2023年度の売上収益が前期比23.2%増の2319億5200万円と過去最高を記録したトリドールホールディングス。丸亀製麺を筆頭に好調が続く背景には「KANDO(感動)ドリブンマーケティング」戦略がある。企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていくDIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」。立て役者であるトリドールホールディングス執行役員CMO兼KANDOコミュニケーション本部長の南雲克明氏は「KANDO(感動)を中心に据えた4象限のスパイラルアップが鍵だ」と話した。

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「感動」を意思決定の真ん中に

DIGIDAY編集部(以下、DD):トリドールホールディングスのマーケティング戦略は、多くのマーケターに注目されています。まずは「KANDO(感動)ドリブンマーケティング」とは何か、教えてください。南雲克明(以下、南雲):「感動」をつくることを意思決定の真ん中に置き、それを中心にマーケティングを組み立てるというものです。具体的には「ブランドバリュー」「CX」「EX」「ソーシャルグッド」の4つを、感動創造の中心においてスパイラルアップさせるマーケティングです。これを「丸亀スパイラルモデル」と名付けました。なかでも特に重要なのはCXです。たとえば丸亀製麺は現在約850店舗ありますが、この春、全店舗に麺職人を置きました。数年前まで200名ほどしかいなかった麺職人を1632名(2024年3月時点)まで増やし、独自の体験価値である「丸亀製麺は、一軒一軒が製麺所」「丸亀製麺にはすべての店に麺職人がいる」というメッセージをことしのブランドコミュニケーションの中核に据えています。丸亀製麺では毎日、お店で麺職人たちが粉からうどんをつくっています。「おいしい」「すごい」といったお客さまの反応は、麺職人や従業員のEX向上にもなり、もっと美味しいうどんを提供したいという想いが生まれ、さらにCXが向上します。その積み重ねでブランドバリューも上がるというスパイラルを生みます。さらに麺職人たちを中心に地域の子どもを対象に「こどもうどん教室」を全国各地で開催するなど、ソーシャルグッドへの取り組みも意識しています。これらのすべてが「感動体験」がお客さまを創造する源泉価値であるという思想から生まれているのです。

南雲 克明/トリドールホールディングス 執行役員 CMO 兼 KANDOコミュニケーション本部長 兼 丸亀製麺 取締役 マーケティング本部長。早稲田大学大学院商学研究科卒MBA。コナミスポーツ、サザビーリーグなどBtoCの事業会社においてさまざまなブランドのマーケティング責任者を歴任。2018年トリドールホールディングス入社。2022年より現職。“感動(KANDO)”を起点に、感性とデータ両側面から持続的に選ばれる確率を高める「感動ドリブンマーケティング」を推進。ビジネスと企業価値をグロースさせ続けるマーケティングの革新と拡張に取り組む。うどんはもちろん、パスタ・ラーメン・そばなど年間300食以上を食べるほどの大の麺好き。主食は麺といっても過言ではない。

