キシーバ内閣

10月1日午後、石破茂第102代内閣総理大臣が誕生した。筆者は、石破首相が率いる政権を「田中曽根(タナカソネ)内閣」(田中角栄元総理が影響力を強く保持した中曽根内閣のこと)ならぬ「岸石破(キシーバ)内閣」と名付けたい。

理由を説明する前に、言っておくべきことがある。自民党総裁選の決選投票で勝利した石破氏が獲得した国会議員票は189票、敗れた高市早苗前経済安全保障相が173票でその差はわずか16票だったことから、石破氏の党内支持基盤は脆弱であり、この先の政権運営を不安視する永田町関係者が少なくない。

では、「棚ぼた勝利」した石破首相(党総裁)を頭とする政権は本当に弱体政権なのか。

答は否である。それは石破人事が証明している。

先ず首相官邸人事。官邸事務方トップの内閣官房副長官(事務)の佐藤文俊元総務事務次官(1979年旧自治省)以下、首相秘書官(政務)2人:槌道明宏元防衛審議官(85年旧防衛庁)、吉村麻央石破氏政策担当秘書、首相秘書官(事務)6人:貝原健太郎前北米局参事官(96年外務省)、井上博雄前資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部長(94年旧通産省)、中島朗洋前主計局次長(93年旧大蔵省)、熊木正人前官房総合政策担当審議官(93年旧厚生省)、土屋暁胤前官房審議官(95年警察庁)、吉野幸治前防衛政策局次長(95年旧防衛庁)。

当初、党副総裁に就いた菅義偉元首相の意向が官邸人事に反映すると見る向きが多かった。だが、際立つのは石破氏本人が下した人事だ。

官邸に「菅印」は皆無

佐藤官房副長官(事務)は石破氏の名指しであり、槌道首相政務秘書官は石破防衛庁長官秘書官を務めた。毎週金曜日の各省庁事務次官会議は官房副長官(事務)が主催する。首相日程は政務秘書官が所管・管理する。

もちろん、首相最側近の内閣官房副長官(政務)の橘慶一郎前国対副委員長(衆院当選5回)と青木一彦前参院筆頭副幹事長(参院3期)は石破選対のコアメンバーだった。橘氏は小泉進次郎元環境相(現選対委員長)とは当選同期であるが石破氏の推薦人となった。

一方、旧茂木派を離脱した青木氏は同じく推薦人になっただけでなく小渕優子前選対委員長(現組織運動本部長)を石破氏支持にリクルートした。こちらは論功行賞だ。ハッキリしているのは、菅印が予想に反して皆無ということである。

そして次は閣僚と自民党執行部人事。総務会長を打診されて固辞した高市氏だが、小林鷹之元経済安全保障相が広報本部長を固辞したケースと異なり、こちらは断られることは織り込み済みだった。石破氏が最初に行った人事の森山裕幹事長が麻生太郎前副総裁に最高顧問就任を打診する一方で、麻生氏義弟の鈴木俊一前財務相を総務会長に起用する準備していたことからもそれは窺える。

高市サイドは石破政権が来夏の参院選に敗北して、総裁選に再挑戦するシナリオを期待するが、その前の衆院選(10月15日公示・27日投開票)で高市陣営の相当数が議席を失うことを想定していない。すなわち、国民が忘れない旧安倍派(清和会)の裏金不記載議員のことである。

7年8ヵ月の安倍長期政権時代に舌鋒鋭く安倍晋三元首相を批判した村上誠一郎元行革相がよりによって総務相として入閣した。高市氏の仇敵でもある。さらに経済安全保障相に就いた旧森山派の城内実元外務副大臣は元を正せば安倍派のプリンスとされた。その城内氏が高市氏構築のサイバーセキュリティの牙城を継いだのである。皮肉としか言いようがない。

旧岸田派が要職に

石破・岸田・菅連合に敗れた高市・麻生・茂木連合であるが、麻生派は武藤容治経済産業相(衆院5回)、浅尾慶一郎環境相(参院3期・衆院3回)と元麻生派の阿部俊子文部科学相(6回)が入閣、党執行部では麻生氏が最高顧問、鈴木氏が総務会長である。茂木敏充前幹事長系及び高市氏周辺はゼロだ(加藤勝信財務相は茂木派扱いしない)。この格差は説明が付きにくい。

他方、菅印は直系の坂井学国家公安委員長(5回)、三原じゅん子こども政策相(参院3期)と、党4役では麻生氏の後任となった菅副総裁が後見人を務める小泉進次郎選対委員長のみ。

そして最後に登場するのが、岸田文雄前首相。内閣の要である官房長官の林芳正氏が続投し、小里泰弘農水相は旧宏池会出身で岸田首相補佐官を務めた。党執行部の小野寺五典政調会長、平井卓也広報本部長も旧岸田派である。

岸田氏は今、外交・安全保障政策はもとより経済・財政政策についても石破氏が助言・支援を求めて来ると確信している。政権発足前日(9月30日)の東京株式市場の日経平均株価は一時、石破氏の政策を警戒して前週末終値に比べて1900円超下落した。

こうした状況で、首相就任初の記者会見では岸田経済路線の継承を高々と宣言することを余儀なくされた。官邸入りの宴どころではなくなったが、まずは堅実な人事を行ったとは言える。

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