商品をカゴに入れる時にもさり気ない気遣いがある

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『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)で、運送・物流業界の知られざる事情を詳らかにしたフリーライター・橋本愛喜さんの新連載がスタートします。テーマは「はたらく人たち」。深刻な社会問題となっているカスハラ。客の過剰意識によるありがた迷惑な行為……一般的な苦労話ではなく、各業界特有の事情やリアルな本音を知ることで、様々な仕事への理解や共感を深めたい。そんな思いでレポートする第1回は誰にもなじみのある「レジ係」です。

【写真を見る】理不尽なクレームやカスハラを受けやすい「レジ係」の本音を探る

減少する「はたらく人」

 1989年、「24時間戦えますか」という栄養ドリンクのCMにおける挑発的な問いかけが流行語大賞にノミネートされ、それに誰もが「はい、戦えます」と上げた手の高さを競い合っていた頃、日本はある大きな転換期を迎えていた。

商品をカゴに入れる時にもさり気ない気遣いがある

「人口ボーナス期」の終焉だ。

「人口ボーナス」とは、簡単に言うと生産年齢人口(15歳〜64歳の「働き手」となる人口)が、子どもや高齢者の人口を上回っている状態のことを指す。

 恐ろしいことに、この人口ボーナス期の終わりを迎えた国には、その先どうやっても人口ボーナスが訪れることはなく、自力で人口を増やすことができなくなるとされている(このような状態を「人口オーナス」と言う)。

 1967年に1億人を突破した日本の人口は、2008年に1億2808万人とピークを迎え、それ以降は減少に転じる。2024年7月現在、日本の人口は1億2396万人。2070年には9000万人を割り込むとされている。

 そして現在、日本に突き付けられている喫緊の課題が「少子高齢化」と「生産年齢人口の減少」だ。

 さらに、高度経済成長期から続く過重労働文化によって過労死が深刻化し、「働き方改革」が叫ばれるようになった。そこへ追い打ちをかけるように、2019年末に「新型コロナウイルス」の感染拡大。これによって、人々の労働のカタチや、それに対する価値観が一変し、はたらく現場が大きく様変わりした。

「はたらく」の意味や意義が大きく変わる今、それぞれの職業には世間に知られていない苦労や工夫があるはずだ。

 今回から始まる本連載「はたらく人たち」では、SNSに残されている当事者たちの日常的なつぶやきや、現場の人たちへの取材をもとに、そんな世間に知られていない現状や苦労、本音を紐解いていこうと思う。

 第1回は、我々が日々接している「スーパーのレジ係」にスポットを当てた。

レジ係とは

 最近は、ブルーカラーのような「肉体労働者」、ホワイトカラーの「頭脳労働者」のほかに、「感情労働者」という新たなカテゴリーが確立されてきている。

 いわゆる「接客・サービス業従事者」たちだ。

 自分の感情を押し殺し、どんな時でも「お客様」に笑顔で対応する業務。そのなかでも、“様々”な客と対峙する(しなければならない)職種の一つが「スーパーのレジ係」だ。

「2023年スーパーマーケット年次統計調査報告書」によると、レジ係の一般的な就業形態はパートタイマーで、店舗では79.3%を占める。求人募集時の時間給の平均は、都市圏で1061円、地方圏で922円(「都市圏」は東京、神奈川、埼玉、千葉、愛知、大阪)。自身の都合に合わせ、自宅周辺で働ける仕事として育児の合間や育児を終えた女性の働き口としての募集・応募が多い。

 ちなみに、客単価の平均は、平日では2108.3円、土日祝では2428.5円であり、土日祝の平均客単価の方が高くなっている。売場面積別にみると、売場面積が大きい店舗で平均客単価が高くなる傾向が見られる。

客は「なんでもやってもらえる」と思っている

 先述した通り、レジ係は多くが女性だ。一般的に、女性は男性よりもカスハラを受けやすい。それにスーパーは、衣食住を支える大衆性のある場。店側が客を選べないうえ、買い物客の誰もが「レジ」を通るため、レジ係は理不尽なクレームやカスハラを常に受けやすいのだ。

 今回のレジ係に対する取材でも、「店員だからなんでもやってもらえると思っている客が多すぎる」という、理不尽なクレームを訴える声が多かった。

「スキャンした商品をカゴに移し替えている間、入れ方を細かく指示してくる方、商品をほとんど打ち終わっているのに『卵忘れたから待ってて』と売り場へ消えてしまう方、レジを閉めて他の対応に当たっているのに、「Close」のプレートをどけて『会計しろ』と言ってくる方。実に色んな方がいらっしゃいます」

「お客さまのなかに、カートをレジ台に寄せるだけの方がかなりいらっしゃいます。レジ係に『移してくれ』と言わんばかりに。しかし、こちらから重たいカゴを台に載せると腰にとんでもない負担がかかる。1人で移せない時は声をかけていただければと思いますが、台へ移すのはお客さまの作業だという認識は持っていてほしい」

