サムスンは長年のオリンピック公式パートナーを務めている(筆者撮影)

今年のパリオリンピックでは表彰台に上がった選手たちが自分たちの自撮りを撮る「ビクトリーセルフィー(Victory Selfie)」が話題になった。使われているスマートフォンはサムスン製の最新折りたたみスマホだ。同社は国際オリンピック委員会(IOC)の公式パートナーを30年以上続けている。これだけ長い期間パートナーを続ける理由はどこにあるのか、サムスンのオリンピックへの関わりを見てみよう。

長野オリンピックからワールドワイドパートナーに

ビクトリーセルフィーで目にするスマートフォンは日本でも販売中のサムスン「Galaxy Z Flip6」のオリンピック選手向け特別仕様モデル「Galaxy Z Flip6 Olympic Edition」である。サムスンは夏と冬のオリンピックごとに、選手向けの限定モデルを毎回出している。

サムスンとオリンピックの関係は1988年、今から30年以上も前にさかのぼる。この年、サムスンは初めての携帯電話「SH-100」を発売した。そして同年は韓国・ソウルで初のオリンピックが開催されたこともあり、サムスンはIOCと初めてローカルパートナー契約を結んだ。ちなみにそのころの携帯電話は自動車電話とも呼ばれたショルダーフォンタイプの製品が主流だった時代だ。

その後、1998年に日本・長野で開催された長野オリンピックから無線通信機器分野のワールドワイドパートナーとなり、サムスンのロゴをつけた携帯電話「N206」が日本にも登場した。この携帯電話は約2500人の選手に提供され、「Call Home」プログラムにより遠い母国の家族や友人と無料で通話できるサービスも提供された。

以来、オリンピックごとにサムスンは専用モデルを選手向けに開発してきた。いずれも自社の携帯電話・スマートフォンの最新製品をカスタマイズしたもので、最新の機能やデザインを採用した自信作だ。

2004年のアテネ夏季オリンピックで投入された「SGH-i530」はオリンピック関連のイベントを提供するSamsung Wireless Olympic Works(WOW)サービスを搭載し、オリンピック期間中の選手の滞在をサポートする機能も搭載した。2012年の夏季ロンドンオリンピックでは携帯電話からスマートフォン(Galaxy S3)に置き換えられ、SNSなどより多くの機能を使うことができるようになった。

このようにサムスンのオリンピックモデルはオリンピックロゴをつけただけの製品ではなく、選手をサポートするアプリやサービスも搭載されている。なおオリンピックモデルはすべてがオリンピック選手向けだけというわけではなく、一般販売も行われるケースもある。日本でも販売されたモデルがあり、2016年リオ夏季オリンピックモデルはauから、また2021年東京夏季オリンピックの「Galaxy S21 5G Olympic Games Edition」はドコモから登場した。


ドコモから販売されたGalaxy S21 5G Olympic Games Edition(サムスン電子提供)

パリ滞在中の選手を支援する2024年オリンピック

今回、オリンピック選手約1万7000名に提供されたGalaxy Z Flip6 Olympic EditionにはIOC公式アプリが搭載されている。最新のオリンピックスケジュールの確認やオリンピック会場内の移動をサポートする「Athlete 365」「Olympic Shop」「Paris 2024」「Transport Accred」、そしてIOCホットラインなど選手をサポートするアプリがインストール済みだ。

さらに選手の滞在をサポートする以下のサービスも提供された。

・フランスのキャリアOrangeによる100GBの5Gデータ通信
・オリンピック・パラリンピック村に設置されたコカ・コーラ(IOCワールドワイドパートナー)自販機の無料チケット
・イル・ド・フランス モビリティの公共交通機関無制限利用パス


パリオリンピック公式スマホにはコカ・コーラや交通機関の無料パスもインストール済み(筆者撮影)

このスマートフォンに搭載されているサムスンの最新AI技術「Galaxy AI」を利用すれば、音声通話のリアルタイム翻訳やオフラインで使える通訳機能も利用できる。世界各国から集まる選手たちのコミュニケーションをスマートフォンが強力にサポートしてくれるわけだ。通訳機能は電波の悪い場所など通信環境がなくても使える。

ほかにも自分の練習を撮影し、それを自動的にスローモーションで再生する機能を使って動きを見直したり分析もできる。記念写真を撮影したときは消しゴム機能を使えば不要なオブジェクトの消去も楽に行える。競技のサポートだけではなく、滞在中の生活も楽しくしてくれるのだ。

冒頭に書いたビクトリーセルフィーは、メダル授与式中に個人のメダリストと2人以下のチーム選手にGalaxy Z Flip6 Olympic Editionが手渡され、自撮りを行う。撮影された自撮りはIOCのAthlete 365プラットフォームに自動的にアップロードされ、そこからソーシャルメディアを通じ選手の家族や友人、世界中のファンたちと共有することができる。

オリンピックと最新技術を楽しめるポップアップストア

オリンピック選手や市販されたオリンピックモデルのスマートフォンを購入した一般ユーザーだけではなく、より多くの人にサムスンの最新製品や技術をアピールしたり、オリンピックの楽しさを伝えるためのポップアップスペースもオリンピックごとに開催都市で開かれている。2024年のパリでは凱旋門近くのスペースをはじめとして、複数のポップアップが市内に展開されている。

パリのポップアップスペースでは携帯電話・スマートフォンの歴代オリンピックモデルの紹介や、最新スマートフォンを展示。スマートフォンではGalaxy AIを使った翻訳機能や、オリンピックに関連したゲームを体験できる。パリ市内にはサムスンの店舗もあるが、ポップアップスペースはオリンピックに特化した展示となっており、観光がてら立ち寄ることもできる。

無料で作成してもらえる名前入りのストラップやオリンピック限定の特製ピンバッジの配布など、サムスンのスマートフォンに興味のない人でも楽しめる展示内容は集客効果も高く、結果として自社製品を広く知ってもらえる場としての役割も果たしている。なお選手に配布されたGalaxy Z Flip6 Olympic Editionもここで体験できる。


パリのポップアップスペースで最新技術を体験(筆者撮影)

オリンピックパートナーを続ける理由

大手企業がオリンピックという世界最大級のスポーツイベントの公式パートナーになる理由は、第一に自社製品の拡販のための宣伝目的があるだろう。オリンピック期間中は国をあげてのお祭り騒ぎとなるため、普段はスポーツを見ない人でも気が付けば各競技の話の輪に加わることも多くなる。知らず知らずのうちに公式パートナー企業の名前や製品をネットやTV、街中のデジタルサイネージで何度も目にするはずだ。

特にこれからの購入主力層となる若年層、今でいえばZ世代に向けてブランドをアピールするためにオリンピックは最高の場と言える。サムスンのビクトリーセルフィーはZ世代が好むSNSを使った交流に合わせたパフォーマンスであり、しかも折りたためばコンパクトになる最新の折りたたみスマートフォンを選手が使うことでより大きな注目を集めることができる。

パリオリンピックではIOCと共同で新たなデジタルコミュニティ「Together for Tomorrow, Enabling People」を立ち上げた。これは世界中の若者をオリンピック・ムーブメントに参加させ、テクノロジーとスポーツの変革力を活用して世界に有意義な変化をもたらすことを目的としたものだという。

さらにサムスンは「Team Samsung Galaxy」プログラムを通してオリンピックに出場する若いアスリートの支援も行っている。その中には2021年の東京オリンピックから正式競技になったスケートボードサーフィンなど、Z世代とマッチする競技の選手も含まれる。

一方では大会選手に提供するオリンピックモデルスマートフォンを通じて選手のサポートや大会運営を支援。さらに目に見えない部分でもオリンピックに新しい体験を提供している。

たとえばセーヌ川で行われたセーリング競技のライブストリーミング配信は、フランスキャリアOrangeと協業して同国初のスタンドアローン5Gネットワークを両者で構築、高解像度かつ新たな視聴体験を世界中のオリンピックファンに送り届けた。オリンピックに向けて最先端の技術を開発することは、結果として自社全体の技術力を高めることができる。

サムスンは最新のイノベーションを世界中の人々に届けるために日々製品開発を行っている。そのイノベーションを披露する場として、オリンピックは最適な場所であるのだろう。これが長年公式パートナーを続けてきた理由だと筆者は考える。サムスンは2028年のロサンゼルスオリンピックまでパートナー契約を結んでいる。4年後はどんな技術やサービスで選手をサポートし、またオリンピックファンを楽しませてくれるのだろうか。


セーヌ川のライブ配信では最新技術で陰からサポート(サムスン電子提供)

(山根 康宏 : 携帯電話研究家・ジャーナリスト)