防衛医大看護学科に首席で入学もパワハラで退職…元自衛官が「セクシー女優」に転身してわかったこと
習志野自衛隊で休日に上官が隊員にダンス練習を強要するパワハラ問題が発覚し、FRIDAYデジタルは8月22日付で記事を公開した。さらに、看護官(正看護師免許を持つ幹部自衛官)にも同様の問題が起きていることが判明した。ある自衛隊OBはこう明かす。
「7月から防衛医科大学校看護学科学生(自衛官候補看護学生)の応募受付がはじまり、10月上旬に締め切られますが、最近、応募者数は減っていく一方です。最も多かった2014年が定員75名のところ志望者が3300人を超えていましたが、’22年は1700人と約半数まで落ち込み、今年はさらに下がることが予想されています。また卒業後に看護師になっても辞めていく人が続出し、自衛隊中央病院では人手不足で夜勤のシフトを組むのが難しい状況だと聞いています。その原因のひとつにパワハラがあげられています」
「ワイワイ楽しんでいた」が……
’15年に防衛医大看護学科(自衛官コース)に首席で入りながら、今はセクシー女優に転身した吉川蓮民さん(27)もその一人だ。
「防衛医大を目指したのは、祖母が看護師だったことに加え、親族の仲があまりよくなくて家から出たかったので、全寮制の学校に通いたい、という家庭の事情もありました。体を動かすのも好きだったので受験しました」(以下、「」はすべて吉川さん)
学生時代はダンス部に所属し、防衛医科大学校病院で勤務している技官候補課程卒の看護師とも交流を持てたため、実際の職場の話も聞けた。自衛官候補課程は4人部屋で朝の点呼もあるなど、規律は求められたが「勉強して、部活して、部屋に戻って、同期と仲良く騒いでお菓子パーティーして寝る、みたいな感じでワイワイ楽しんでいました」という。
吉川さんが歩んだ「看護学科自衛官候補課程」は学生の身分であっても防衛省職員(特別職国家公務員)であり、入学金、授業料は免除され、被服、食事等もすべて貸与又は支給される。在校中は、毎月所定の学生手当が支給されるほか年2回の期末手当も支給される。4年間、お金をもらいながら学生生活を満喫していたが、吉川さんにとって卒業後の配属先が転機となった。
「(東京の世田谷にある)自衛隊中央病院か阪神病院を希望していたんですが、九州になって……。そんな人生プランは設計していなかったので、頭が真っ白になりました。知らない土地での勤務に最初は戸惑いましたが、1年目に配属された外科病棟では同期の励ましによって持ちこたえられました」
しかし、自衛隊福岡病院に勤務して2年目の’20年、新型コロナウイルスの感染症拡大に伴う病棟再編が行われ、そこで「大卒イジメ」に直面してしまう。自衛隊病院の看護師新人教育制度も他の病院同様、先輩看護師が新人看護師に対し1対1で指導・教育する制度がとられていた。
「体力もメンタルもキツかった。看護技術の習得に加えて、レポート提出などもあり、心身ともについていけなくなりました。やるべきことが次から次に湧いて出てくる状況に陥って、よくわからないけど涙が止まらない時もありました」
400万円を払わないと辞められない
看護の仕事は覚えることがたくさんある上に厳しいことは納得していたが、「(コロナ禍に病棟再編も加わり)仕事の残業が多かったことや同期にいじめっ子気質の子もいたりして、ストレスがかかる環境だったんです」という。
一時、適応障害に陥ってしまった吉川さんは夜勤のない発熱外来に異動となったが、そこでパワハラが横行する環境に出くわす。
「たとえば私が担当していた患者さんが、何の申し送りもせずに、いつの間にか別の部屋に移されていて……。患者さんは私を探し出すし、他の看護師からは『今、何しているんですか?』と問いただされて……。その後、何とか患者さんを見つけて私が記録を書きました。
当時いた先輩の看護師の方と私の仲が悪かったことが原因で起きたことだとは思いますけど、他の病院であれば(患者さんを危機にさらした先輩の看護師が)場合によってはクビになることもある案件です。でも自衛隊の場合は『一日でも先に入隊した人が(資格や能力が無くても)偉い』という絶対的な価値観があって、この件で言えば先輩の看護師と仲を悪くしていた私のほうが悪い、という空気だったんです」
理不尽な境遇に置かれた吉川さんは当時の状況や自分の心境について、さらにこう続ける。
「怒られるにしても自分の成長のために厳しく叱られるのであれば納得できましたが、ただストレスのはけ口にされているような感じがしました。キツイ仕事は若い人たちに押し付けるということも半ば当たり前のようになっていて……。先ほど話した患者さんを突然、別の部屋に移した話を含め、組織のためにも患者さんのためにもならないようなことが起きていたことに、嫌気がさしました」
看護師になって2年目で退職を決意した吉川さんだが、一般企業とは大きく違う問題が発生した。防衛医科大を卒業後、6年以内に自衛隊を退職した場合、学費の返金義務が発生する。吉川さんの償還金は400万円で、規則上退職した翌月に原則、一括で支払うことが求められ、分割で支払うとしても2回程度。年利も14.5%と高かった。どうやって支払うのかと途方に暮れた。
