2015年4月、サッカーの試合を観戦した金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

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朝鮮戦争(1950年〜53年に休戦)の勃発からソウル陥落までを描いた映画「72時間」は最近公開され、北朝鮮映画としては久々の大ヒットとなった。

一時は、チケットを安く供給してどんどん盛り上げる方針だったが、金正恩総書記が急に上映禁止を命じた。しかし人気映画だけあって、ご禁制の韓流ドラマと同じようにソフトが市中に出回っている。これに対して北朝鮮当局は、取り締まりに乗り出した。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

両江道(リャンガンド)のある大学生によると、「72時間」を密かに見ていた金正淑郡人民委員会(郡庁)の幹部、大学生などが摘発され、処分を受けた。

事件は、郡人民委員会副委員長の息子から始まった。恵山(ヘサン)医学大学に通う彼は、「72時間」のデータが入ったUSBメモリを手に入れ、友人と一緒に視聴した。そして、近くの河川工事に動員されていた人民委員会糧政課の職員にも映画を見せた。

これがバレて、糧政課職員4人はクビになり、医科大学と農林大学に通っていた金正淑郡出身の学生4人は退学処分を受けた。

4人は、兵役を終えて大学に進学した朝鮮労働党の党員で、卒業後は幹部登用のチャンスがあったが、その道が永遠に断たれてしまったのだ。

事件の主犯である副委員長の息子に対する処分は今月3日、朝鮮労働党金正淑郡委員会の会議室で言い渡された。息子は、映画のデータが保存されたUSBメモリを恵山の市場で12元(約250円)で購入したと陳述した。最終的に彼には、8カ月の労働鍛錬刑(懲役刑)の処分が言い渡された。

両江道の幹部によると、道内で「72時間」を見たとして処分された人は数百人にのぼる。住民の間では「人を処罰に追い込む映画など、なぜ作ったのか」と怨嗟の声が高まっている。

実はこの映画、金正恩氏が発案したものだ。

中国で制作され日本でも配信されている「1950 鋼の第7中隊」は、朝鮮戦争の激戦の一つ、「長津湖(チャンジンホ)の戦い」を描いたものだが、2021年10月にこの映画を見た金正恩氏は、こう言った。

「なぜわが国ではああいう映画を作れないのか」

そして、宣伝扇動(プロパガンダ)部門の幹部をきつく叱責した。一方で金正恩氏は、1000万ドル(当時のレートで約11億5000万円)もの制作資金を提供した。

映画好きだった父、金正日総書記から受け継いだ血が騒いだのか、彼は撮影現場に足を運び、ストーリーはもちろん、俳優の表情まで細かく注文を出した。2年の期間を経て映画は完成し、大ヒットとなった。

しかし、そのストーリーが問題になったのだ。

「(北朝鮮は)朝鮮戦争は1950年6月25日午前5時、米帝が奇襲攻撃を行った侵略戦争だと宣伝しているが、映画には米軍との戦闘シーンがなく、我が方の戦車部隊が進撃するのに、それと戦う南(韓国軍)の戦車が1台も出てこないのが、議論を巻き起こしていた。

用意周到に奇襲攻撃をかけてきた米国が、逆に3日でソウルを奪われるとは、話にならない。朝鮮戦争は米軍が起こしたのではなく、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の方が先に奇襲攻撃を行ったのではないかという疑惑を増幅させる作りになってしまった」(幹部)

中央は、朝鮮戦争勃発から74年になる6月25日の5日前の20日、映画の上映を禁止する
緊急指示を下した。それでも、見たことがバレたら死刑になりかねない韓国映画ではなく、あくまで自国映画であり、それも金正恩氏が制作指導を行ったものであることから、人々は上映禁止令を重く受け止めていなかった。

そこで当局は、この映画を見た人々だけでなく、両江道映画普及所の幹部らにも「72時間」のデータが流出した責任を問い、逮捕するに及んでいる。

ところが、これがまた逆効果を生んでしまった。

(参考記事:「見てはいけない」ボロボロにされた女子大生に北朝鮮国民も衝撃

「一連の処罰で、映画に対する好奇心がいっそう大きくなった」(幹部)

情報の少ない北朝鮮社会では、口コミが大きな力を持っている。そこで流される情報には尾ひれが付き、話がどんどん大きくなっていく。「存在は知られているが、中身はよくわからない」というものほど、人々の好奇心を高めてしまう。映画「72時間」はまさにそのようなものだったというわけだ。