ドーナツで今までにない顧客体験を提供

DD:ことし6月に販売開始された「丸亀うどーなつ」も、感動を生むための新商品ということですね。南雲:「丸亀うどーなつ」は、発売開始3週間で300万食を突破しました。全店に麺職人を置くというアイデアもそうですが、「丸亀うどーなつ」の全店発売も約3年前から構想していたものです。テスト販売は好調だったものの全店で展開するオペレーションの難しさから最初は「無理だ」と経営陣以下、全員に反対されました。ですが、私は「絶対に新しい体験価値になる」と確信して粘り強く働きかけ続け、実現しました。うどんからドーナツをつくるオペレーションは本当に難しく、店舗からも断られていたのですが、数カ月に一度「どう? できそう?」と商品企画・開発担当に尋ねていたので、みんな「また言っている」と呆れていたと思います。それでもみんなで知恵を出し合い、商品開発担当の努力もあり3年かかって全店で販売できるようになりました。うどんから生まれたドーナツで今までにない顧客体験が提供され、UGCやリアルな口コミもたくさん生まれています。実際にお店に行くと、「孫に頼まれた」と並んでくれている方もいました。今までにない会話が生まれていて、元々あった外食の価値を取り戻す商品、つまり家族が笑顔で会話をするという商品としても機能していると確信しました。DD:昨年は「丸亀シェイクうどん」も大ヒットでしたが、こちらはどのような戦略だったのでしょうか。南雲:コロナが5類に移行したタイミングで、外食の楽しさを再び体験してもらおう、というものでした。最初は車のカップホルダーに入れられたら、という発想から生まれたものですが、うどんをシェイクするというアイデアは、楽しい体験価値として当時の時流にも乗り、今まで丸亀製麺に来ていなかった若年層や女性を獲得し、大ヒット商品になりました。外食の存在する価値として、消費者を笑顔にする何か新しい価値を提供し続けていかなければいけないと考えています。製麺所としてすべての店で打ち立ての美味しいうどんを提供するという普遍の体験価値と、新しい体験価値の「二律両立」、つまりトレードオンです。元々の価値を磨きながら進化を見せる。「丸亀シェイクうどん」も「丸亀うどーなつ」もそういう位置づけの商品でもあります。割引キャンペーンや話題づくりのコラボなどもありますが、我々は絶対に不毛な価格競争をしません。そうではなく、ブランドの選ばれるパーセプションを蓄積していくこと、強みを磨いていくこと、機能的ベネフィットと情緒的ベネフィットをしっかり設計する本質的なマーケティングを続けなければ、持続的に勝てないと考えています。お客さまをつくるために、何を伸ばすことが一番大事なのか。つまり我々の強みを磨き続け、それを生かす戦略と顧客体験がとても重要です。

NPSスコアが約4倍に

DD:インターブランドジャパンが運営し、国内全業界の主要なブランドが対象となる「顧客体験価値(CX)ランキングTM2022」では丸亀製麺が1位を獲得されましたね。南雲:第三者のCXランキングでも評価いただいていますが、過去6年以上トラッキングしているNPSスコアでも大きな成果が出ています。厳しい試験をクリアした麺職人を増員して全店に配置していく3年間のプロセスで、NPSスコアは約4倍になりました。麺職人プロジェクトも、初めは多くから反対されましたが、将来のお客さまをつくるのに必ず役に立つ、そしてブランドをもっと強くすることになる、ほかにはない構造優位となり選ばれるブランドになると見据えたものです。その結果、人を立てたブランディングによりNPSスコアや客数などの数字はもちろん、社員の誇りやモチベーションも高まりました。DD:DX化で人員削減を進める企業が多いなか、まったく逆の戦略ですね。南雲:そこが丸亀製麺の勝ち筋なんです。我々は従業員数を、前年の約120%近く増員しています。人を増やし、人の力を最大化する戦術の展開によって数字もCXも向上することがデータ上でわかっています。裏側のDXは重要ですが、表側のDXは我々の強みではない。それよりも人の温もり、人がいるからこそできる体験価値が差別化であり、我々の強みを尖らせていくことになるのです。

