平本蓮の「ドーピング疑惑」が格闘技界に与えた影響は”想像以上”だった…「ドーピング天国」日本の悲惨な現状
ファンがドーピングを疑う時代に
平本蓮のドーピング騒動は、本人が9月2日、記者会見で「サプリは購入したがドーピングはしてない」と否定したが、この話はそれで収まる問題ではないと感じた。
いまやファンがドーピングの使用を疑う時代になってしまったからだ。
昨年も格闘家の木村ミノルがRIZINの試合後の検査で筋肉増強剤を使用していることが発覚。これまで、国内の試合ではドーピング検査への意識が低かったが、その「性善説」はひっくり返った。
関係者は誰でも知っていたことだが、やろうと思えばドーピングは簡単にやれることが世間に伝わった。
国内MMA団体を含め、業界に20年以上も運営に携わった人物は、「これから大きな格闘技の試合は、検査抜きでは成り立たなくなってくる」と言った。
「日本の格闘技界は、ずっとドーピング検査しなくていい世界でしたから。やった話は数えきれないぐらい耳にしてきたし、注射を打った副作用で高血圧になったとか不整脈がひどいとか、選手本人が言っているのを聞いたこともあります。ハッキリ言えば日本はドーピング薬物天国だった。
検査したくても費用がかかるだけで、運営側にメリットはないし、選手が失格になったら興行が損するだけ。使用には目を瞑って野放しにしておくのが都合よかった。でも、(ファンから指摘された今は)もう無理。こういう騒動はいつか起こると思っていた」
日本で絶えない「ドーピング薬物」の乱用
ドーピング問題については日本は後進国で、アメリカでは80年代には筋肉増強剤の副作用などが大きな問題になって、ラスベガスの州コミッションなどがルールや検査方法を年々強化していった。
格闘家だった筆者がドーピングの使用を最初に見たのは90年ごろのプロレス界でだ。
当時、日本の格闘技は今ほど稼げない時代で、大金を払ってまで薬物に頼るのはプロレスラーが主だった。
メキシコから来日した選手が薬物を運び、それを日本の選手が買っていたのを見た。有名なボディビルダーがジムで練習しているとき、「(ドーピングを)やるなら売るよ〜。〇〇さんも使っているのと同じやつ」と、有名レスラーの名前を出して、筆者に声をかけてきたこともあった。
UFCなど格闘技団体が州のルールに沿って検査をしていた中、日本ではK−1やPRIDEで格闘技ブームに入っても、ドーピングの検査は実施されていなかった。
筆者自身もK−1に出たときにあったのは、肝炎の検査程度で、有名な先輩選手に聞いても「同じだよ」と言われた。
結果、日本で薬物使用が溢れ、実際に目の前で興奮剤や心拍数を低下させる薬などを投与する選手を見たことがあった。マーク・ケアーのように体がボロボロになった選手からは直接その怖さを聞いたし、プロレス時代に出会った、薬物乱用をしたアメリカ人レスラーたちも、複数が錯乱や自殺に至った。ドーピングは副作用の怖さも大きい、ということは記さなければならない。
それでもオリンピックなど国際競技大会を含め、検査をくぐり抜ける方法が現れ、ドーピングの使用は絶えない。
現在では使用を隠すために利尿剤などのマスキング薬と併用されるなど、検査機関とのいたちごっこになっている。
ドーピング使用側も巧妙なり、興行側もビッグマッチにおいては、渋々検査を導入しなくてはならなくなった。
RIZINでドーピング検査を義務化できない事情も
ドーピングの検査は、選手側の要望であることが大きい。
勝てば経済的に得るものが大きいレベルの人気選手同士の試合では、選手同士が相手選手のドーピングを疑うようになる。
17年のボクシング世界戦で、ルイス・ネリが陽性となったのも、対戦相手の山中慎介が所属する帝拳が、ネリを疑って検査の義務を契約に入れたからだった。逆に言えば、競技ルール上で検査は義務付けられていなかったということ問題だった。
費用の問題から薬物検査が導入されてこなかった日本のプロボクシングも、今年6月から、試合契約上ではなく「ルール上」での検査義務を策定し、違反選手に無期限の出場資格停止などの処分を設けた。
格闘技団体RIZINでも、薬物使用が疑われる話が飛び交うようになって、やむを得なく小規模の検査はされていた。しかし、費用の問題のみならず、団体側と選手との契約内容の関係から、一律にドーピング検査を強制できない事情がある。
アメリカのように州という行政ではなく、あくまで民間レベルでは検査手法に限界があるのかもしれない。本気でやろうとすれば複数回の抜き打ち検査、それも血液と尿の両方の検査となるが、選手双方が「そこまでやるなら試合しない」というケースも出てくるだろう。
平本蓮「ドーピング疑惑」の一部始終
そして、いまRIZINで起こっているドーピング問題は、まったく別のトラブルを孕んでしまった。
7月28日の試合で朝倉未来にTKO勝ちした平本蓮に、8月下旬になってネット上でドーピング使用について電話で語ったとされる音声データが投稿された。同団体の榊原信行CEOは21日の会見で、薬物検査の結果待ちだと語ったが、検査結果ではなく告発によって疑惑が生じるというものは、そう単純に解決する話ではない。
平本と通話した相手はお前だと名指しされた格闘家の赤沢幸典はSNSで長文を投稿。
自身もドーピングをサプリメント感覚で使用していたことを認め、平本から「尿検査で陽性が出ないドーピングの方法を教えてほしい」と相談され、薬物提供したこと、音声を流したことを認めた。ドーピングの効果についても「絶大でした」と断言。
「ドーピングは筋肉に作用し、目も筋肉で動くので、眼球運動にも影響を与えます。ですので反射神経も自然とよくなります。テストステロンが出てホルモン値が高くなり、自信満々で試合に臨め、恐怖が減り、それによって踏み込みが強くなりパンチカがとんでもなく増強されるなど、勝ち負けに大きな影響を与えます」(赤沢の投稿文より)
ドーピング検査が標準装備されるまで、長い
こうした暴露内容が価値を持ったのは、RIZINの「検査が甘い」という認識が前提にあったからだ。
厳格な検査があるアメリカでは、こんな暴露は無意味な戯言になってしまうが、日本では「検査はすり抜けたけど、こいつは薬物をやっている」と言えてしまう余地がある。
こうなってくると、まともな選手ならば、より厳格な検査を求めるようになる。薬物で超人化したような相手とやって、負けて自分の選手としての価値を下げたい選手などいないからだ。
もうひとつ、赤沢は「平本が相談したまわりの怖い人たちからは相当な圧力をかけられました」と怖い話をした。それが事実かはさておき、ドーピングの禁止薬物は裏社会での取引で商品化しており、反社会的な連中が絡んでくるリスクも高まる。
買えば、それが脅迫のネタになってしまう。平本の検査が陰性であっても、ファンからの信用を失うスキャンダルになるのなら、それを闇稼業にする輩も出てくる。
これまでパンドラの箱のように目をつぶって封印されてきた格闘技界の「ドーピング問題」だが、ついにファンの目の前で開けられてしまったような状況だ。
これまで「ドーピングは一部の外国人選手がやってるだけ」という印象にしておきたかった業界も、このファンから向けられた疑惑の目は無視できなくなる。
ボクシングは世界戦に限って検査ルールを設けたが、逆に言えば、「日本タイトルマッチならドーピング可」と言っているようなもの。MMAやキックボクシングに至っては、コミッションどころか統一ルールすらもない世界だ。
個々の試合では厳格な検査を世界機関のVADAなどに依頼することができるが、最終的には強固な仕組み作りがないと、「ドーピング天国」と言われるままだ。正すにはアメリカのように行政機関を作るしかないが、いまからそれを作ってもネバダ州レベルの成熟した組織になるまでは20年はかかるだろう。