映画「バティモン5」に映る"移民たちのリアル"
『バティモン5 望まれざる者』©SRAB FILMS-LYLY FILMS-FRANCE 2 CINÉMA-PANACHE PRODUCTIONS-LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE -2023
日本政府は在留資格「特定技能」人材を拡充し、2024年度から5年間で82万人の外国人を受け入れることを閣議決定した。
筆者は行政書士として外国人の在留資格申請手続に関わり、主に建設業や製造業の分野で、人手不足に悩み、切実に外国人人材を欲する経営者たちの声を聞いてきた。一方で、SNSなどでは外国人を排除しようとする論調も少なくない。
そんな今の時代に見ておきたい1本が、2024年5月24日から公開されている、ラジ・リ監督の『バティモン5 望まれざる者』だ。
団地の一角の取り壊しを巡る対立
舞台はパリ郊外の労働者階級の移民家族たちが多く暮らす団地の一角に立つバティモン5。前市長の急逝で、臨時市長となった医師のピエール(アレクシス・マネンティ)は、居住棟エリアの復興と治安改善を政策とし、強硬にバティモン5の取り壊し計画を進める。
しかし、その計画は大家族の貧困層の実態を無視したものであり、住民たちは猛反発。両者の溝が深まる中、移民たちのケアスタッフとして働き、バティモン5に住むアビー(アンタ・ディアウ)は、友人ブラズ(アリストート・ルインドゥラ)と共に住民たちが抱える問題の解決に奔走するが、やがて両者の均衡は崩れ、激しい抗争へと発展していく。
ラジ・リ監督は、『レ・ミゼラブル』(2019年)でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞し、その名が世界に知られるようになった。
マリにルーツを持つ、ラジ・リ監督は「この物語に描かれている怒りと排除の衝突はフランスの現実である」と語るが、本作で描かれている移民問題は日本の将来とまったく関係がないこととは思えない。
今回は、ラジ・リ監督へのインタビューと、本作公開を記念して5月末に開催されたパリ出身のラッパー、ダースレイダー氏と東京都立西高等学校の生徒たちのトークセッションをヒントに、日本人は外国人とどのようにして向き合うべきなのかを考えてみたい。
本作の舞台である架空の街モンヴィリエのモデルは、ラジ・リ監督が育ったパリ郊外の移民労働者の居住地モンフェルメイユだ。
民間の共同所有物件が多いこの地域は、投資家たちがアパートを大量に買い占め、すぐに売って多額の利益を得ようとしたものの失敗。賃貸に出すことを余儀なくされたあげく、管理費を支払わなかったことから、劣化が急速に進んでいた。
行政はこうした事態に対し、都市再生計画を実施。建物の取り壊し前に住戸を買い取ったが、補償金から未払い管理料が差し引かれたことで、住民たちが受け取る補償金はごくわずかだった。
そんな街で育った、ラジ・リ監督は1978年生まれ。マリにルーツを持ち、この地にあるバティモン5(2020年に解体 ※バティモンは建物の名前)で育った。1990年前半から、地域全体の再生計画が始動し、1994年にはボスケ団地にあるバティモン2が爆破により取り壊された。劇中でも爆破シーンがあるが、これこそがラジ・リ監督の原風景なのだ。
人種などを理由とした職務質問も
行政が自分たちにとって都合の悪い者にレッテルを貼り、排除しようとする。それは、本作だけではなく、世界的に見られる傾向であろう。
『バティモン5 望まれざる者』©SRAB FILMS-LYLY FILMS-FRANCE 2 CINÉMA-PANACHE PRODUCTIONS-LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE -2023
例えば、日本でも同様の事象がある。もちろん、違法行為をしている外国人は日本のルールを守れない者として国外退去になるべき対象だと言えるだろう。
しかし、現在、人種などを理由に必要のない職務質問を繰り返し受けている人もいる。そして、そのことが憲法に違反する差別であるとして、2024年1月には、外国出身の3人が国などに賠償を求めて提訴した。
こうした日本の現実は、ラジ・リ監督の前作『レ・ミゼラブル』でも扱われたBAC (犯罪対策班)とも状況が近似する。
筆者は実際に日本に帰化した外国人から、警察官から職務質問を受けて、在留カードを見せたところ、「こいつ、帰化してやがる」と言われた、という話を聞いたことがある。
