炎上した「システマハグキプラスプレミアム」のテレビCM。もちろん、出演する真矢ミキさんに罪はまったくない(画像:ライオン公式サイトより)

生活用品メーカー・ライオンのテレビCMに賛否両論が巻き起こっている。

9月1日より放映していた歯磨き粉「システマハグキプラスプレミアム」のテレビCM。「冒頭の効果音が、緊急時の警告音に似ている」とSNSやネット上で話題となり、ライオンは9月3日に放映中止を決定した。

表現に問題があることが発覚し、広告が取り下げになることは珍しくはない。ただ、音が問題になって取り下げになったケースは、筆者が知る限りでは、初めてのことだ。

今回の件は特殊なケースではあることは事実だが、詳しく見ていくと、その背景にある、広告、あるいはメディアコミュニケーションが抱える課題が見えてくる。

放送中止は適切な対応だったのか?

今回のCMの問題箇所は、冒頭に出てくる風船が膨らむシーンだった。このときの効果音が、弾道ミサイル情報や緊急地震速報、大津波警報などの緊急事態時にスマートフォン等に配信される「全国瞬時警報システム(Jアラート)」の音に似ているというのだ。

ライオンは公式サイトで当該CMの放映中止の決定を発表。「当該CMにおいてはご指摘の部分を修正の上、再開する予定です」と説明した。


ライオンが発表したコメント(画像:同社公式サイトより)

これを受けて、SNSやネットニュースのコメント欄では、賛否両論の意見が飛び交っている。

放送中止を当然とする意見も少なくなかったが、「過剰反応ではないか」「そんなにJアラートに似ていないのではないか」といった意見も散見された。

筆者も確認してみたが、「確かに指摘されると似ているな」というレベルのものであった。

【写真】「Jアラート」に似てる? 放映中止となったライオンのテレビCMを見る

筆者自身、広告会社に勤務していた8年前までの数年間、SNSでテレビCMの話題を調べる仕事をしていたことがあるが、音に関する批判は少なからず見られた。例えば、「商品名(あるいは企業名)を連呼するのがウザい」「BGMが嫌い」といったようなものだ。

単純に「不快だ」という意見であれば、取り下げも修正も行わず、そのまま放映を続けることが多い。ただし、今回の場合は、視聴者が警告音と誤認する可能性があることを考えると、放映中止を決定したことは適切であっただろう。また、指摘を受けてすぐに対応を行った点も良かったように思う。

一方で、「なぜ事前に気づかなかったのか?」という疑問も残る。実際に、ネット上にはそうした意見も見られた。

「事前に気づくべきだった」というのは正論だが、一方で、チェックし切れなかった状況も理解できる。

「音」が重要な時代になった

以前から、テレビCMの放映時間は「トイレタイム」と呼ばれていた。つまり、番組の合間にトイレに行く時間という意味だ。トイレに限らず、テレビCMは、視聴者が集中して見ていないことを前提に、「いかに視聴者の注意を引くか?」ということに注力してきた。

ちなみに、「広告」は英語で「Advertising」というが、ラテン語の「〜の方向へ(英語のto)」を意味する“ad”と、「向ける」という意味の“vertō”を語源とする。つまり、「振り向かせるのが広告」ということである。

デジタル技術の進化によって、個人の嗜好やニーズに合わせた情報発信が可能になってはいるが、興味がない人にも振り向いてもらい、興味を持ってもらうことが、依然として広告の重要な役割だ。

現在では、スマホが普及しており、CMの時間帯は「スマホタイム」になっている。さらに、コロナ以降は在宅勤務も一般化し、仕事中にテレビがついていることも増えてきた。そうした人たちの注目を引くことも重要になっている。

映像は「見ない」という選択肢もありうるが、音は「(聞きたくなくても)聞こえてくる」ものだ。視聴者の注意を引くために、音は重要な役割を果たすが、デジタル時代の現在では、音の重要度はさらに増している。

今回のライオンのCMでも、視聴者を引きつけるために、あの効果音を採用した可能性はある。ただし、「Jアラート」の音を意識したということは考えにくい。そのような誤認が起きる可能性があることが事前にわかっていれば、効果音として活用することはなかったはずだ。

一方で、「音が似ている」と言っても、警告音とそっくりなわけでもないので、事前に気づかなかったということは、十分に想定できる。

アナログ放送時、放送休止中に流れていた砂嵐を覚えているだろうか。あの音に滝の映像を合わせたものと、本物の滝の映像とでは区別できないという実験もある。今回のCM制作側も、風船の映像とセットにして聞いているから、風船の膨らむ音として刷り込まれてしまっていたのかもしれない。


問題となったのは、「システマハグキプラスプレミアム」のCM「忘れてない?」篇(画像:ライオン公式YouTubeより。現在は削除)


風船が膨らんでいく映像につけられた効果音が「Jアラート」に似ていると問題になった(画像:ライオン公式YouTubeより。現在は削除)

「音」をめぐる快、不快の境界線はどこか

媒体料金(広告を出すために支払われる料金)は同じだから、CMを放映する企業としては、より多くの視聴者の注目を集める表現にしたい。一方で、それが過剰になってしまっては、視聴者が不快に感じ、批判を浴びて逆効果になる。そのバランスが非常に難しい。

例えば、CMの中にスマホの着信音や、玄関のインターホンの音を入れると、視聴者の注意を引くことはできる。実際にそのようなCMもある。その反面、視聴者から「紛らわしい」と思われる可能性も高い。

そこまででなくとも、耳に残る音は注意を引くだけでなく、記憶に残すこともできる。

例えば、「ライザップ」と聞いて、テレビCMで放映された独特のBGMを想起する人、日清食品チキンラーメンのCMの「ポン ポン スポポン」というフレーズが頭に残っている人も多いだろう。

こうしたCMを「うっとうしい」と思う人も一定数いて、SNS上でも批判的な投稿が散見される。比例関係にあるとまでは言えないが、効果が高いCMほど、不快に思う人も増える傾向がある。

実はテレビCMの音に関しては規制があり、近年強化される傾向にある。2012年10月より、テレビ番組やCMの新たな音量評価指標「音声レベル運用規準(ラウドネス)」の運用が行われている。これによって、テレビCMを含むテレビ放送の音量が規格化されることになった。

2015年8月には、酒類の業界団体が、アルコール飲料のCMで使われる「ゴクゴク」などの効果音がアルコール依存症者や未成年の飲酒意欲を煽るとして、今後は使用しないことを決定している。

いずれも法規制ではなく、自主規制だが、視聴者がテレビCMの音に対して敏感になっていること、広告の公共性が重視されていることが見てとれる。


「システマハグキプラスプレミアム」のCMについては、別バージョンなら現在も見ることができる(画像:ライオン公式YouTubeより)


2018年から真矢ミキさんが同商品のイメージキャラクターを務めていた(画像:ライオン公式YouTubeより)

街中の音が小さくなっている?

最近、都市部で目にするようになったアドトラック(宣伝カー)についても、拡声器の音が問題になっており、自治体レベルで規制が強化され始めている。

SNSの普及により、視聴者、消費者が自由に発言できるようになり、その声を企業側も気にするようになったことも大きい。

しかし、その一方で、「どこまで彼らの意見を汲み取るべきか?」という問題も生じてくる。

筆者は職業柄、テレビ番組よりもCMのほうを意識して視聴しているので、テレビCMの音が気になることはほとんどない。むしろ、バラエティ番組の効果音のほうがうるさく感じ、過剰演出をしているように思えてしまう。

最近では、年越しの除夜の鐘にも「うるさい」と苦情が来て中止せざるをえない状況だ。盆踊りでも同様のことが起こり始めている。

筆者は、都内で行われている野外イベントにほぼ毎年通っているのだが、昨年あたりから野外ライブの音量が下がり、迫力がなくなったと実感させられた。周辺地域からの苦情を考えて、音量を下げているものと思われる。

世間の声を聞きながら都度対応するしかない

音量に限らず、どのような音を「うるさい」「うっとうしい」と感じるかは人によって異なるので、さらに悩ましい。

例えば、日本人は虫の鳴き声を聞くと「秋が来たな」「風流だな」と感じて耳を傾けたりするが、欧米人にとっては、虫の鳴き声は単なるノイズにしか聞こえないという。

筆者の生活動線は新大久保や大久保の多国籍エリアを含むが、この界隈に行くと、外国人の会話やスマホで通話している声が気になることが多い。筆者を含む日本人の多くは「うるさい」と思うのだろうが、彼らにとっては通常のことだろうし、他人の話し声もさほど気にならないようだ。

広告の話題に戻ろう。効果を上げるために、音の工夫を凝らさなければならなくなっているが、その工夫を「不快」「うざい」「紛らわしい」と感じる人もいる。

本稿で具体的な解決策を提示したいのだが、残念ながらそうしたものは存在しない。随時、世間の声に耳を傾けながら、落としどころを探っていくことを繰り返すしかない。対応策として提示できるとしたら、それに尽きる。

【写真】「Jアラート」に似てる? 放映中止となったライオンのテレビCMを見る

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)