「最初、アフィリエイト(成果報酬型広告:定期定額収入ではないため『無許可兼業』に該当しない)などで稼ぐ方法も考えたんですけど、お金が入ってくるまでの時間、労力がかかってしまいそうだと考えてやめました。(無許可兼業になるので規則違反とは知りながらも)稼げる、という点では“夜のお仕事”が一番で、現金日払いの風俗が私にとって一番よかったんです」
’20年8月に世田谷区の陸上自衛隊衛生学校にて「BOC(Basic Officer’s Course、看護官幹部初級課程)がはじまって、自衛隊の衛生科幹部としての基本について学ぶために上京した直後から、都内随一の風俗街、吉原のソープランドで勤務を開始した。
「体験入店の日からお客さんをつけてくれて『門限があるので早めに帰らなければいけない』みたいな話をしても『お金、足りる?』と言ってお金を多めに渡してくれました。純粋に売り上げの世界ですし、秘密もしっかり守ってくれましたので、理不尽な自衛隊の環境にいた私としては新鮮でした」
「性を売る仕事」が救ってくれた
吉川さんは「お金のために仕方なく」という感覚ではなく、むしろ「救ってもらった」という感覚さえあったという。
「性を売る、という仕事に対して批判的な見方があるのは承知しています。ただ私は学ぶことが多かったし、自分自身を作ってもらった、という感覚さえあります。
自分のコンプレックスと向き合って、そんな自分を自己受容した上で相手の方のことも受容するとギクシャクしなくて、相手の方も満足した表情で帰っていくんです。それができないときは『私がまだ未熟なんだ』みたいに思っていましたので、満足を売る仕事をしている以上、続けて指名してもらえるよう、自分磨きをしていました。それは本来、看護師である自衛官ですべきだったのですが、私はとてもそれができる状況になかったのです」
自衛隊衛生学校で学ぶ合間に吉原で働く生活を終えると、九州に戻り、看護官として勤務しながら、九州最大の繁華街「中洲」の風俗店でも働きお金を貯めた。2年間風俗で働いて稼ぎ出した400万円で償還金を支払うことができ、自衛隊を離れることができた。3年間働いた自衛隊の退職金は50万円ほどだった。
その後も九州に残り風俗の仕事を続けていたが、上京すると渋谷でAV女優としてのスカウトを受ける。蒼井そらなど、有名女優を輩出する事務所だったため、デビューすることを決めた。
デビュー作は’23年4月28日に『藤本香澄』の芸名でリリースされた。出演料は40万円ほど。「企画単体」のため安いこともあるが、30年前の約3分の1ほどの額だ。今のAV女優の出演料はかなり安く、作品によっては1回の出演料が8万円程度、男優であれば5万円が相場だ。
もし自衛隊の看護官を続けていたら、27歳になるまでに3等陸尉、2等陸尉と階級が2つも上がることもあり、賞与や手当も含めて推定年収550万円を手にしていたことだろう。それでも吉川さんは若い人に、自衛隊の看護官になることは薦められないという。
1年先輩は「すでに半数が退職」の噂
「自衛隊員は簡単にクビにはならないし、絶対に年功序列でポジションが上がっていく組織ですし、給与もそこにしがみついていれば出ます。でもそれをいいことに年配の方が自分たちの都合で物事を判断しているようなことがあって……。
たとえば、人間ドックの検査結果に基づいて生活、食事指導をする仕事があって、それはコロナの時期に一時免除されていたのですが、それを私を含めた若い看護師などが現場レベルで復活させようとしたんです。私たちとしては現場経験を増やすことで成長できると思ったのですが、上の方からしたら仕事が増えること、何かあった時に責任をとらないといけない、ということで難色を示していました。そこで私は上の方の考えを変えてもらえるように複数の方に掛け合って仕事として復活させることができたのですが、私自身は『あなたの仕事ではない』とやらせていただけなかった。正しく生きていきたいと考えている人が残念ながら、報われないんです」
吉川さんは’22年3月末に退職したが、その時「1年先輩の1期生がすでに半数ほど退職している」という噂を耳にした。吉川さんが退職した’22年の夏ごろまで自衛隊にいれば、2等陸尉への昇級も確実だったという。
吉川さんが退職した時期の’22年3月に開業した自衛隊入間病院で’23年1月に部外から採用した看護師が亡くなった。関係者によると、就職前に説明された内容と実際の勤務が異なり、激務を苦にした自死といわれている。
ただでさえ、緊張を強いられる自衛隊員にとって、看護師不足は、「いざという時に看てもらえる」安心感がどんどん失われていることを意味する。自衛隊員に「国の自衛のために働いてほしい」と願うのであれば、バックアップを担う看護官の職場環境にも“メス”を入れる必要があるのではないだろうか。