●地上波は2時間ドラマレギュラー枠が消滅

YouTubeで公開されている『友近サスペンス劇場 外湯巡りミステリー・道後ストリップ嬢連続殺人』がネット上で話題を集めている。

この動画は、主に昭和時代の映像を再現したYouTubeチャンネル『フィルムエストTV』で、9月13日に公開されたサスペンスドラマ。25日時点で250万再生を超えるヒットとなったほか、21日に大阪で上映会&トークイベントが開催され、東京でも10月1日に予定されている。

そのタイトルから、サスペンス好きの芸人・友近が手がけたものであることは一目瞭然だが、パロディとしての目新しさはないだけに、なぜここまでのヒットにつながったのか。テレビ業界に与える何らかの影響はあるのか。テレビ解説者の木村隆志が掘り下げていく。

友近(左)とモグライダー・芝大輔=『友近サスペンス劇場 外湯巡りミステリー・道後ストリップ嬢連続殺人』より (C)フィルムエストTV

○コントに走らず再現性を追求

同作が「よくあるパロディ」に留まらず、大きな反響につながったのは、突き抜けた再現度の高さにほかならない。

「懐かしさまで感じさせてくれるほどガチの再現クオリティでビックリ。昔っぽい台詞の言い回しとか、親世代のファッション…涙が出てくる」

「『あの頃』のクオリティ高すぎてもはや感動」

「二時間サスペンスファンの皆さんに是非見て頂きたい。 平成初期の香りが芳しいCMも完璧に作ってある」

「服装に髪型に小道具 役者の喋り方とか演出とか 画質もCMも 見事な再現っぷりでひたすら感心しきり」

「友近→片平なぎさ、芝→船越 に似せて演じてるな 私には分かる めちゃくちゃおもろい」 

「まさかのリアルドラマの長さ。完璧に昭和でした。すごい」

ネット上はこれらのような絶賛で埋め尽くされている。サスペンスに限らず単にドラマの「あるある」を集めたバラエティ企画はしばしばあり、今年4月3日に『くりぃむしちゅーのベタドラマ』(日本テレビ)が18年ぶりに復活したことを覚えている人もいるだろう。ただ、これらのバラエティは視聴率対策やスポンサー配慮を踏まえて制作されるため、スタジオゲストのトークやクイズパートなどが挟まれ、『友近サスペンス劇場』ほどディテールを突き詰められない。

その点、『友近サスペンス劇場』は、画質、物語、カット割り、カメラワーク 演技、音楽、テロップ、ナレーション、クレジット、CMまで「スルーしたところは1つもない」と思わせるほどの妥協なきスタンスで再現。「往年の『火曜サスペンス劇場』(日テレ)そのもの」と言っていいレベルだけに、レギュラーの2時間ドラマ枠が消滅した令和の今、なおさら希少価値を感じた人は多かったのではないか。

ちなみに、友近が昭和コンテンツのパロディ動画を手がけるのは初めてではなく、これまでも自身のYouTubeチャンネルで『友近ワイド劇場 黒蛙の美女』などを公開してきた。それだけに『火曜サスペンス劇場』の次は『土曜ワイド劇場』(テレビ朝日、ABCテレビ)の“長尺バージョン”を期待する声があがっている。

『友近サスペンス劇場』が他のパロディコンテンツよりも支持されているのは、決して笑い重視のコントに走らず、当時の再現に徹したことも大きいのだろう。実際、同作を見ていると、「ここは外せない」という昭和の2時間ドラマらしさを押さえつつも、バラエティのような「笑いを誘って視聴率につなげよう」というあざとさや強引さは感じない。

友近ならもっと爆笑につなげる芝居もできるだろうが、あくまでマジメに再現することで、時代間ギャップの面白さが引き出されている。

温泉の入浴シーンも披露する友近 (C)フィルムエストTV

○各局の財産を活用される悔しさ

とはいえ、作品を問わずパロディは「あえて今、見なければいけない」という必然性は乏しく、「好きな人が見るもの」「それ以外の人にはくだらないもの」という位置付けで見なされやすい。

この手の昭和パロディには「くだらない」などの否定的なコメントがつきものだが、今のところそのような声は極めて少ない。その理由は前述した「再現度の高さ」「笑いに走らずマジメにやり切った」ことに加えてYouTubeの特性によるところもあるのだろう。

基本的に「見たい人だけが見る」YouTube動画は一定のクオリティさえあれば、不特定多数の目にふれやすく関連記事も多いテレビ番組のように否定的な声があがりづらい。「同じような“くだらないコンテンツ”でも、テレビは否定的な声が集まりやすい一方、YouTubeはあまり集まらない」という両者の違いを感じさせられる。実際、テレビはヒットコンテンツでも否定的な声があがるものだが、ネット動画は絶賛のコメントで覆い尽くされるケースが多い。

さらに、「まさかYouTubeで本物に近い90分超のサスペンスドラマを見られると思わなかった」という長さの意外性もプラスに作用しているのではないか。全体の長さが同じとしても、YouTubeは数本の短い動画に分けて公開することが多いだけに、「これだけ長いものを1本で見せ切る」という決断が話題性につながった。

一方、現在のテレビ局が『友近サスペンス劇場』を1本そのまま放送することは難しく、長短を使い分けられる自由度の高さでネット動画にかなわない。

●テレビがやるべき収益化とファンサービス

それ以上にテレビマンたちにとって頭が痛いのは、各局の財産であるコンテンツをネット動画に活用され、収益化されてしまうこと。放送収入減で制作費の削減が進む中、「アーカイブの効果的な活用」は各局共通の課題であり、特にコロナ禍以降はその動きが顕著に見られていた。

しかし、テレビマンたちは結局、視聴率獲得という前提から逃れられず、スポンサー配慮やコンプライアンス遵守などの必要性もあり、アーカイブを成果につなげられるケースは少ない。あるいはアーカイブを自局系動画配信サービスの有料会員獲得につなげたいところだが、それも成功とは言いづらいところがある。

さらに、今回の『友近サスペンス劇場』は、リアルイベントを仕掛けるなど、収益化やファンサービスにも抜かりなし。いつどこでも会員登録不要で見られる使い勝手のよさがある上に、収益を得るスピード感もあるなど、テレビマンたちにとって自局との差を考えさせられる点は多い。

ちなみに『フィルムエストTV』を手がけ、脚本・監督を担う西井紘輝は現在29歳。まだ20代の若い世代が昭和のコンテンツをほぼ完全再現できたことに驚かされるのではないか。

『フィルムエストTV』にはバラエティやスポーツなども含め数多くの昭和パロディ動画が公開されている。10・20代における近年の昭和ブームもあって、中高年層だけでなく若年層にもニーズがあることは間違いないだろう。

加えて『友近サスペンス劇場』は「わずか6日間、17人のスタッフで撮影した」というから、テレビマンたちには技術とセンスだけでなく、勇気と覚悟が問われているのかもしれない。

道後温泉

「門屋組」のCM

(C)フィルムエストTV

○友近の地元・愛媛との幸せな関係性

最後にもう1つふれておきたいのは、撮影における地域との連携。

『友近サスペンス劇場』は松山市の道後温泉、今治市、伯方島などでロケが行われた“オール愛媛ロケ”の作品。また、架空の人物によるフィクションだが、実在する場所でロケが行われ、さらにCMに登場する企業も実在するという。

近年、作品の舞台となり、人気俳優が訪れたロケ地をめぐる人が増え、全国の自治体が観光客増や地元活性化を狙ってドラマ、アニメ、映画などの誘致を進めている。実際、友近と西井監督は制作が決まったとき、愛媛県庁で知事を表敬訪問していた。また、作品では名所や名産が紹介され、地元の人々も多数登場していたが、これだけヒットすればロケ地をめぐる観光客が増え、地域と住民の活性化につながるだろう。

各地の自治体観光課、フィルムコミッション、ロケーションサービスは、シーンに合うロケ地の提案、エキストラや食事・宿泊場所の手配など、キャストとスタッフの受け入れ態勢を整えている。加えてメインキャストの友近とモグライダー・芝大輔は、ともに愛媛県出身。ご当地タレントが出演するのなら地元のモチベーションはさらに上がるはずだ。

制作サイド、ロケ先、視聴者の3者が「ウィン・ウィン・ウィンの関係性になれた」と言っていいだろう。これは本来、公益性を求められるテレビが進めるべき関係性であり、逆に嗜好性の高いネットコンテンツでは成立しづらいものだった。しかし、今回のヒットでYouTubeがそれを成立させられる時代が訪れたように見える。

それどころか、『友近サスペンス劇場』のような地元貢献度の高そうな企画であれば、現時点でも「テレビのロケよりYouTubeのロケが優先される」のかもしれない。長年、影響力の大きさで他コンテンツに対する優位性を保ってきたテレビ業界にとっては頭が痛い事態ではないか。



木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら