会社の稼ぎ頭であるモンストをインドで展開する方針を発表したMIXI。過去に進出するも、相次ぎ撤退したアメリカ、中国での反省を生かせるのか(撮影:今井康一)

2013年のリリースから10年を超えてもなお根強い人気を誇る、スマホゲーム『モンスターストライク』(モンスト)。世界累計利用者数は6200万人以上、累計売上高は1兆円を超える。『ファミ通モバイルゲーム白書』によると、2023年にはモバイルゲームの総合売り上げで2年連続の1位となった。

一方、運営会社のMIXIは2023年3月期からリリースしてきたスピンオフゲーム『モンストシリーズ』について、今年5月までにすべてのサービスを終了。本家に投資を集中させながら、インドでの早期リリースを目指す方針を明らかにした。

モンストはかつて中国や北米などに進出したものの、相次いで撤退。海外は現在、台湾、香港、マカオのみで展開している。今インドに進出する理由、『モンスト』を中心としたデジタルエンターテインメント事業が売上高の7割を占めるMIXIの経営課題などについて、木村弘毅社長に聞いた。

2〜3年でインドに根付かせたい

――モンストをインドで展開する方針を発表しました。なぜ今、インドなのでしょうか。

スマートフォンが出て10年以上が経ったが、それ以降はデバイスの変化がない。デジタルエンターテインメント産業において新たなイノベーションも起きていない。人口が減少していく日本だけでビジネスをやっていくのはかなり厳しい。

デバイスの台数が今後増えていく地域がどこかというと、やはりインドだ。人口が14億人もいて、増加ペースも速い。日本と違い、インドではインターネット=モバイルネットワーク。電子決済も発達しており、露店でチャイを売っているようなお店でもスマホで決済できる。生活者に欠かせないものとしてスマホが普及し始めている。

一方、ゲームやSNSなどデジタルの文化が発達するのはこれからだ。子どもの頃からゲーム機が家にある環境ではなく、初めて(ゲーム用のデバイスとして)触るのがスマホという方々が非常に多いのも特徴だ。

モンストは国内ではもう文化として強く根付いていると思っているが、この2〜3年でインドでも根付かせたい。もっと長期的にはインドを入り口として、アフリカや南米へも広げていきたい。

――一方で3年前に構想を発表したモンストシリーズは、サービス終了となりました。スピンオフ作品でモンスト経済圏を拡大する戦略から、大きな方針転換となります。

モンストシリーズでは、普遍性の高いゲームデザインでIPを横展開する戦略を取ろうとしていた。あまり開発費をかけずに大量にゲームを投下しようということだ。

方針転換の理由の1つは、それほどクオリティの高いゲームを作り切れなかったことだ。もう1つは、それなりにプレイされたゲームでも、ユーザー数自体は大きく伸びなかった。定番のゲームデザインのものをそのまま出しても、(新規のユーザーを呼び込めず)国内で面を広げられないとわかった。


木村弘毅(きむら・こうき)/1975年生まれ。東京都立大学中退。電気設備会社などを経て、2008年にミクシィ(現MIXI)入社。『モンスト』開発ではプロデューサーを務める。2018年、代表取締役社長執行役員。2023年12月、代表取締役社長上級執行役員CEO(撮影:今井康一)

ただ、(本家の)モンストはすごく堅調で、10周年を迎えた昨年度もアクティブユーザー数や売り上げ、利益を高い水準で積み上げられた。

開発のイニシャルコストが高騰しているゲーム業界では冒険ができなくなっており、新規タイトルの本数自体も減っている。その中でモンストは、コスト効率もいい状態が保たれている。

ならばモンスト自体のポジションをもっと強くしていくべきではないかと考えた。イベントやアニメ、マーチャンダイジングなどで話題を作り、みんなでモンストをやろうという空気感を醸成することで、自分たちの場所を守りにいくのが一番いいのではないかと。

それなりに痛い勉強代だったが、業界全体が過渡期にある中では早めに切り替えられたという感覚はある。

日本のIPを紹介する“見本市”にしたい

――日本ではガチャによる課金が収益柱ですが、インド版はどのようなビジネスモデルになるのでしょうか。

マネタイズの手段が日本とまったく同じということはない。ゲームに課金をしてくれそうなのはミドル層と呼ばれる人たちで、多くは課金というものになじんでいない。今はいろいろなインターネットサービスがインドで成長しているが、アクティブユーザーが億単位の事業でもマネタイズには苦労していて、現状は広告モデルがインドにおける主流となっている。

インド版モンストに数億人のお客さんがついてくれたら、広告モデルは強化しないといけない。実は国内でも広告モデルは一部あるが、それをもう少し厚めにやっていく。

コレクションモデルもポイントだ。モンストは「鬼滅の刃」「ワンピース」などいろいろなIPと月1回くらいのペースでコラボしており、世界でもまれにみるIP集合体だ。インドでは日本のIPの人気が非常に高まっている。日本のIPをインドに紹介するための見本市のような存在になれたらいい。

