東京メトロが上場すると報じられましたが、実現した場合、同社にどのような影響があるのでしょうか。毎日600万人以上の利用者がいる東京メトロの可能性は無限大にも思えますが、現実に目をやると苦難の道が続いていそうです。

東京メトロには売却益は入ってこない

 2024年8月19日、NHKや時事通信、ロイター通信など複数のメディアは、東京メトロの株主である国と東京都が、「時価総額7000億円を目指して10月末にも東京証券取引所へ上場させる調整に入った」と報じました。


東京メトロ丸の内線(画像:写真AC)。

 ロイター通信によれば、9月中旬に東京証券取引所からプライム市場への上場承認が下りることを見込んでいるといい、国と都はメトロ株計50%を総額3500億円で売り出すとのこと。実現すれば、2018年の携帯通信大手ソフトバンクの新規株式公開(IPO)以来の規模になるそうです。

 上場承認とは、上場を希望する企業が証券取引所の定める条件を満たしているか審査する手続きです。株主数や流通株式の見込み、企業の時価総額、利益などの形式要件を満たした上で、企業の継続性や収益性、経営の健全性、ガバナンス、情報開示などの審査を通過する必要があります。東京メトロは民営化後、株式上場準備室を設置してこれらの審査に対応する準備を重ねてきました。

 2004年の帝都高速度交通営団(営団地下鉄)民営化から20年が経過し、東京メトロは今や大手民営鉄道事業者の一角として完全に認知されたといってよいでしょう。しかし民営事業者といっても、東京地下鉄株式会社法を根拠法とし、株式の53.4%を国、46.6%を都が保有する「特殊会社」の位置付けです。

 これに対して特殊会社を上場し、政府や自治体の持ち株をすべて売却することを「完全民営化」といいます。会社法の附則には、国および都は特殊法人等整理合理化計画の趣旨を踏まえ「できる限り速やかにこの法律の廃止、その保有する株式の売却その他の必要な措置を講ずるものとする」と定められています。

 今回、売却対象となる東京メトロ株は全体の50%であり、完全民営化ではありませんが、JRも同様のステップを歩んでいます。JR旅客・貨物7社は、いずれも発足時は特殊会社でしたが、東日本・東海・西日本の本州三社は90年代から2000年代にかけて株式が順次、売却され完全民営化されました(北海道・四国・貨物は現在も特殊会社です)。

 上場は東京メトロにどのような影響を及ぼすのでしょうか。株式公開というと、株式市場から新たな資金調達を行う公募増資のイメージがありますが、今回は国と都が株式を売却し、売却益を得るためのものなので、東京メトロにはお金は入ってきません。

 一般的に株式上場のメリットとして、資金調達の多様化、知名度の向上、社会的信用の増大などが語られますが、首都圏有数の鉄道事業者である東京メトロが必要とするほどのものではありません。国鉄(JR)、電電公社(NTT)、専売公社(JT)に始まる「行革」の一環である営団民営化は、民営化そのものが目的であったのが実情です。

そもそも都は営団民営化に反対していた

 これに反対したのが都でした。東京メトロは2004年の民営化、2008年の“最後の新線”副都心線の開業を経て上場する計画でしたが、当時、「地下鉄一元化」を求める石原慎太郎知事・猪瀬直樹副知事が株式売却に反対し、「国が売るなら都が買う」とまで主張したことで議論がストップしました。

 石原知事の退任、後任の猪瀬知事の失脚で一元化論は勢いを失いますが、都はメトロ株を強力な交渉カードと位置付けて国と協議を重ねます。結局、2021年7月の交通政策審議会答申「東京圏における今後の地下鉄ネットワークのあり方等について」で、東京メトロが東京8号線(有楽町線豊洲〜住吉)の整備主体になる見返りに、都が株式売却を受け入れる方向性が決まりました。


東京メトロ都営地下鉄が乗り入れる地下鉄駅の看板(乗りものニュース編集部撮影)。

 収益性や長期債務に劣る都営地下鉄との合併は、東京メトロの企業価値を棄損する可能性が高いため株主は反対するでしょう(もっとも都営地下鉄は発足が遅かった分、収益化に時間がかかっただけで現在は他の事業者と比較して見劣りするとは言えません)。もはや都にも一元化への意欲はないとはいえ、少なくとも都が主導権を握る形の一元化は不可能になります。

 上場は、東京メトロの経営にどのような影響を及ぼすのでしょうか。営団の民営化方針が示されたのは40年近く前の1986年のことで、あわせて将来の民営化に向けて公益上支障がない範囲で関連事業への進出が大幅に緩和されました。駅出入口と一体化した駅ビルの開発や高架下店舗、駅構内店舗の設置はこの頃から始まっています。

 民営化後はさらに加速し、エキナカ商業施設「Echika」や、鉄道施設を併設・転用した不動産の開発が進められましたが、営業収益に占める関連事業の割合は発足以降、大きく変わっていません。それどころかコロナ禍で流通・広告事業が鉄道以上に打撃を受けたため、関連事業の比率はむしろ低下してしまいました。大手私鉄各社が鉄道の落ち込みを関連事業の拡大で埋めたのとは対照的です。

 都心のど真ん中を走り、毎日600万人以上の利用者がいる東京メトロの関連事業には無限の可能性があるように思いますが、東京メトロが所有する土地は少なく、駅構内の空きスペースは限られており、既存ストックを活用した事業展開は限界を迎えています。

 とはいえ上場する以上、東京メトロは株主に明確な成長ビジョンを提示する必要があります。上場あるいは完全民営化がゴールではありません。これからが正念場であり、本当の意味での苦難の始まりなのです。