【闘病】「胃薬飲めば大丈夫」と言われ症状を放置してしまった… 『クローン病』

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若くて、毎日が楽しかったころ、多少の不調を「そのうち治る」と、放置してしまった経験があるという人もいるのではないでしょうか? 話を聞いた鈴木さん(仮名)もクローン病を放置してしまっていたそうです。仕事やスポーツに充実した日々を送っていて、検査・診断が遅れてしまったと言います。「私が病気なわけがない」と思い込んでいた生活から、どのように検査・診断に至ったのでしょうか。

※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2024年3月取材。

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体験者プロフィール:
鈴木 恵子(仮称)

30代女性。主に男性が発症するというクローン病を20代で発症。女性患者の前例がほとんどない中、結婚、妊娠し、無事、健康な男児を出産。産後、体調が悪化し、仕事を辞めることとなる。出血多量でショック状態になり、何度も救急搬送された。半年の絶食治療を経て、日常生活に復帰するも、毎日痛み止めの注射を打ち、疼痛コントロールしながら生活している。

記事監修医師:
和田 蔵人(わだ内科・胃と腸クリニック)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。

「私が病気なわけがない」と思い込んでいた

編集部

最初に不調や違和感を感じたのはいつですか?

鈴木さん

激しい胃痛に体重減少、下痢、腹痛。今思い返すと、症状は2006年ごろから出ていたと思います。当時大学2年生で、大学生活やバイトを楽しんでいた私は、まさか病気だとは思わず、「お腹でも壊したのかな……」くらいに考え、町医者で胃薬を出してもらっていました。薬を飲んでも多少改善するだけで完治はしませんでしたが、そのころは毎日が楽しく、そのうち治るだろうと思っていました。

編集部

悪化することはなかったのですか?

鈴木さん

大学を卒業し、社会人になったのが2008年。希望通りの会社に入れて満足していました。希望とは別の部署でしたが、それなりにやりがいを感じながら楽しく過ごしていました。さらに2013年4月、密かに勉強していた情報処理試験の難関科目に合格し、それが評価されて、希望の部署に異動することもできたのです。その間も症状はずっと続いていましたが「私が病気なわけがない」と思い込み、町医者でも「胃薬を飲めば大丈夫」と言われていたので安心していました。そのころには、痛みや下血もするようになり、ひどい貧血症状も出始めていましたが、騙し騙し生活するのが当たり前になっていました。

編集部

受診から、診断に至るまでの経緯を教えてください。

鈴木さん

2013年6月、27歳の時に、市内の大きな病院を受診しました。そのころの私は、仕事も希望の部署に異動になり、仕事はやる気満々。運動神経が良いところが社内の野球部員の目に留まり、野球未経験者ながら野球部に入って、業務外でも楽しく過ごしていました。あるとき、野球の大会で優勝し、その賞金で焼肉の食べ放題に行きました。その夜に今までにないくらいの激しい腹痛、41度の熱で寝ることができませんでした。翌朝には全ての症状が落ち着いていたのですが、その様子を見ていた親に「さすがにおかしい」と、入院施設がある大きな病院に連れて行かれることになりました。

編集部

そこでクローン病がわかったのですか?

鈴木さん

最初の問診で、医師から「クローン病の疑いがある」と告げられました。あれよあれよという間に、採血、採尿、造影CT、点滴の検査・処置が行われ、気がついたら夕方になっていた感じです。一般診療が落ち着いたころ、医師から検査結果の説明がありました。「おそらくクローン病だろうから、明日、胃カメラと大腸カメラを行う」とのことでした。翌朝、検査を受けた結果、即入院となりました。ただ、その病院には常勤の消化器内科医が1人しかいないとのことで、県で1番大きい大学病院のベッドが空き次第、転院すると言われました。ベッドが空くまでの1週間、点滴のみで栄養を補給し、食べ物・飲み物をいっさい口にできませんでした。翌週、大学病院に移り、もう一度詳しい検査をするとのことで、採血、採尿、胃カメラ、大腸カメラ、小腸内視鏡、造影CTを再度受けました。結果はやはりクローン病。そこから約2ヶ月入院することとなりました。

編集部

告知はどのような形でしたか?

