─個人投資家目線で、投資したいと思われる会社に変えていく─

 「フィンテック 」。金融と技術を組み合わせたイノベーションを示すこの造語が世間に登場してどのぐらいになるだろうか。そして、この分野で最も成功した事例が、私たちが日ごろ利用しているネット証券だ。今回の株探トップインタビューでは、2000年代初頭のネット証券黎明期にシステム開発を手掛けて成長してきた“知る人ぞ知る”高技術企業、トレードワークス <3997> [東証S]の齋藤正勝社長に話を聞く。ネット証券のパイオニアの一人として知られ、7月に就任したばかりの齋藤社長が描く、急成長へ向けての戦略とは?(聞き手・樫原史朗)

●時価総額10倍化は決して不可能ではない

──2024年7月1日にトレードワークスの社長に就任されました。ネット証券の成長期を担ったカブドットコム証券(現・auカブコム証券。以下、カブコム証券)を立ち上げ、経営経験が豊富な齋藤社長がどのような手腕を発揮するかは、業界内で密かに注目を集めています。

 唐突ですが、まず、「株探」のユーザーの皆さんに伝えたいことがあります。「株探」って、ひと言で言えば本来は“宝探し”のサイトですよね。少なからず利用されている皆さんは、「ダブルバガー」や「テンバガー」と言われる大化け銘柄を探しているわけです。

 いま、AI(人工知能)ブームでエヌビディア など一部のハイテク株に注目が集まりがちですが、例えば投資家の皆さんのポートフォリオの5%から10%ぐらいは、こうした“お宝銘柄”に資金を振り向けてもいいと思うのです。大型株から比べればリスクはあるかもしれませんが、成功すればとんでもないリターンを得ることができる。そう考えれば、いまの当社はひいき目ではなく、“イチ押し”ですね。

 何と言っても時価総額はたったの30億円弱ですよ。私がカブコム証券の社長を退任した時の時価総額は2000億円強でしたから、100分の1の水準です。就任して2ヵ月余り経ちましたが、ポテンシャルのある事業も多いですし、やりようによっては時価総額を10倍にすることも難しくないと思っています。

──就任以来の齋藤社長のいくつかのコメントを拝見すると強気なものが目立ちます。

 私はこれまでのキャリアから、当社のように時価総額100億円以下の上場企業の経営者の知り合いが少なくないのですが、彼らと話していて少し違うのではないかな、と思うことがあります。それはIRのやり方なのです。投資家向けのアプローチというと、彼らは往々にして大口の機関投資家に向けたアピールを優先しようとします。でも、機関投資家は時価総額の小さな企業では、流動性が低すぎて手を出すことはできないですよね。だから大事なのは、個人投資家へのメッセージの発信だと思うのです。

 余談になってしまうかもしれませんが、私は社長に就任して、毎月、役職者向けの自社株を上限いっぱい購入することにしています。手取りの役員報酬のほとんどを注ぎ込んでいる(笑)。もちろん、高い確率でリターンを得ることができるという自信があるから買っているのです。長期的に見れば、本気で「ワンハンドレッドバガー」が狙えるのではないかと思っていますから。

●「リアリー?」……ビル・ゲイツを驚かせたシステム開発力

──ところで御社のそもそもの成り立ちを辿ると、齋藤社長がもともと率いていたカブコム証券向けのシステムを開発して成長してきたと伺っています。改めてこのあたりの経緯について簡単にご説明ください。

 もともとネット証券というのは、橋本龍太郎元首相によって進められた「金融ビッグバン」の流れの中で1999年に誕生したわけですが、2000年代の成長期には70社ぐらいが乱立して、結局、いまの5社程度にまで再編されていきました。私が野村システムサービス(現在は野村総合研究所 <4307> [東証P]に統合。以下、NRI)などで技術職に従事しながら、ネット証券を立ち上げようとしていた頃は、次々に新しい会社が立ち上がっていた時期で、温めていた構想を、当時、伊藤忠商事 <8001> [東証P]のIT部門の責任者だった小林栄三元社長にぶつけたところ、「やってみろ」ということで、カブコム証券の前身の日本オンライン証券の設立に至った、という流れです。

