ウイスキー復権の立役者は「角ハイ」。近年は「トリス」や「ジムビーム」ハイボールも市場拡大に貢献している(撮影:尾形文繁)

近年、需要の急拡大に対して原酒の生産が追いつかない状態が続くなど、勢いが止まらないウイスキー

各社は増産に向けて巨額の設備投資を進める。サントリーは昨年、2024年にかけて100億円規模の投資を実施すると発表した。

アサヒビール傘下のニッカウヰスキーも、貯蔵施設の増強など、新たに60億円の設備投資を実施し原酒不足への対応を進め、継続的に投資をかける構えだ。また、店頭価格2000円以上の「プレミアムウイスキー」の市場で、将来的に世界10位以内の販売数量を目指す(現在は50位程度)。

中・低価格帯品も底堅い。大手通販サイトではサントリー「角瓶」(4リットル、希望小売価格税別9390円)が税別1万3000円程度、制限つきで販売されるなど、供給が行き届かない人気ぶりだ。ハイボール缶も人気で、ウイスキー市場は右肩上がりの回復を続けている。

過去に大きな浮き沈みも経験してきたウイスキー。なぜ今、ここまでの人気を博しているのか。

一時は原酒製造を中止するほどの落ち込み

日本におけるウイスキー人気のピークは約40年前に遡る。戦後から高度経済成長期にかけ、消費量は大きく増加した。

しかし、その後は焼酎やチューハイ、ワインのブームが次々に到来。ウイスキーは「おじさんが飲む、ウンチク(を語る)酒」というイメージが定着し、縮小が続いた。ニッカウヰスキーは一時、原酒の製造を止めていたほどだ。


その中でも、1929年に国内初の本格ウイスキーを発売したサントリーは、なんとか巻き返すべく、新しい飲み方を探ってきた。

1990年代後半は国産ウイスキーと炭酸水を1対3で割り、大きなグラスで提供する「Dハイ」(でっかいハイボール)を発案。大型広告を打つなどビールと同様のマーケティングを行ったが、ハイボールの認知度は低く、消費者はついてこなかった。

焼酎が流行すると、ウイスキーと水を1対1で割り(一般的な水割りはおよそ1対2.5)、あえて焼酎に近いアルコール度数にした「ハーフロック」を提案。だが、度数が高すぎて受け入れられなかった。

こうしてウイスキー市場は25年もの間、縮小傾向が続き、2008年の販売数量はピーク時の約6分の1まで落ち込んだ。

どん底期の2007年、サントリー洋酒事業部(現ウイスキー部)へ配属されたのが奈良匠ウイスキー部長だった。当時はビールが1日100杯出る居酒屋でも「ウイスキーは月に1〜2杯しか売れなかった」(奈良氏)ほどの厳しさだった。

ところが、2008年に入ると、徐々に現場の変化が報告されるようになる。営業担当者から「ビールの度数に近いハイボールがよく飲まれている居酒屋がある」との情報が入るようになったのだ。

そんなとき、ウイスキーが苦手な社員が放った言葉がヒントになった。「ウイスキーをジョッキで、ビール感覚で飲んでもらうのはどうですか」。当時、業界にウイスキーをジョッキで飲む発想はなかった。ハイボールの可能性を感じていた奈良部長も「これならいけるんじゃないか」と開発に取り組むことになる。

新たなハイボールを売るために、サントリーが立てた戦略はこうだ。まずはレシピ。使用するブランドは「角瓶」とし、ターゲットを若年層に絞った。ウイスキーが濃くなりすぎないよう、作り方も明確に手順を決めた。ジョッキにレモンを搾り、山盛りの氷を入れる。ウイスキー1に対し、よく冷えた炭酸水を4の割合で注ぐ。これを「角ハイボール」とした。

