タペストリー(Tapestry)が約90億ドル(約1兆4150億円)を投じてカプリホールディングス(Capri Holdings、以下カプリ)を買収しようとしているが難航している。カプリは、タペストリーの規模に近づいている唯一のアメリカの大手高級コングロマリットだ。

買収を阻止するために提訴したFTCの主張



連邦取引委員会(Federal Trade Commission、以下FTC)は4月22日、この買収を阻止すべく正式にタペストリーを提訴した。この提訴については4月中旬から噂されていた。FTCは、この買収は反競争的であり、タペストリーが「『比較的手頃なラグジュアリー』ハンドバッグ市場で圧倒的なシェア」を得ることになると主張している。

FTCの競争局局長であるヘンリー・リュー氏によると、この買収により「消費者から手頃な価格のハンドバッグに対する競争を奪い、また時間給労働者にとってはより高い賃金と有利な職場環境という面でのメリットを失う」恐れがあるという。

FTCはさらに、タペストリーが手頃な価格のラグジュアリー分野でより多くのブランドを買収する計画を表明していることも問題視しており、この計画は競合他社を淘汰するというさらに広範な戦略を示唆しているとしている。

「タペストリーは連続的な買収企業になるという目標を掲げ、ファッション業界での地位をさらに強固にするためにカプリを買収しようとしている」。

「激しい競争に直面している」と主張するタペストリー



タペストリーは当然ながらそのような見方に異議を唱えている。タペストリーが発表した公式声明では、同社は手頃な価格のラグジュアリーブランドというカテゴリーにおいて激しい競争に直面しており、買収により消費者の選択肢が大幅に減るわけではないと主張している。

同社の声明には、「肝心なのは、タペストリーとカプリは低価格商品と高価格商品の両方からの競争圧力に直面している点である」と記してある。「この提訴にあたって、FTCは現在ダイナミックに拡大している2000億ドル(約32兆円)規模のグローバルラグジュアリー産業の現実を無視することを選択したのだ」。

タペストリーは同価格帯のハンドバッグブランドとの競争に直面している。タペストリー傘下のブランドのひとつであるコーチ(Coach)は、300ドルから800ドル(約4万7000円から約12万6000円)の価格帯のバッグを販売しており、コペルニ(Coperni)、イザベル マラン(Isabel Marant)、ジャックムス(Jacquemus)、ルアール(Luar)、ラグ&ボーン(rag & bone)といったブランドと肩を並べている。

タペストリーの声明には次のように記されている。「ブランドはまた、何を購入するかを検討する際に広範な価格帯に沿って幅広いチャネルやブランドをクロスショッピングする消費者をめぐって競合している。つまり、ラグジュアリーなハンドバッグやアクセサリー、シューズ、アパレルを購入する際、消費者には多くの選択肢があり、それを吟味しているのだ」。

EUは買収を承認



法律専門家のあいだでは、FTCの提訴はその異例さゆえに驚かれており、法的根拠が不確かな可能性が指摘されている。

アンブローズ・ヒルズ・ラザロウ法律事務所(Ambrose, Hills & Lazarow)の設立パートナーで企業弁護士であるジョナサン・ラザロウ氏は、「世界最大のラグジュアリー小売業者であり、実際に市場の主要部分を支配して価格を決定することができるLVMHやケリング(Kering)に対して、米国政府はこれまで一度も行動を起こしたことはない」と語った。

LVMHやケリングといったヨーロッパのラグジュアリーコングロマリットは、タペストリーのこの買収が阻止された場合、ラグジュアリー業界においてより優位な存在として成長することが許されている。ポートフォリオに約75のラグジュアリーブランドを抱えるLVMHは、年間900億ドル(約14兆円)以上を売り上げている。これに対しタペストリーの売上は70億ドル(約1兆円)未満であり、もし買収が成立したとしてもタペストリーが所有する主要なラグジュアリーブランドはわずか7つだ。

この買収が承認されれば、タペストリーはLVMHやリシュモン(Richemont)のようなコングロマリットに匹敵する米国企業となる。EUを含むほかの規制当局はすでにこの買収を承認しており、FTCが最後の関門となっている。ラザロウ氏は、今回の決定により米国のラグジュアリーブランドは厳しい監視下に置かれ、ひいてはブランドの戦略的決定に影響を与える前例となる可能性があるだろうと話す。

「大企業は自社が市場を開拓したりシフトしたりすることを、FTCが懸念しているかどうかを考慮しなければならない」とラザロウ氏は言う。「特定の業界においてはこのような問題が発生する可能性がある。たとえば、あるラグジュアリーブランドがより大規模なコングロマリットや戦略的企業に売却したいと考えている場合、自社がFTCの判断において転機になるかどうかを考えなければならなくなっている」。

アジアでの損失が深刻化



4月下旬のラグジュアリーブランドの決算報告から判断すると、同業界の状況は好ましいとはいえないようである。多くのブランドが軒並み売上減少に苦しんでおり、特にアジアでの損失が大きい。

ケリングは2024年度上半期の収入が前年同期比で40〜45%減少する見込みだと報告した。同社のCEOであるフランソワ・アンリ・ピノー氏は、年初には売上高の減少を予想していたが、それ以降も状況はかなり悪化していると語った。また、特に中国での売上不振が同社に大きな影響を与えていることを挙げた。

一方、グッチ(Gucci)は売上高18%減を報告した。アレッサンドロ・ミケーレ氏の退任に伴い、サバト・デ・サルノ氏が新クリエイティブ・ディレクターに就任してからちょうど半年が経過している。

ゼニア(Zegna)も苦戦を強いられている。4月23日に発表されたように、ゼニアの2024年度第1四半期の売上は5%減少し、収益総額は5億ドル(約789億円)を下回った。ケリングと同様、売上高の減少はある1ブランドに集中している。それはゼニアが新たに買収したトムブラウン(Thom Browne)であり、同社のほかの財務数値を引き下げる要因となった。トムブラウンの売上高は同四半期に35%減少した。またケリング同様、ゼニアの売上減少の大部分は特に中国、そして広範なアジアでの減少によるものだった。

一方、プラダ(Prada)はその流れに抗うことができた。同社は4月24日、純収益16%増、そして小売売上高の18%増を報告した。小売売上高の89%増を達成したミュウミュウ(Miu Miu)が、そのポートフォリオのなかで傑出したブランドとして挙げられた。またプラダはアジアにおいて他社とは大きく異なり、その売上高は18%増を記録した。同四半期の日本での売上は46%増、欧州では18%増であった。

プラダグループのCEOであるアンドレア・ゲッラ氏はプレス声明において、「今年はポジショニング、クリエイティビティ、コミュニケーションの鋭敏性が重要になる。業界に新たな動きが生じているなか、我々は堅実で持続可能な、そして市場を上回る成長を実現するという野心を持ち続けている」と語った。

[原文:Luxury Briefing: Does the FTC have enough to block the Tapestry-Capri deal?

DANNY PARISI(翻訳:ぬえよしこ、編集:都築成果)