 SNSにも、レジ係の人たちが日ごろ心に秘めた思いが溢れている。

「会計の順番が来た客が『5kgの(コメのブランド)がほしい』と言い出した客に、『かしこまりました、お待ちしております』と伝えたところ、『私に取って来いって言ってるのか』と怒り出した」

 自身を神だと信じ込んでいる客は、もはや「疫病神」だ。以前、SNSではこんなツイートが議論を呼んでいた。

「店員は、セルフレジで買い物した客に『ありがとうございました』って言っちゃいけないルールでもあるのか? 普通に接客したら元気なお兄さんですら、セルフレジだとチラ見してスルーしてくる」

 こういう客は自分から「ありがとう」「ご苦労様」と店員に声をかけてみたらいい。そうすれば店員は必ずや望み通りの言葉を返すはずだ。

困った客たち

 あるレジ係は、イヤホンをつけたままレジを通ろうとする客に困っているという。

「それで会話が成立すればいいんですが、案の定、大概の場合は聞こえておらず、何度も言い直さないといけない。『ポイントカードを持っているか』『箸は付けるか』など、短くとも確認の会話が必要になるので、聞こえる環境にしておいてほしい」

 最近の傾向として、店員がレジを打っている間、スマホをいじって待っている客が激増している。

「電子決済の準備をしているのかと思ったら、文字を打っていたり動画を見ていたりゲームをしていたり。金額を告げたあとにカバンから財布を出すお客さんが多い。あと、会計後に『あ、クーポンあります』『ポイントカードあります』と言ってくるお客さんも」

 また、混雑時に困ることとして挙がったのが、「集団客」だ。

「店内が混雑している時に4人家族が4人で並ばれると通路をふさぐことになります。人数が多いほど、『誰が払う』『アレ買ったか』とレジでもたつくということもあり、混雑する時間帯は買い出しに行く人数を減らし、レジに並ぶ時も最少人数でお願いしたいです」

 困った客は会計後の「サッカー台」にも現れる。「サッカー台」とは、客が商品を袋詰めする台のこと。そこにあるロール状の袋を大量に持って帰る客は、各店舗で問題になっている。

トイレットペーパーかってくらい巻き巻きして持って帰る人がいるんです。もちろん商品は入れず、巻き取ったままカバンにしまって帰られます」

 が、このサッカー台においてより問題視されているのが、生肉や生魚が敷かれている白いプレートを台下のごみ箱に捨てていく客の存在だ。

「ごみの分別が厳しくなった頃から、このようなお客さまが目立ち始めています。サッカー台周辺の掃除なども店舗によってはレジ係の仕事。生臭くなるし、何よりトレーから袋に移す際、サッカー台に肉や魚のドリップ(汁)が垂れて、周辺が不衛生な状態になるので本当に困っています」

 対策として、不本意ながらもサッカー台にあるごみ箱を撤去した店もあるという。

レジ係たちの隠れた配慮

 牛乳パックや大きいペットボトルなどをレジ係がスキャンし、カゴに移し替える時、こんなことを聞かれたことはないだろうか。

「倒してお入れしてもいいですか?」

 実はこの言葉には、レジ係の客に対する「ある配慮」が隠されている。客は袋詰めする際、牛乳パックなどの重たく堅いものを先に入れたいのが常。なので、牛乳パックは立っていたほうが取り出しやすいのだ。

 レジ係が会計時に倒して入れておくと、客が袋詰めする際、わざわざ軽い商品をかき分け、カゴの底から牛乳パックを取り出さないといけなくなる。

 だが、レジ係としては、それらを立てておくとカゴのバランスが悪くなったり、サッカー台まで持って行く時に倒れたりする可能性があるため、あらかじめ倒して入れたほうがいいと思った際に、先のような質問を客にすることがあるのだ。

 こうした配慮をするレジ係が現れたのも、カゴへの入れ方に対するクレームが多いことに起因する。実際、SNSでも客からレジ係に対して「カゴへの移し替え」に関する要望が散見される。

「スーパーでレジ係が完璧にカゴに収めてくださるのだが、それが非常に袋詰めしにくい。重いものが下、柔らかいものが上になっているため、全部出してから袋に入れ替えることになる。重いものと柔らかいものでカゴを分けてほしい」

 こうした両者の「入れ方論争」は以前から生じていたのだが、昨今、この論争を一気に集結させるアイテムが普及し始めている。

「マイカゴ」だ。

 2020年7月1日からレジ袋の有料化によって、現在は半数以上の企業でレジ袋辞退率が80%以上に。平均辞退率は77.0%。地方圏では都市圏に比べ平均辞退率がやや高くなっている。

 そんなレジ袋の有料化によって、「マイカゴ」は「マイバッグ」と同様、一気に普及した。

 レジのカゴと同じカタチをしたカゴを持参し、会計後の商品を受けるカゴにすれば、客が自らサッカー台で荷物を袋詰めする必要がなくなる。客としては時短はもちろん、熟練の技を有するレジ係が入れてくれた状態のまま持って帰ることができる。