 ネット証券を立ち上げるにあたって私が考えたのは、当時の大手証券会社が採用していた基幹系の業務システムではなく、ベンチャーらしくコスト競争力に優れたユニークなシステムを構築することでした。それまで、野村證券(現・野村ホールディングス <8604> [東証P])、大和証券(現・大和証券グループ本社 <8601> [東証P])などの大手証券会社の情報システムは、NRIを始めとして、日立製作所 <6501> [東証P]、NEC <6701> [東証P]、富士通 <6702> [東証P]、NTTデータ通信(現・NTTデータグループ <9613> [東証P])などの伝統的で実績のあるアーキテクチャーによって構築されていました。

 でも当時はIT革命の初期段階で、世界ではマイクロソフト とインテル 、いわゆる「(Wintel)ウィンテル」の爆発的な普及期にあたっていました。すでにクライアント、つまり企業の業務ではウィンドウズが広く使われ始めていましたが、まだサーバーに導入しようという企業は、世界中でどこにもなかった。そんな中で、私たちはウィンドウズをネット証券のシステム基盤に全面採用するという決断をしたのです。

 この時、印象深かったのが、マイクロソフトが全面支援してくれたことですね。当時のマイクロソフトと言えば、いまのエヌビディアと同じで、世界中のイノベーションの中心的な存在でした。そんな会社が「上場するまでは、マイクロソフトの製品を無償で使用していい」ということで、出資もしてくれたし、人も出してくれたんです。

 PC向けが主流だったウィンドウズを業務システム全般に採り入れるということは世界でも前例がなく、私たちの取り組みは、彼らにとっても絶好のPRに繋がるチャレンジだと認識されたようです。同社のテレビCMでも紹介されていましたし、視察に来たビル・ゲイツ氏が何度も「リアリー?」と確認していました。彼は実際にシステムが正確に動作しているのを見て驚いていましたね。「オリエンタル・ミステリー」なんて言って。この開発に一緒に取り組んでくれたシステム・パートナーが、当社、トレードワークスでした。

──カブコム証券時代、そもそもなぜ、パートナーにトレードワークスを選んだのですか。

 当社の創業者である浅見勝弘会長は、ウィンドウズで証券システムを開発できる数少ないエンジニアの一人だったのです。「フィンテック」などという言葉がまだ存在しない時代で、新しい技術をすぐに取り入れて、これまでにないシステムを開発しようというような気持ちを持った技術者は、金融分野ではほんの数人しかいなかった。私の発想はこれまでも一貫していて、新しい技術をどうやって取り入れて、既存の仕組みを改善していくかということなんです。方向としては、「フィンテック」ではなくて、「テックフィン」ですね。技術が先にありきで、それを金融事業にどう落とし込んでいくのかを考えるという。

 当時のマイクロソフトは飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していて、個人ベースでは誰もがウィンドウズを使い始めていました。ネット証券のシステムは、個人投資家の使いやすさが最優先ですから、そういった意味でもウィンドウズは相性がいい。あの頃のカブコム証券では、ウィンドウズの機能をフル活用してシステム開発を続け、ネット証券として必要な数々の新サービスを生み出していきました。日本で初めて「逆指値注文」サービスを開始して、特許を取ったのもこの頃です。こうした想いに共感して、一緒に開発をしてくれたのが、トレードワークスと浅見会長だったのです。

●対面型の大手証券会社にもトレードワークス旋風を巻き起こす

──その後、齋藤社長に率いられたカブコム証券は2005年に東証一部上場を果たし、現在では三菱UFJフィナンシャル・グループ <8306> [東証P]及びKDDI <9433> [東証P]グループの一員として、日本のネット証券大手の一角を占めています。一方の御社、トレードワークスも17年に上場を果たしますね。

 当社は上場する前、16年ごろまでは売り上げの80%ぐらいがカブコム証券向けだったのですが、上場を目指して取引先を拡大し、いまでは岩井コスモホールディングス <8707> [東証P])やアイザワ証券グループ <8708> [東証P]、松井証券 <8628> [東証P]、DMM.com証券などのシステムも手掛けています。

 ともかく当社のシステム開発の特徴を挙げると、「ひたすら安くて軽い」ということです。これはカブコム証券のシステム開発に携わったノウハウが蓄積されていて、このノウハウをもってすれば、おそらく、日本中のネット証券すべてに採用される可能性があると思っています。

 なぜなら一つ、私が開発者目線で言わせていただくと、ネット証券のシステム開発現場は、最も厳しい開発現場だからです。SBI証券や楽天証券が手数料を無料にしたことでも分かる通り、ネット証券業界は究極のデフレ産業です。そのくせ金融事業ですし、ネット証券はいまや社会の公器になっていますから、セキュリティには徹底的にうるさい(笑)。