イベントやアニメ、YouTubeなどの動画を含めて、日本のIPをコレクションする文化をどう醸成させられるかが1つのポイントになる。そのような文化を築いていくことができれば、私たちにもうまみがあるし、(日本版でコラボしてきた)ほかのIPホルダーの方々にも恩返しになる。

――2015〜2020年にかけては、中国や北米などからの撤退も経験しました。当時の反省を生かせますか。

北米は、北米のオリジナル版を出そうとしていたことと、PCゲームで遊ぶ文化が出来上がっている中で、モバイルでのマルチプレイゲームは浸透しづらかったことが原因だ。また、ガチャ(ルートボックス)に対してのアレルギーも強かった。

中国はモバイル優位だが、テンセントと組み、大きなユーザー組織を持っているテンセントのプラットフォームから、一気にドーンとユーザーにインストールさせた。しかしわれわれの戦略は、友達が友達を誘って、つねに身近な友達と一緒に遊べる環境を作り、やめづらい状況にすることだ。中国ではそれをやりきれなかった。

インドでは、友達が友達を誘っていくような構造を徹底して作っていくつもりだ。


モンストの”生みの親”でもある木村社長。「きちんと外貨で稼げる企業」への転換を目指す(撮影:今井康一)

――現地に入り込んで展開するのが重要になりそうですね。

単独資本で進出するつもりだが、インドの現地資本が入っているところと組まないと政治的リスクの観点で難しい局面もあるかもしれない。そこは臨機応変にやりたい。

きちんと資本関係、契約関係を結ぶことは重要になる。そのあたりの難しさがあり、日本企業がインドに進出できない話はよく聞く。

インド領域の責任者はインドに住んでいた経験がある。中国版を手がけた経験もあり、そのときの反省は生かしてくれるはずだ。

一本足からの脱却に想定より遅れ

――SNS「mixi」の運営を開始して約10年でモンストをリリース。それからさらに約10年が経ちました。会社全体の現在地をどう評価していますか。

理想は利益規模が同じくらいの事業が3つくらい立ち上がっている状態だ。3つあればふらつかない。『モンスト』一本足からの脱却ということは、われわれも宣言しているが、想定より時間がかかっており、本当に申し訳ない。

スポーツベッティングサービス「TIPSTAR」が昨年度に通期で黒字化を達成して、利益規模はもっと大きくなるだろう。子どもの写真・動画共有アプリ「みてね」は会員規模が非常に大きいので、マネタイズを進めてなるべく早く黒字化したい。

長期的にはコミュニケーションを豊かにするサービスを届けていきたいと思っているが、まだ道半ばだ。やりきれていないことはたくさんある。スポーツも規制が緩和されれば、イノベーションが起きる余地がある。

――想定以上にモンスト一本足からの脱却に時間がかかっている原因はどこにありますか。

人的リソースや資金の選択と集中をやりきることができていない、あるいは少し時差ができるという部分はあった。

モンスト本家に再注力しようという戦略転換も、自分が昨年執行役員になってからだ。「任せるのでこれを立ち上げてくれ」という(現場にリソースの使い方を委ねる)のでは、やりきれていなかった側面はあったかもしれない。

――モンストという、稼げている事業があるからこその難しさがあった。

それはある。モンストで生まれたキャッシュフローをゲーム領域以外に再投資するとなると、合意形成が取りづらい。

そこで期待しているのはAI。まだこれからだが、組織が拡大するにつれて偏在した情報をAIで一元化して理解しやすいようにサマライズできれば、意思決定の速度が上がっていく。

きちんと外貨で稼げる企業になる

――株価はインド展開の方針を発表した2024年3月期決算後に急伸し、4年ぶりの高値をつけました。ただ、モンストが急成長した2017年に記録した過去最高値(7300円)と比べると、半分以下の水準です。

ゲーム企業に対する評価を分けているのはグローバル化しているかどうか。当社が高い評価を得るためには、きちんと外貨で稼げる企業になる必要がある。

日本のIT企業では、海外投資は短期的に利益率を押し下げるとして投資家から好感されない時期があった。ゲームを含むインターネットサービスのマーケットを見渡しても、日本、アメリカ、中国の三大市場以外はあまり育ってきていなかった。それでなかなか海外投資に踏み込めていなかった。

やっと「インドが来そうだぞ」という雰囲気になっている中で、私たちがインド展開を発表したことで少し評価され始めている。インドは「来る来る詐欺」と言われているが、今度は本物じゃないかなという個人的な実感もある。

また、勇気を与えてくれたのが「みてね」だ。もうすでに海外のユーザーのほうが伸びは大きくなっており、私たちのサービスを磨いていけば海外の方でも手に取ってくれるということは、大きな自信になっている。

(田中 理瑛 : 東洋経済 記者)