鈴木さん

両親とともに、ナースステーションでパソコンで検査画像を見せてもらいながら説明を受けました。この時は、現実を受け入れられず、半分パニックになっていたと思います。泣きながら話を聞いていた記憶しかなく、何を説明されたのかは覚えていません。大学病院では、まずは私が1人の時に主治医が部屋に訪れ「クローン病で間違いない」と言われました。その後、母が呼ばれ、詳しい説明を2人で聞きました。現在の状況、治療方針、これからの生活について、一通り説明を受けた記憶があります。この時は、ある程度の気持ちの整理がついていたので、落ち着いて聞いていたと思います。

編集部

受け入れるのには時間がかかりますよね。

鈴木さん

私は大学で管理栄養士の資格を取っていたので、クローン病という名前を聞いて、難病であることや食事制限が必要であることは瞬時にわかりました。詳しい説明を聞く前に、自分がどうなっていくのかが分かってしまっていた分、普通の人より早く絶望感を味わうことになってしまったのかもしれません。

まさか自分の栄養指導をするとは

編集部

どんな病気なのでしょうか?

鈴木さん

クローン病は、炎症性腸疾患の一つです。口から肛門まで、どの消化器にも炎症が起きる病気で、原因がある程度は分かっていても、完全には解明できておらず、治るものではありません。悪い状態から寛解の状態に持っていくのを目標とする病気です。10代の男性での発症例が多いのですが、私は27歳で分かりましたし、女性ということで、珍しいと言われました。

編集部

どのように治療を進めていくと医師から説明がありましたか?

鈴木さん

方法は大きく分けて2つとのことでした。1つは手術を受け、炎症がひどいところを切る。そして、人工肛門を造る方法。もう1つは、薬物療法で、できるだけ寛解の状態に持っていけるようにすること。ただ、手術をしても、薬物療法は一生続けなければならないし、手術をしたからといって、新たな炎症が起きないとも限らないとのことでした。家族と相談して、手術は最終手段として、まずは薬物療法での治療を選択しました。

編集部

そのときの心境について教えてください。

鈴木さん

手術はできるだけしたくないという想いがあったので、薬物療法で治療ができるならそちらを選択したいと自分でも思っていましたし、親戚に医者が5人いるので、相談もしました。日本で有数のクローン病に詳しい先生と言われている医師にセカンドオピニオンもいただき、「今の段階では薬物療法が望ましい」との意見もいただいたので、薬物療法の選択に迷いはありませんでした。

編集部

実際の治療はどのようにすすめられましたか?

鈴木さん

化学療法を開始すると、みるみる状態が良くなりました。炎症もおさまり、食事の許可が出ました。しかし、食事は腸への刺激になるので、食事をしてはまた熱を出し、絶食。安定したらまた食事を再開するといったことを何度か繰り返して、かなり食事制限があったものの、2ヶ月で退院することができました。

編集部

受診から治療、現在に至るまで、何か印象的なエピソードなどあれば教えてください。

鈴木さん

2014年に結婚し、2015年に男の子を出産したことです。この病気は女性の症例が少ないこともあり、大学病院でも、クローン病患者の出産は前例がなかったようです。そこでは「妊婦の時は比較的症状が安定し、産後に悪化するだろう」とも言われました。分からないことだらけの妊娠生活で、何かあった時の対応ができないとのことで、大学病院で出産しました。幸い、子どもは元気で異常無し。すくすく育っていきました。

編集部

ご自身に影響はなかったのですか?