 コストは上げられないのに要求水準が高い。「うまくて安くて、しかも早く」が求められるわけです。だから、伝統的な大企業は積極的に関わろうとしない。逆に当社はそうした厳しい開発現場で鍛えられているから、この分野での競争力には自信が持てるのです。

 中でも特に当社の強みが発揮できる分野は、米国株取引のシステムです。対面、ネットを問わずにいま、米国株は各証券会社が力を入れ始めていますが、実は対面証券の大半の会社では、いまだに米国の取引所を介さず、自社で保有している株を扱う「仕切り売買」が中心です。これを日本株同様にネットで取引所に直接アクセスできるようにすれば、米国株投資の環境は大きく変わります。そして、現時点ではそれをSaaS(クラウド経由のソフトウェアサービス)で提供できるのは当社しかないのです。

 そういった前提があるうえに幸い、対面型の証券会社を含めて、私は各社の経営トップとは顔なじみで、どの会社のトップも私の話は聞いてくれます。だから顧客開拓に関しては全く不安を感じていませんし、近い将来、大手証券会社にも、トレードワークス旋風を巻き起こせるのではないかと思っています。一方、当社にとっての最大の課題は、今のままの人員リソースではこうした潜在的な需要に対応できないということです。

──今年の6月にはSCSK <9719> [東証P]との業務提供を発表して株式市場の注目を集めましたが、これも開発体制の強化という狙いがあるのでしょうか。

 SCSKは旧4大証券の一角、山一証券の情報システム会社の流れも汲んでいますし、松井証券やマネックス証券(マネックスグループ <8698> [東証P])の基幹系システムも担っています。当社が事業を飛躍的に拡充しようと考えれば、格好のパートナーですので、SCSKとともに、NRIの一強体制に風穴を開けたい、と考えています。

 こうした外部提携も重要ですが、私が就任して2ヵ月経って痛感しているのは、やはり社内の人材教育の重要性です。いま、当社には150人を超えるエンジニアがいます。ですが、2000年代にカブコム証券の厳しい条件でのシステム開発を手掛けてきたメンバーと、そうでないメンバーでは技術力に差が生じてしまっています。ですから、この部分の底上げが大きな課題です。

 そのためには、若手たちが“いいお客さん”のもとで試行錯誤しながら技術を磨いていくという環境を整えることが一つ。あとは、やはり技術者集団ですからどうしても“職人気質”になってしまうので、キャリアのある開発者たちのスキルをいかに若いスタッフに伝えていくか、ということですね。

 システム開発会社にありがちなのですが、職人集団では、どうしても縦割りの統治システムになってしまいます。規模が小さいうちはそれでも構わないのですが、当社の規模では、何人かの技術者の棟梁がそれぞれの縄張りをつくってしまうという図式になってしまう。ですから、そうした状況を改善するためにも、社内をできるだけフラットな体制にしていく必要があると感じています。

 あとは、より顧客本位のコンサルティングを重視した体制を構築したいですね。システム会社にありがちな、「顧客の要件定義ありき」で開発するという進め方ではなく、顧客がやりたいことを一緒に考えながら、開発していく体制ということですね。これまでの当社ではプログラムを書ける技術者が主体だったのですが、今後はその前段階、事業の全体像を描ける人材を増やしていきたい。さらに、そのノウハウを全社で共有できるようにすれば、会社全体の生産性が格段に上がるはずです。

●世界で成功する「テックフィン」のファーストカンパニーに

──なるほど。では次に、今後の中長期的な成長戦略についてご説明ください。

 やはりまず、ネット証券で鍛えられた金融分野での開発力、これを生かしていきたいと思います。ネット証券が誕生して25年経ちますが、いまでは大手証券会社も、いずれはネット証券で採用しているシステムを導入していくことになると考えているはずです。それが分かっているから、大手金融機関がネット証券各社に出資している。近い将来、証券会社のDX(デジタル・トランスフォーメーション)のデファクトは、ネット証券が採用しているシステムになるのではないでしょうか。

 あとは海外展開です。私は日本のネット証券は世界に誇る「フィンテック」の成功事例だと考えています。ですがいまのところ、日本の「フィンテック」業界では、世界に進出している企業は皆無と言っていい状況です。いま、SCSKとの提携とともに、私が6月まで社長を勤めていたミンカブソリューションサービシーズ(MSS)とも業務提携をしています。私自身、まだMSSの非常勤取締役ということもありますが、実はこの業務提携には、MSSが運営する「株探」の情報力を生かして一緒に海外展開を進めたい、という狙いもあるのです。

 例えば、「株探」が発信する情報は多くのネット証券でも見ることができますが、リアルタイムの決算速報なんて、アメリカでは考えられない。アメリカの大手ネット証券の人間にこうした機能のことを話すとびっくりされます。

 皆さん、あまり認識していないかもしれませんが、実は日本のネット証券は、個人投資家が個別株への投資をするための情報が世界一、充実しているのです。アメリカではチャートも折れ線グラフでローソク足なんてないし、古来のテクニカル手法、例えば「酒田五法」などは確実に世界でも通用すると思いますね。

 だから中長期的には、日本のネット証券各社と組んで、海外に進出することも一つですし、日本のネット証券のシステムで培ったノウハウを各国の証券会社に輸出していくことも狙っていきたい。マーケットはアメリカや韓国だけでなく、台湾、中国、アジアやアフリカなど、果てしなく広がっていますから。目指すは、日本から初めて世界へ飛び出す「フィンテック」、わたし流で言えば「テックフィン」のファーストカンパニーです。そのための第一歩としても、まずは国内の証券業界で当社がしっかりとデファクトの地位を確立したいと考えています。

──グローバル展開まで視野に入れるとなると、「ワンハンドレッドバガー」も夢ではない。ところで目先の話をすると、御社は2026年12月期に売上高60億円を目指す中期経営計画が進行中ですが、この進捗についてもお聞かせください。

 中計は直近の決算の結果を見る限り、目標達成は難しいのではないかと思われるかもしれません。23年12月期は増収でしたけど、最終赤字を計上し、24年上半期も赤字を続けているのですから。でもそこは見ていていただきたい。私が社長に就任したのですから、次の決算からは明らかに状況が変わった、という姿を見せるつもりです。

 業績はもちろんですが、資本政策も大きく変えていかなければならないと考えています。いまのままでは株式流動性が低すぎるので、株式分割も検討していますし、株主対策として株主優待や自社株買いなども視野に入れています。これまで当社では、こうした施策の重要性を認識していなかったので、そこは大きく変えていきます。

 そのためにも、まずは個人投資家目線で経営をしていくよう心掛けたい。自分が個人投資家だったらこの会社の株を買ってもいいな、と思われるような会社にしていきたいと考えています。

──中計では、主力である証券会社向けのシステム開発以外に、新規事業として「次世代のデジタルコマース」事業を重点分野に挙げていますね。VR(仮想現実)にも取り組まれているそうですが。

 この部分もこれからは大きく変えていこうと考えています。VRは開発したけれど、証券会社に適用するのは難しい、という判断で他の用途を探っていました。ですが、「テックフィン」の私から見れば、これこそネット証券に求められているサービスじゃないですか。当社のVRはアップル の端末で使うことができますが、いま、同社の製品はiPhoneだけでなく、マックブックもアップルウォッチでも、とにかく若い人への浸透度が高い。

 ネット証券は基本的には若者層をターゲットにしていて、新しいものへの感度が高いですから、例えばアップルのゴーグル端末にうちのVRを組み込んで、左目でチャートを見て、右目でマーケットニュースを見るなんてスタイルが定着したら面白いじゃないですか。新しい技術を金融、証券ビジネスに取り込んでいくにはこうした発想が必要だと思うのです。やっぱり、当社は「フィンテック」ではなく、「テックフィン」なんです。


◇齋藤正勝(さいとう・まさかつ)
株式会社トレードワークス 代表取締役社長。多摩美術大学卒業後、1989年、野村システムサービス入社。98年、伊藤忠商事入社、99年の日本オンライン証券(後のカブドットコム証券、現・auカブコム証券)立ち上げに携わり、2004年6月より社長に就任。21年3月に退任後、ミンカブ・ジ・インフォノイド副社長を経て24年7月よりトレードワークス社長に就任。日本のネット証券のパイオニアの一人。著書に『本気論―フリーターから東証一部上場企業の社長になった男の成功法』(かんき出版)、『カブドットコム流 勝ち残り法則80ヵ条』(講談社)などがある。

株探ニュース