データ×直感でキードライバーを見つける

DD:データサイエンスも重視していると思いますが、「KANDOドリブンマーケティング」にどう生かされていますか?南雲:売上や客数、単価も見ますが、それ以上にブランドが選ばれるための消費者を動かすキードライバーを把握することが不可欠です。ブランドイメージに関する重要指標を週ごとにトラッキングし、さらにSNS上の声やCSへの意見も毎日リアルタイムにトラッキングして、重要指標のうち下がっているものには関連部門と連携し速やかに手を打ちます。もちろん、データだけではわからないその奥にあるものを見極める必要もあり、自分が現場や消費者を見て感じた感性とデータを行ったり来たりして、最終的に正しいと思う手を打つようにしています。そして仮説通り機能しなかった時の二の手、三の手も用意してコミュニケーションをしています。「お客さま感情や評価」を図る直感的なアンケートは店頭やレシートのQRコードから簡単なアンケートに飛べるようになっています。その感情や評価のデータを我々は「丸亀感動スコア」と呼んでいます。毎月約7万件になり、店舗数で割ると1店舗で毎月約100件。翌日に各店舗で前日のスコアを見られる状態にしており、従業員を褒めるきっかけにしてモチベーションを上げています。評価の低かった項目をすぐに見直して改善し、できるだけリアルタイムでCXが向上できる仕掛けにしています。また、現在の従業員約3万人のEXを測れる仕組みを準備しています。この「丸亀ハピネススコア(仮称)」は、チームはもちろん個々のモチベーションはどうか、働き甲斐はどうか、チームとしてPRIDE(誇り)が減っていないかなどが見られるようになります。ハピネススコアが上がるということはモチベーションも上がっているということで、お客さまへのサービスも向上します。すると感動スコアとハピネススコアがスパイラルアップし、ブランドバリューも上がるというわけです。DD:非常に理想的な循環ができているように思いますが、課題はありますか?南雲:感動をつくり、感動体験を提供してきたのがこれまでの丸亀製麺でした。これからは、感動をつくり続けるのは当然ですが、従業員の働く幸せをつくっていくことだと考えています。働く幸せが感動をつくり、感動がお客さまをつくる。そのためにも従業員一人ひとりのコンディションを可視化し、店舗ごとの課題に沿ったアクションをしなければなりません。DD:マーケティングチームがHR領域にも関わっていくということでしょうか。南雲:従業員のインサイトを知ることもお客さまのインサイトと同じように重要です。HR領域とマーケティングで持続的な成長へつながるハイブリッドモデルをつくり、業績が伸びることを証明したいんです。インサイトを探るのは、やはりマーケティングの知見や感性が必要なので、我々のチームでトラッキングしていき、働きたい組織、選ばれる企業を目指していきます。DD:事業の本筋はリアル店舗であり、人の温かさですが、裏側はデジタルが支えているわけですね。南雲:我々にとってデジタルは我々にしかできない体験価値を支えるものであり、目標を実現するツールです。ハピネススコアはデータサイエンス会社と一緒につくったAIでデータをとっていきます。

マーケティングをすべて数字で説明したい

DD:マーケティングを考える上で重視していることはなんでしょうか。南雲:消費者を動かすインサイトをどう掴むか、ということでしょうか。ここに届けば行動が起きる、ここをつつけば売れるということを、データサイエンスと感性を駆使して、できるだけ掴みにいく。インサイトを掴んだ上で、戦略・戦術をつくる。そこを突き詰めずに、表面的で安易な手を打ってしまってはダメなんです。私はテニスをするのですが、選手だった時代は、授業中に、ノートにデータやテニスコートを書いて、戦略や戦術を練るのが好きでよくやっていました。私は背が高いわけでもないしパワーがあるわけでもないので、戦略や戦術で勝つしかないわけです。「ここにサーブを入れたらここにリターンがくる確率が○%だからこう張っておこう」「相手はこういうプラン・気持ちだろうから、こうしたらペースが乱れて勝手に崩れるかも」など、相手を観察して未来を妄想するのが好きだったんですね。そして実際に勝てるようになっていきました。そういった意味では、若い時からどうしたら勝てるようになるか戦略や戦術をよく考えていました。あとは、マーケティングのすべてを数字で説明できるようにすること。感性で感じたこととデータをすべて統合して、ロジックと再現性を常に説明できるように意識しています。今後は、プロスポーツの世界で行われているように、ファンと一体となって「感動の瞬間」「感動体験」をつくり続けること、そして現場の感性とリアルタイムで捉えるデータをアジャイルに活用して勝率を高めるマーケティングにもっとチャレンジしていきたいと思っています。Written by 島田ゆかりPhoto by 三浦晃一