鈴木さん

私はと言うと、先生に言われていた通り、産後に悪化し、直腸に潰瘍がたくさんできてしまいました。動脈が切れて、何度も救急搬送されるという生活が5年ほど続きました。救急車もそれぞれ管轄があるので、自宅で呼んだ時は市内の病院に搬送されるのですが、私の場合、市外にある大学病院でしか対応できません。ですので、私が救急車を呼んだ時は、市を越えて離れた大学病院へ搬送してもらうよう、消防署へ予めお願いしていました。動脈出血で運ばれると、大腸カメラで確認し、すぐに止血術が行われます。そして、出血性ショックになってしまうので、輸血が行われました。ただ、炎症はストレスなども原因になりますが、食事による影響が大きく、絶食治療を半年続け、ある程度の寛解状態にまでは戻すことができました。

編集部

病気になって感じたことを教えてください。

鈴木さん

まず、病気になったのが自分で良かったなと思いました。この病気は一生続くし、激しい痛みも伴います。私は家族が辛い思いをしているのを見るくらいなら、自分が背負えば良いと思いました。見ていて辛くなると思ったからです。この病気は食事制限があるので、食べたいものをいつでも食べられるわけではありませんが、状態が良い時は、少し食べることはできます。自分で調整すれば良いので、管理栄養士の資格があって良かったと思います。当時は、まさか自分の栄養指導をすることになるとは思ってもいませんでしたが。

早期発見・早期治療が一番です

編集部

今までを振り返ってみて、後悔していることなどありますか?

鈴木さん

症状が出始め、町医者で薬をもらって改善しなかった時に、もっと早く大きな病院に行っていたら良かったと思います。病気は「早期発見」とよく言われますが、その通りだと思います。主治医がいつも言いますが、私は病気がかなり進んでからしか治療ができていないので、お腹の中で、大腸や小腸がかなり変形してしまっているらしいです。早めの治療が1番ですね。

編集部

現在の体調や生活はどうですか?

鈴木さん

現在は息子が小学2年生になり、2023年の11月から、ミニバスケットボールのクラブチームに入りました。私は小学校1年生~高校3年生までバスケットボールをやっており、全国大会出場経験が2度あります。この地域ではある程度有名だったため、息子のクラブチームから、コーチと帯同審判の依頼がありました。すぐにライセンスを取り、今は週に3~4回、指導をしています。根っからのバスケ好きなので、すごく楽しいです。

編集部

それは素晴らしいですね。

鈴木さん

ただ、痛みは相変わらずありますので毎朝、病院に行き、強い痛み止めを1日1回注射してもらっています。注射のほかにも、強い痛み止めを1日に4~6回飲みながら生活しています。また、毎月1回大学病院に行き、採血と飲み薬の処方、化学療法をしています。胃カメラなどの検査がある場合は、診察とは別日で行かなければなりません。

編集部

医療機関や医療従事者に望むことはありますか?

鈴木さん

多くの方の支えがあって、ここまでやってこれました。いつも、親身になって相談に乗っていただけるので、今のままで十分感謝しています。といっても、病気発覚からまだ10年です。何歳まで生きられるのかは分かりませんが、まだ38歳ですので、まだまだ長い目で付き合っていかないといけないと思っています。主治医や看護師さんには「これからもよろしくお願いします」と伝えたいです。

編集部

最後に、読者に向けてのメッセージをお願いします。

鈴木さん

「自分は大丈夫」と過信しないことが大切じゃないでしょうか。私は小学校から中学校まで9年間皆勤賞で、遅刻も欠席もありません。こんな健康優良児でも、病気になります。何があるかわかりません。可能であれば、年に1度の人間ドックをお勧めします。難病患者と聞くと、「辛いね。大丈夫?」と言われることもありますが、私は、普通の人と同じ気持ちで生活しています。私の様に、見た目では分からない病気の人がたくさんいます。最近やっと「ヘルプマーク」が認知されてきました。「何がお手伝いしましょうか?」と声をかけるのはとても勇気がいるでしょうが、ヘルプマークをつけている人が何か異常があったような時には、手を差し伸べてくださると助かります。

編集部まとめ

「自分は大丈夫」と過信しないことが大切。本当にその通りだと思います。症状があれば我慢せず医療機関に行く、定期的に人間ドックや検診を受けるなど、忙しい人こそ、自分をケアすることを大事にしてほしいと思います。

なお、Medical DOCでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。

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