残念ながら、こうした外国人差別は、ビジネスの世界にも存在する。
日本企業から信用されたいために、先に代金を支払ったものの、商品を納品してもらえなかった外国人経営者の企業のケースもある。
在日外国人は、このような日本人に対して怒るというよりは、諦めてしまっているようだ。
差別的な扱いを受けた人の中には、永住権取得者や、帰化した人もいる。長い間、日本の社会で税金を払って、社会に根付いているのになぜ? と思う反面、母国へは帰りたくないと話す人もいた。日本ほど、清潔で快適な国はないからだという。また、日本に来るために留学費用を含め、多額の資金を投資している。それならば多少不快なことは我慢しよう、という理由のようだ。
いつまでたっても肌の色で差別される
しかし、これが、「フランスでフランス人として育った」ラジ・リ監督のように2世・3世になると不満だけが募るのではないか。この点についてラジ・リ監督に聞くと、以下のような回答があった。
「親の世代は仕事を求めてフランスに来て、稼いだら祖国に戻るという人もいた。ところが、私たち2世・3世は、フランスで生まれ育って、自分の居場所はここしかない。にもかかわらず、周りからは『君達は半分ぐらいフランス人かな』と言われてしまう。例えば、アメリカなら、そこに住んでいればアメリカ人なのに、ここではいつまでたっても肌の色で差別されてしまう」
ラジ・リ監督(写真:筆者撮影)
これと同様のことが、日本でも起こりつつあるのではないか。先に述べた、警察官の態度は明らかに「見た目で日本人とは違う扱いをする」証左だ。
若者にも目を向けると、親の都合で来日した未成年者の多くは、高校では夜間クラスのある学校に入って、学んでいる。そこでは先生方が彼らの進路も含めて熱心に指導していると聞く。一方で、小学校までは学校に通っていたが、中学校に進学すると、日本語の授業がわからず不登校になるケースもあるようだ。
そして現在、一部の地域では未成年の在日外国人による犯罪が起きている。先に述べた、一部の横柄な態度の日本人と接するうちに、「居場所がない」と感じていることが影響しているのかもしれない。
日本社会の身近な大人によるフォローが受けられない場合、些細なことがきっかけで非行に走る子どもたちの心境は、日本人の未成年と同じだろう。
また本作で描かれるような地域の問題は、やはり低所得であることに起因する。安い賃金で移民人材を使い続けると、地域は発展せず、人々の不満だけが募り、自然と治安も悪化していく。お金を貯めて母国に帰る人もいる一方で、貧しい状況から抜け出せない人もいる。
本作では、行政との間に立ち、移民をフォローし続ける女性がいる。聡明で思慮深く、行動力のある、マリにルーツを持つフランス人女性アビーだ。
彼女のモデルについて、ラジ・リ監督に聞くと、育った地域には住民のために尽力するアビーのような女性たちがたくさんいたとのことだ。
今まで黒人でスカーフを被った女性たちが映画の中に登場することは多くはなかったが、本作は彼女たちに捧げるオマージュであると語る。
このアビーのような人には、男女問わず、日本にも存在する。その多くは永住者か帰化した人たちだ。言わば日本社会の先輩として彼らに頼られている。今後、アビーのような人が在日外国人と日本社会の融和を担っていくのだろう。
環境問題で移住を迫られるかもしれない
では、この映画について現役高校生はどのような感想を持ったのか。先に述べたダースレイダー氏と都立西高等学校の高校生のトークイベントでは、活発な議論が繰り広げられた。
ダースレイダー氏と都立西高等学校の生徒たち(写真:筆者撮影)
中でも印象に残ったのは、「不満を解決する話し合いに入れてもらえなければ、暴力に訴えるしかないと考える人も出てきてしまう。そうなる前に認め合うことが必要」という意見だった。また利害調整をするのが政治の役割であるとの意見もあった。若い世代は大人世代より成熟した世界観を持っているのだ。
ラジ・リ監督は、これからは、地球温暖化など環境問題でも、強制的に移住を迫られる人々が出てくると話す。グローバリゼーションが進む世界ではその流れは止められず、本作で生じる問題は、世界中どこの地域でも起こりうることであり、その解決の責任はやはり政治にあると語った。
このメッセージをどう受け取るだろうか。まずは、本作を見て考えてみることをお勧めする。
(熊野 雅恵 : ライター、行政書士)