フランス・ベルギー・オランダ・ドイツ間の高速列車「タリス」は2023年9月、吸収合併により約27年間親しまれた名称が消えた(撮影:橋爪智之)

現在のヨーロッパの鉄道は、上下分離とオープンアクセス化により、官民問わずさまざまな鉄道会社が国や地域、路線に関係なく、自由に列車の運行に参入することが可能となった。国際列車の運行も、以前は必要だった乗り入れ相手国側の鉄道への調整や許可でもめることも少なく、申請が通れば営業運転できる。

このため、同じ線路上をさまざまな企業が運行する都市間列車や国際列車が走り、ヨーロッパの鉄道は色とりどりの車両が走っている。

一方で、資金的に余裕のある旧国鉄系の鉄道会社とは異なり、民間の列車運行会社は栄枯盛衰が激しく、利用者の多い有名な列車があっさり消滅してしまうことも多い。高い人気を誇りながらもその名が消えた列車、そして運行会社そのものが消滅した列車と、その理由を紹介したい。

【写真】2023年9月でその名が消えた高速列車や、イタリアとスイスを結んだ人気列車(20枚以上)

名前が消滅「ワインレッドの特急」

フランス・ベルギー・オランダ・ドイツを結んだ高速列車「タリス」は、イギリスと欧州大陸を結ぶ「ユーロスター」を運行するユーロスター社に吸収され、2023年9月にその名が消滅した。

タリスは1996年1月に運行を開始した国際高速列車で、流線形のボディをレッドとシルバーに塗り分けたそのカラーリングから「美しいワインレッドの特急列車」「お洒落な赤い高速鉄道」といった、少々歯の浮くようなキャッチコピーがガイドブックや旅行ツアーのパンフレット上に踊り、高い人気を誇った。

パリ―ブリュッセル間は、もともとビジネス客の利用が非常に多く、1957年に運行を開始した「TEE」(ヨーロッパ国際特急)の最初の運行区間としても知られる。高速新線の開業と共に運行を開始したタリスは、時間帯によっては30分間隔で運行されるなど高い乗車率を誇った。


1996年に運行を開始した「タリス」。この車両はドイツ以外の3国を走る車両(Thalys PBA)だ(撮影:橋爪智之)

それだけに、ユーロスターへ吸収される形での両社の合併が報じられたときはまさかという思いであった。2019年に両社の合併が発表されると、2022年に欧州委員会から正式に合併の承認が下り、その後は新ブランドロゴの制定などを経て、2023年9月をもって約27年間親しまれた「タリス」という名前はあっさりと姿を消した。

しかしながら、昨今の経済状況の悪化や運用コストの上昇、さらには他交通機関との価格競争による収益力低下などが徐々に会社の体力を奪っていき、近年は車内サービスの簡素化などが目立っていた。タリス単独で生き残っていくことは、コロナ禍やウクライナ情勢などがなくても難しかったといえる。

ユーロスターとなった現在の旧タリスは、そのまま元の車両を使い、塗装も赤と銀のままで、ロゴだけをユーロスターへ変更して運行を続けている。サービス内容も、英仏間の列車とは完全に分かれており、親会社と名前だけが変わったというのが実情だ。


「ユーロスター」のロゴが入った旧タリスの車両(撮影:橋爪智之)


ユーロスターとなった旧タリスの車両。先頭部の表情はやや変わっている(撮影:橋爪智之)

一方でユーロスター社は、現行車両を置き換える新型車両の選定に入ったと報じられており、それが英仏間で使用されているシーメンス製になるのか、TGVを製造するアルストム製になるのか、はたまた別のメーカー製になるのかが注目されている。

会社ごと消えた人気国際特急

「チザルピーノ」という列車名を聞いたことがあるだろうか。「ああ、そういえばそんな名前の列車を聞いたことがあるな……」という人はいるのではないか。少なくともその程度の知名度はあったと思う。


ジュネーブからミラノへ向かう「チザルピーノ」(撮影:橋爪智之)

