映画『ラストマイル』ヒットの理由とは?(画像:「ラストマイル」公式サイトより)

映画『ラストマイル』が大ヒットしている。8月23日に公開された後、興行収入ランキングで3週連続1位をキープ。9月14〜17日の連休では3位だが累計38.5億円とまれに見る興行収入となっている。衰える気配を見せず、100億円も視野に入ってきた。映画興行は最初の週末がピークで、その後どれだけ下がらないかが成功のカギだが、なぜこんなに勢いが止まらないのか不思議だ。

2つのテレビドラマのファンが映画館に押し寄せた

この映画は「シェアード・ユニバース」を売りにしている。2018年と2020年にそれぞれ放送されたドラマ「アンナチュラル」「MIU404」と世界線(ユニバース)を共有(シェアード)し、それぞれの登場人物が出てくるのだ。2つのテレビドラマのファンが映画館に押し寄せたのがヒットの大きな理由だろう。

ただドラマの人物たちは映画の本筋にあまり絡まず、それほど「シェアード」してはいない。そのことに不満げな感想をXで投稿しているファンもいた。だが炎上というほどではなく、逆に絶賛する投稿が圧倒的に多い。個人的には爆弾テロと犯人像のギャップに違和感があるのだが、そんな細かいことを言う人は誰もいない。

脚本家・野木亜紀子を筆頭に、監督・塚原あゆ子、プロデューサー・新井順子がすべての作品に関わっており、そのチームのファンが育っている。ドラマと映画で一貫して、エンターテインメントの中に社会問題を織り込んでいることも支持される理由だと思う。

と、ここまではわかるのだがこれほどの驚異的メガヒットの理由はいまひとつ見えないでいた。テレビドラマの映画化は、ドラマ終了後から間をあまり置かないのが普通。「MIU404」から4年は長すぎだ。さらに、ドラマの「劇場版」とするから意味がある。「シェアード・ユニバース」と関連性をいくら強調しても、ドラマの映画化ではないものが大ヒットするとは、これまでとは戦略がずいぶん違う。

ドラマの映画化戦略に起きている変化

どういうことかと考えていたら、Facebookで東京工業大学教授の柳瀬博一氏がこんな投稿をしていた。

「ラストマイルのヒットは、鬼滅の刃で確立された<テレビと映画を動画配信が繋ぎ動画配信が中心となる>新しいコンテンツ消費市場が形成された流れが、ピッタリ当てはまる。」

柳瀬氏とは日経ビジネス在籍中から交流があり、コンテンツビジネスについての独特の見方に敬服してきた。そんな柳瀬氏の投稿に、私ははたと膝を打った。なるほど、『鬼滅の刃』のメディア戦略が『ラストマイル』ヒットの謎を解くカギか!

2020年10月、『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』が公開され400億円を超えるスーパーヒットとなったことは記憶に新しい。コロナ禍で打撃を受けた映画館が、活気を取り戻し救われた。

このときのメディア戦略は斬新だった。製作委員会にキー局も映画会社も入らず、アニメ版のテレビ放送はキー局を軸とせずに独自に独立局、ローカル局の放送網を作り、放送と同時にあらゆる動画サービスで配信。漫画ファンを核にマスメディアを使わずに巨大なファン層を育成した。

ノーチェックだった私からすると、穏やかな水面が突如泡立ち、巨大な鯨が姿を現したような衝撃を受けたものだ。ローカル局での放送と同時に配信してヒットさせる戦略は、一昔前のマルチウィンドウ戦略(放送や劇場公開から間を置いてDVDや配信など2次利用に移る考え方)を完全に時代遅れにした。放送が不要になったわけではなく、放送と映画の間に配信をしっかり置くことでファンが急激に増殖した。動画配信の時代の新しい戦略が誕生した。


(筆者作成)

柳瀬氏の投稿を受けて、私は各配信サービスに「アンナチュラル」「MIU404」がどう置かれているかをチェックした。ものの見事に、TBSが提携するU-NEXTだけでなく、Netflix、Amazonプライムビデオ、Hulu、LeminoそしてTVerで配信されていた。しかも、どのサービスでも全話見ることができる! これこそまさに「鬼滅の刃」戦略だ。

私も『鬼滅の刃』の映画がヒットしたときに、Netflixでアニメ版を全話見て映画館に駆け込んだ。自分が馴染んだ接点で気軽に追いかけることができたから、後からでも「乗っかる」ことができたのだ。

『ラストマイル』ではこれに似た現象が、人それぞれの形で起こったようだ。

私は「アンナチュラル」は放送時にハマって全話見たが、「MIU404」は見そびれていた。『ラストマイル』を見た後、Netflixで「MIU404」を見始めたところだ。

知人の中学生の娘さんは「MIU404」は放送時に見て、「アンナチュラル」は配信で見た。そして『ラストマイル』を見た後でまた、配信で2つのドラマを何回も見て、映画は5回見ると宣言しているそうだ。