「マイカゴに詰める時とお客さんが詰める時の配置を変えています。そのまま持って帰っていただくことになるので若干気は遣いますが、レジ係としてもお客さまの袋詰めのことまで気にせず入れられるのでいいです」

コロナ禍のレジ係

「レジ係あるある」としてよく聞かれるのが、客それぞれのカゴの中身をみることで、食事や生活スタイルが垣間見られる、とする声だ。

「カレー粉と一緒にジャガイモ、肉、ニンジンが入っているのに玉ねぎが入っていない時は、声を掛けようか迷いました」

 しかし、そんなカゴの中身の観察も、ある時期は緊張したという。コロナ禍だ。

「おかゆやスポーツドリンク、ゼリー飲料ばかりをカゴに入れていたお客さまに初めて対応した時は、正直怖かった。本人かその周辺に感染者がいると察した」

 コロナ禍では、レジ係も客もマスク着用のうえ、両者の間には透明フィルムが貼られた。その当時は聴き返しや言い直しが絶えず、「何を言っているか分からない」というクレームも増えたという。

 なかでも外国人にとっては辛い時期だったとの声も。

「聞き取れないことを外国人特有のアクセントのせいにされ、『だから外国人は仕事ができないんだ。日本人のレジ係を呼べ』といわれた外国人店員もいました」

 このコロナ禍で大きく普及したのが、スキャンから会計まで客が行う「セルフレジ」、そして会計のみ客が行う「セミセルフレジ」だ。若者などからは「対面が苦手なのでセルフレジありがたい」との声がある一方、買い物弱者になりやすい高齢者にとっては悩みのタネにもなっている。

「うちのスーパーも数年前、人手不足でセルフレジ・ミニセルフレジを導入したんですが、客に高齢客が多く使い方がなかなか定着せず。お客様補助や説明に人員が取られ、本末転倒の状態になっています。お年寄りにとってはあの細い投入口にお札を入れるのも至難の業だったりしますから」

レジ係の椅子は普及するか

 レジ係の主業は、その名のとおり「レジ打ち」。しかし、接客中には、ネギなどの長い野菜を半分に切ったり、ドライアイスを入れたり、さらにはポイントカードや駐車券の処理など、やることは非常に多い。

 そのため必然と手に触れるものも多くなるわけだが、それがゆえに彼らにとって隠れた悩みになっているのが「手荒れ」だ。

「常にお金や商品をたくさん触っているので、どうしても手荒れがひどくなりがちです。さらに、カゴを移動させるときに指を挟むこともよくあるので、爪までボロボロに」

 ゴム手袋をする現場も増えたが、すぐに破れたり、汗で蒸れたりかゆくなったり、アレルギーを起こしたりするケースもあるという。

 そして、肌荒れと同じくらい悩みになるのが「腰痛」だ。立ちっぱなしでの接客。重いものを右から左へ運ぶ作業は、中年女性の多い現場では重労働だ。

「スキャンする際、重いものほどバーコードをすんなり読み取ってくれないんです。特に水やコメはいつも苦戦します。容器や袋の中でモノが動く。スキャンしようと角度を変えると、容器や袋の中でモノが動くのでなかなかバーコードの位置が定まらないんです」

 そんな、立ちっぱなしなうえ重いものを移動させる隠れた重労働の現場では、昨今「レジ係も座っていいのでは」という機運が高まり、レジ係に椅子を用意する店舗が少しずつ増えていることが話題になっている。

 こうした報道に対しては、レジ係の着席に賛成する声が多く見られたが、報道で流れる世論と現場で聞く客の声には、なぜか温度差があることが常だ。今回の件においても、レジ係からはこんな懸念の声も聞かれる。

「実際、レジ係が椅子に座っているのをお客さまが見た時、『いい』と思う人は恐らく少数だと思います。特に高齢客の場合、『私が立っているのに何で自分は座っているんだ』といってくる姿が目に浮かびます。ただでさえ彼らからは『店内に椅子がない』という声が届いているので」

 椅子導入にクレームが来ると思うのには、ある経験からも言えるという。

「お客さまの列が切れたタイミングで水分補給をすることがあるんですが、その姿を目撃されるとクレームになることがある。水分補給でクレームが出るなら、当然椅子も言われますよね…」

 クレームやカスハラの多い現場において、あるレジ係は「椅子を用意する前になくしてほしいものがある」と訴える。

「目安箱ですね。『お客様のお声を聞かせてください』と、サッカー台や店の出入口によく置いてあると思いますが、本当に遠慮ない細かいクレームや要望が事細かに書いてあったりします。クレームを聞いた以上、対応しなければそれがまた新たなクレームに。日本はあまりにもお客様の声を聞きすぎると感じます」

 CS(顧客満足度)よりもES(従業員満足度)に耳を傾けるべき時代。

 このお盆休み、家族でスーパーに行く機会もあるかと思うが、混雑する際はできる限り少人数で来店してあげてほしい。

橋本愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)

デイリー新潮編集部