この列車はイタリアとスイスの間を結ぶ国際列車だった。観光旅行の訪問先では常に上位となる人気の2カ国を結ぶ列車だったこともあって、メディアでの露出が多く、日本でも子供向けの図鑑などでしばしば紹介されたため、海外の列車としては比較的知られた存在だった。

「だった」と過去形なのは、運行していたチザルピーノ社が解散し、列車そのものが消滅してしまったからだ。

チザルピーノ社は、イタリアとスイスの間を結ぶ国際列車を運行するため、イタリア鉄道とスイス連邦鉄道が半分ずつ出資して設立した合弁企業だった。それまで各国鉄が保有する車両の寄せ集めで運行されていた両国間の国際列車とは異なり、チザルピーノ社が保有する振り子式特急列車「ETR470型」を導入し、専用車両として運行した。


イタリアとスイスを結ぶ「チザルピーノ」は人気の高い列車だった(撮影:橋爪智之)

チザルピーノのETR470型は、自動車を筆頭に数々の名デザインを生み出した工業デザイナーのジゥジアーロがデザインを手がけ、白い車体に青と緑のストライプという斬新さで非常に人気が高かった。スイスとの合弁企業の車両でありながら、雑誌やガイドブックでイタリアの鉄道を紹介するとき、ほかのイタリアの車両を差し置いて、このETR470型が「イタリアを代表する特急車両」のような形で紹介されたこともあったほどだ。


ミラノ中央駅に停車中のETR470型「チザルピーノ」(撮影:橋爪智之)


ETR470型は有名工業デザイナーのジゥジアーロがデザインした(撮影:橋爪智之)

利用客数も多く、のちに列車の増発が必要となったが、新型車両の投入が遅れたため一時期はチザルピーノの色とロゴだけを入れた一般の客車を運行していたこともあった。その後、メーカーからの納入は大幅に遅れたものの、2009年7月には待望の新型車両であるETR610型が営業を開始した。

人気者だったチザルピーノだが、イタリア国内で発生する列車の遅延、さらにはETR470型そのものの信頼性の問題などが重なり、スイス連邦鉄道側が提携の解消を求める事態となってしまった。結局、2009年12月のダイヤ改正をもってチザルピーノは運行を取りやめ、設立16年目にして会社は解散した。

新型車両のETR610型は、営業開始後わずか5カ月でチザルピーノとしての営業運転を終えることになってしまった。保有していたETR470型9両編成9本と、ETR610型7両編成14本は、半分ずつスイス・イタリアの両国へ分配され、引き続き両国間を結ぶ特急列車として運行を続けた。ダイヤ改正以降は、それぞれの国が単独での乗り入れを行う形に落ち着き、以降は大きなトラブルが発生することもなく、現在は両国の列車が連結されて運転されることもある。


わずか5カ月だけ運行されたETR610型「チザルピーノ」(撮影:橋爪智之)


一度はたもとを分かったスイスとイタリアだが、現在は連結して運転することもある。スイス(左)とイタリアのETR610型(撮影:橋爪智之)

人気列車「消滅」今後もありうる?

前述のユーロスターに吸収されたタリスやチザルピーノなど、会社そのものが買収もしくは解散などによって消滅してしまうケースは、日本とは異なる上下分離方式を採用し、運行だけを担う民間企業が多く存在するヨーロッパならではの事情と言える。

事実、近年成長著しく知名度も上がった、イタリアの高速列車イタロを運営するNTV社は、最近になって海運大手MSC社が株式50%を取得しており、状況によっては会社組織のみならず、今後ブランドそのものががらりと変わる可能性も否定はできない。この先も、こうした突然の吸収合併や、解散による会社そのものの消滅ということがいつ起こっても不思議ではないだろう。

チザルピーノが消滅してから約15年、この列車を知らない人がいるのは不思議ではない。最近生まれた子供たちが物心つく頃には、タリスという列車も人々の記憶から忘れ去られた存在となっているかもしれない。


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(橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター)