左からアップル「Vision Pro」59万9800円〜、バイトダンス(ピコ)「Pico4 Pro」日本未発売、メタ「Quest 3」7万4800円〜(筆者撮影)

「XRやメタバースはオワコン」という言葉も聞く。しかしデバイスメーカーはARグラスやXRヘッドセットといったデバイスの開発や、XR関連技術の研究開発に積極的だ。市場の反応も変わりつつある。

なおXR(クロスリアリティ)とは大きめのヘッドセット型のVR(バーチャルリアリティ・仮想現実)技術、サングラスのようなメガネ型が多いAR(オーグメンテッドリアリティ・拡張現実)技術、ヘッドセットとメガネ型の両方があるMR(ミクストリアリティ・複合現実)技術を総称した言葉だ。

メタの2024年度第2四半期決算説明会において、マーク・ザッカーバーグはXRデバイスやメタバース領域を扱うReality Labsの売上高が、前年同期比で約28%増加したことを発表。この成長の要因となったのがXRヘッドセットのQuest 3だとも説明した。

アメリカの投資銀行Piper Sandlerも、アメリカに住む10代の子どもたちの33%が毎週VRヘッドセットのゲームで遊んでいるという調査結果を発表しており、VRを含むXRは普及期に入ってきたと考えられる状況になってきた。

定評あるアプリがすぐに使えるアップル

XR関係のデバイスを開発している企業を見ると、メタのほかにアップル、Google、HTC、バイトダンス(ピコ)などの名前が確認できる。このうち特に強力なプレーヤーと見られるのがアップルとGoogle、そしてメタだ。この3社は独自OSも開発しており、世界中のアプリ開発者を巻き込んでいくエコシステム構想も意識している。

アップルの強みは、すでに多くのスマートフォン・タブレット用のアプリを持っていること。XRヘッドセットなのになぜモバイル用アプリが関係しているのかというと、自社製XRヘッドセットのVision Proは、Vision Pro用アプリだけではなくiOS用アプリもシームレスに扱うことができるため。しかも仮想空間内に各アプリの画面を自由に配置できるメリットもあり、空間コンピューターという未来のデバイスを体現している強みもある。

Vision Proはディスプレーの解像度が高く、細かい文字も読みやすい。現実空間を見たときの解像度も高い。ディスプレーパネルは眼の近くにあるため、老眼の人でも適切なVision Pro専用リーディンググラスレンズを装着すれば手元にあるアプリ画面にも、遠くにある景色にもピントが合う。高価な製品ゆえにコンシューマー用としてはあまり売れていないが、Vision Pro用のMicrosoft 365は生成AI機能(Copilot)とも連携し、ビジネス書類の作成や表計算データの確認などがしやすい。仮想ショールームの中を歩ける不動産販売業界向けアプリなども増えており、BtoBの分野では評価が高い。

デバイスの完成度次第で伸びそうなGoogle

Googleの動きを見てみよう。実は2021年にVRプラットフォーム事業から撤退しているGoogleだが、新たにAndroid XRという新OSを立ち上げつつある。このOSはサムスンが2024年中に発表すると予告している新XRヘッドセットに採用される見込み。GoogleはほかにもXRヘッドセットやARグラスメーカーにAndroid XRを売り込んでいると聞く。

Androidスマートフォンのように、OSという旗頭のもと複数のメーカーが集い、自由にデバイスを開発できる状況を整えようとしているGoogleはアップルと同じく、多くのスマートフォン・タブレット用のアプリを持っている。そのなかには個人の利用者数が多いGoogleドキュメントやGmailといったオフィススイートアプリもある。ビジネスユーザーが日常的に使いたいと思えるXRヘッドセット・ARグラスがあれば、後発でありながらいきなり高いシェアを獲得できるかもしれない。

XR分野で先行するメタだが、Questシリーズは世界中で累計2000万台以上も販売してきたという強みがある。OSのMeta Horizon OSはまだ開発中でリリースされていないが、Googleと同様にデバイスの選択肢が増えるAndroidのビジネスモデルを踏襲する予定。すでに複数のデバイスメーカーがMeta Horizon OSを採用することを表明している。

アップルVision Proが発表された2023年6月以降、メタはビジネスシーンでも使える機能を矢継ぎ早にQuestに実装してきた。レンズに直射日光が入るとセンサーが焼けてしまうことから屋外では使わないようにと注意を促してきたメタ自ら、現行モデルQuest 3をテラスで使っているシーンの動画をSNSで発信し始めたことからも、屋内で遊ぶためのゲーム機以上の価値があるとアピールしていることがわかる。

ゲーマーやVR SNSユーザーから支持されているメタ


Quest 3をかぶるマーク・ザッカーバーグ(本人インスタグラムより)

また、メタといえばSNSだ。FacebookやInstagramのユーザーアカウントとVR SNSアプリであるHorizon Worldsが連携していることも強いし、世界でもっとも人気のあるVR SNSのVRChatにもログインしやすい。ユーザー数✕滞在時間をKPIとするならメタのノウハウが活きてくる。

ビジネスマンと開発者に受け入れられそうなのは?

注目したいのが、iPhone(iOS)対Androidのように、OSのシェア争いが起きるかという点だ。

デバイスとOSの両方を開発する企業にとっては、OSの利用者数確保も重要なミッションとなる。有料アプリを販売するアプリストアからの収益も見込んだ戦略を立てる必要があるためだ。

この点においてはApp Storeを持つアップルと、Google Playを持つGoogleが強いアドバンテージを持つ。前述したように、すでにスマートフォン/タブレット用として高い評価を持つアプリを大量に扱っており、デバイス購入後すぐに自分の求める機能(アプリ)を追加することができるメリットがある。BtoBで必須となる、生産性を高めるアプリも揃っている。

アプリ開発者側から見ても、XRヘッドセットユーザーだけではなくスマートフォン/タブレットのユーザーもターゲットしたアプリを作れば、収益性を高められそうだという期待感がある。

エンタメ重視のメタにとっては試練となるか

対してメタのMeta Questストアは、ゲームやフィットネスなど個人で楽しめるエンタメ系アプリは豊富で、クオリティも高い。7月にアーリーアクセス版が公開されたゲーム「進撃の巨人VR: Unbreakable」は発売3日目で全世界週間1位となるなどグローバル人気が高く 、数多くのQuestユーザーが調査兵団の一員となって巨人退治に勤しんでいる。

しかしBtoBの分野となると、弱い。デバイスの販売台数は多くともコアユーザーが若年層であることが原因か、現在Meta Questストアで提供されているBtoB向けのアプリは数が少ないし、完成度が低い。Microsoft Word、Excel、PowerPointはまだいいものの、マルチデバイス対応の業務用コミュニケーションアプリであるMicrosoft Meshは操作性が悪く、コマ落ちしているように画面もガタついている。とりあえず作ってみた、そんな習作の雰囲気も感じられる。

Quest 3はAndroid準拠のデバイスゆえにAndroid用アプリの一部が使えるが、Google Playにはアクセスできないためインストールするにはかなりの手間を必要とし、現実的ではない。Androidアプリ、Android XRアプリを開発する企業や開発者を迎え入れ、Meta Horizon OS用アプリとして移植してもらい、Meta Questストアで提供してもらうためのフレームワークを作る必要があるだろう。

豊富なアプリ資産をもとに、ビジネスマンが仕事で活用できる空間コンピューター/OSを作ったアップル。同じ思想を持ちながら、Androidビジネスモデルの利点を活かそうとしているGoogle。そしてホビーパソコンならぬ、ホビー空間コンピューター/OSとしての価値は極めて高いメタ。

どの企業がXR業界を率いていく存在になるかは、当分わからない。しかし今までアップルvsメタの戦いだった舞台にGoogleが参戦することで、競争が激化することは間違いない。


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(武者 良太 : フリーライター)