2つのドラマを放送時に見て、配信で何回も見てから『ラストマイル』を見て盛り上がっている熱烈的ファンもいる。一方で、放送で両方を全話見たが、配信は見ずに映画を見たら中途半端な「シェアード」だったことに冷めた見方をする人もいた。

配信が普及したタイミングで、格好の「映画の届け方」

いずれにせよ、配信でドラマを全話見られることが、映画『ラストマイル』の観客の増幅装置になっている。今の話題の盛り上がりを見て、『鬼滅の刃』のときの私のようにドラマを配信で見て追いつこうとする人も、これから出てくるだろう。そう思うと、興行収入は前週よりあまり下がらずに高い水準をキープするかもしれない。

配信でドラマを見て気づいたのだが、1話だけ登場したキャラクターが『ラストマイル』に出ている。「MIU404」で高校生として出てきた少年が、『ラストマイル』では警察官の一員として働いていた。演じていた前田旺志郎という役者が好きなので、映画を観た後ドラマを見て気づいた。

そんな発見を、ドラマファンなら映画を見て即できただろうし、私のように後から気づく人もいるだろう。そんなふうに、映画と配信を往復することで何回も噛み締めることができ、映画をもう一度見たくなってしまう。

私は、「シェアード・ユニバース」とは、とってつけた映画の宣伝のための言葉だと侮っていたが、興行を成功させる戦略的な言葉だった。物語を何度も噛み締めて楽しむためのメディアの仕掛けであり、配信がコロナ禍を経てすっかり普及した2024年のタイミングに、まさに格好の「映画の届け方」だったと言える。

テレビで放送したドラマの映画版がヒットするのは、今では当たり前のように思っているだろうが、実は変遷がある。テレビ局は映画に早くから関わっていたが、壁があった。ところが1998年に『踊る大捜査線 THE MOVIE』が興行収入101.0億円のメガヒットとなり(出典:日本映画製作者連盟・日本映画産業統計)、壁を突き崩した。ドラマを映画化したらとんでもないヒットが生まれたのだ。2作目の『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』は興行収入173.5億円と、いまだに実写の邦画ではこれを超えたものはない。2000年代は「踊る大捜査線」シリーズがスピンオフ作品も含めて公開されるたびにメガヒットとなった。

フジテレビは『海猿』もシリーズ化して製作し、1作目の17.4億円が2作目で71.0億円になり、3作目80.4億円、4作目73.3億円とそれぞれ特大級のヒット、また『HERO』(81.5億円)や『のだめカンタービレ』の前後編(41.0億円、37.2億円)など、10億円を超えればヒットと言われた邦画の興行収入をびっくりするような数字で塗り替えていった。TBSも『ROOKIES-卒業-』(85.5億円)がメガヒット、テレビ朝日は『相棒-劇場版-絶体絶命!42.195km東京ビッグシティマラソン』(44.4億円)という長い副題で「相棒」を映画化しヒットさせた。人気のテレビドラマを映画化すればメガヒットする方程式が成立した。

ところが2010年代に入るとテレビ局の放送収入が行き詰まり、ドラマ映画化の勢いが弱まる。40億、50億が当たり前、とはいかなくなった。それでもドラマ映画化の元祖フジテレビは2015年に『HERO』の2作目(46.7億円)、2016年は『信長協奏曲ノブナガコンチェルト』(46.1億円)、2018年には『劇場版コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-』(93.0億円)などのメガヒットを残している。2020年には日本テレビ『今日から俺は!!劇場版』(53.7億円)がヒットし、TBSは2023年に劇場版『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』(45.3億円)、同年にフジテレビが『ミステリと言う勿れ』(48.0億円)のヒットを放ったことも記憶に新しい。

だが2000年代にフジテレビが打ち出した「ドラマ→映画」のヒットの方程式からすると、2010年代以降のドラマの映画化はスケールダウンと偶然の産物であることが否めない。やはりテレビというメディアの地盤沈下が、そのまま興行収入に繋がっているのだろう。

ドラマと映画が、配信を通して双方向で楽しめる

ところが今年、TBSは『ラストマイル』で新たな方程式を成立させた。「ドラマ→配信→映画」の構造をつくり、また矢印は双方向でどっち向きにもなり、人によっては何度も行ったり来たりする。ドラマと映画が配信を通して双方向で楽しめる新しい方程式ができたのだ。

そういえばTBSの2019年のドラマ「グランメゾン東京」がいま、NetflixとU-NEXT、TVerで配信されている。この冬に映画版『グランメゾン・パリ』が公開される布石かもしれない。

フジテレビの「踊る大捜査線」シリーズのスピンオフ『室井慎次 敗れざる者』『生き続ける者』も立て続けに公開されるが、過去作の配信は自社サービスのFODとU-NEXTくらいのようだ。地上波で一挙放送とのことだが、それで事足りるのか心配だ。

『鬼滅の刃』戦略を応用すれば、ドラマの映画化は2000年代のようなメガヒット作をまた生める可能性がある。もちろん、何より大事なのが面白いコンテンツを作ることなのは変わらないが。

(境 治 : メディアコンサルタント)