、関係性や伝え方によってはパワハラと受け取られかねません。

Iさんの例では匂いが原因で職場で孤立したことについてパワハラだと受け取っており、直接的に対応しないこともまた、ハラスメントの引き金になる可能性があるのです。企業において匂いの問題はまだまだ経験や判例を積み重ねなければ正解は得られない状況にあると言えます。

こうした状況下で、Iさんは自らその状態を改善したいと望み、社労士という外部の人間を巻き込むことで店長であるHさんとの建設的な対話の場を作ることができました。また、HさんもIさんの意向を尊重し、Iさんを守るための配慮を重ねました。

Iさんが抱えていた事情は、実はしばらくたってから語られたものです。Hさんが誠実にIさんへ向き合ったからこそ、Iさんは辛い経験を打ち明けたのです。

このように、Iさんの体臭問題は単なる清潔感の欠如ではなく、深刻な精神的ストレスが原因でした。労働者が抱える見えないストレスや健康問題が、業務上のトラブルや職場の人間関係にどのような影響を与えるかを改めて認識させられたケースです。

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