小さな居酒屋から少しずつ流行を作った

次はどこで売るかだ。サントリーは当時から若者に人気だった銀座コリドー街の立ち飲み屋「丸吟」を、角ハイのモデル店に選んだ。


2008年頃は、リーマンショックの影響もあり、サラリーマンが安さを求めて立ち飲み屋に集まっていたことも追い風だった。角ハイは一気に支持を集め、同店で1日100杯以上売れるヒット商品となった。

2009年にオープンした「銀だこハイボール酒場」も注目を集めた。現場で「ビールだけでなくハイボールも売れる業態にしたら面白いんじゃないか」と商談が進んだという。

ハイボールの流行はメディアに取り上げられ、「ウイスキーが、お好きでしょ」と宣伝するCM効果もあり、角ハイの取扱店は一気に広まっていく。

2009年のサントリーの調査では、1月にハイボールの認知率が31%、飲用経験率が4%だったのに対し、年末にはそれぞれ78%、26%となり、知名度が1年で大幅に上がったことがわかる。

ブームに拍車をかけたのは、2009年発売の「角ハイボール缶」。家で氷や炭酸水を用意するのは手間がかかる。缶で手軽に角ハイを楽しめるようにした商品だ。発売以降はCMも含めて「家庭で飲むハイボール」というイメージ構築を進め、家庭に浸透させていった。

2010年代以降は、角ハイで需要を取りきれなかった層へのアプローチを進めた。2010年には、より手頃な価格帯の「トリスハイボール」を提案。角ハイよりもカジュアルなイメージで、20代女性などの支持を集めた。

2014年にはアメリカ蒸留酒大手のビーム社(現サントリーグローバルスピリッツ)を買収し、バーボンウイスキーを使った「ジムビームハイボール」(ジムハイ)を提案。国産にはない輸入もののよさを訴求し、需要開拓を進めている。

さらには2000年代以降、ジャパニーズウイスキーがインターナショナル・スピリッツ・チャレンジなど国際的なコンペティションで評価されるようになると、サントリー「山崎」やニッカウヰスキー「余市」など、高価格帯品の人気も過熱していく。

2023年、サントリーのウイスキー販売金額は10年前の2014年比で倍増となった。ハイボール文化を育て、醸成してきたこと。ブームが下火の中でも地道な飲み方の提案をやめず、試行錯誤を続けたことがウイスキーの復権につながっていった。

ハイボールは「ソウルドリンク」になれるか

しかし、国内酒類市場には課題もある。人口減少による市場縮小は必至だ。低価格帯のカテゴリーでは、ハイボール缶よりも安価な発泡酒や旧・新ジャンル、チューハイなど競合がひしめく。ウイスキーやハイボールもブームが去れば原酒が余り、設備投資が無駄になるリスクもある。

それでもサントリーは、今後も国内外で需要が安定的に伸びていくと見る。ウイスキー部の鈴木崇資課長は「コロナ禍で消費者の嗜好は大きく変化し、(ウイスキーやハイボール缶のような)多少値段が高くても本格的なものを飲みたいという需要が増えた」と話す。実際、コロナ禍を経ても、ハイボール缶の伸びは続いてきた。


鈴木崇資ウイスキー部課長(写真左)と奈良匠ウイスキー部長(写真右)。2008年から7年間「角瓶」のブランド担当を務めた奈良部長は「以前は社内に”ウイスキーは何をやっても売れない”という雰囲気があった」と振り返る。

「ハイボールの次はどんなお酒かと聞かれても、やっぱりハイボールだ。働く日本人の、ひいてはアジアのソウルドリンクになってほしい」(奈良部長)。

国内の業務用は角ハイとジムハイの2ブランドを柱に、飲食店に両商品を置いてもらえるよう営業を進める。海外では世界的に知名度の高いジムビームを武器とし、韓国などアジア中心に、ハイボール文化を根づかせる考えだ。

物価高で節約志向が高まり、低価格帯商品の競争が激化する中、ハイボールは今後も成長を続けられるか。質と価格のバランスを重視した綿密な戦略が求められそうだ。

(田口 遥 : 東洋経済 記者)