銀行詐欺罪などの罪に問われている水原一平被告(写真:AP/アフロ)

元通訳の水原一平被告が、大谷翔平選手の口座から26億円あまりを違法賭博の関係者に対して不正送金したとし、アメリカ捜査当局から銀行詐欺罪などの罪で訴追されている騒動。6月4日に行われる罪状認否で水原氏は起訴の内容を認める見通しだと、複数メディアで報じられています。

日本中に衝撃が走ったこの騒動ですが、経営者にとっては、対岸の火事ではありません。

「自分は営業しか見ないで、他は信頼している右腕にすべて任せる」「自分は忙しいから、スタッフはすべて右腕を通して話をしてほしい」「大手に頼んでいるから、安心だ」「誰も問題点を言ってこないから、大丈夫だ」

こんな言葉を多くの経営者の方は聞いたことや、もしかするとご自身で口にしたことがあるのではないでしょうか。

ガバナンスの欠落が最大の問題点だった

これらの言葉が示すものはガバナンスの欠落です。そして、今回の問題の根本要因も、まさしく「チーム大谷」としてのガバナンスの欠落にあります。

一般企業においては、本社の目が届きにくい、海外支社でよく起こっているように見受けられます。

チーム大谷の中でどうしてこのような事態が起こってしまったのか。今回の騒動から日本の経営者が学ぶべきところはどこにあるのか。推定無罪の原則を踏まえつつ、アメリカ捜査当局が裁判所に提出した訴状の主張に基づいて分析していきます。

まず本題に入る前に、チーム大谷を1つの会社として考えてみましょう。

大谷社長は得意の営業だけに集中、社長からの信頼が厚い右腕の水原氏は、営業以外の一切を切り盛りする体制が作られました。

その甲斐もあって、会社の売り上げは10年の長期契約で1000億円以上が確定。そのほかの提携案件も、年間数十億円の売り上げがあるほどに成長しました。まさに夢のような成長を遂げたわけです。

このように、社長を大谷選手、右腕を水原氏、営業を野球に置き換えれば、チーム大谷が10年で売り上げ2000億円近くを稼ぐ巨大企業であることが、わかると思います。

推定年間売り上げ200億円という点で、実際にある日本の企業と比較をすると、東証プライム上場会社である、システムサポート社の売り上げ規模とほぼ同じ規模です。

チーム大谷は、おそらく非常に高い利益率と成長率であると想定すると、売り上げ、利益率ともに超優良企業として上場できる規模だといえるでしょう。

訴状で明らかになったさまざまな実態

そのチーム大谷の経営実態が、アメリカ捜査当局による水原氏に対する訴状で赤裸々になりました。


ドジャースで活躍する大谷翔平選手(写真:AP/アフロ)

英語がまだ堪能ではなかった大谷選手のために、通訳として球団から雇われていた水原氏ですが、訴状によると、球団との雇用契約とは別に大谷選手と契約を行い、“実質的なマネージャー”として日常生活を含めて大谷選手のサポートをしていたとのことです。

そんな水原氏が引き起こした今回の騒動は、大谷選手が銀行口座を開設した際に、水原氏が通訳として同行し、IDやパスワードの設定のときも同席していたことで、これらが漏洩したことに端を発します。

それだけではなく、巨額な送金の際に必要となる、「秘密の質問」と「答え」さえ漏洩していた結果、水原氏が大谷選手本人を装い、違法賭博の関係者への送金が行われました。

しかし、大谷選手は、本来は自分しか知りえないオンライン銀行のアクセスに必要なIDやパスワードを第三者に漏洩させてしまった後に、それらを変更することをしませんでした。

通常、オンライン銀行の利用規約ではIDやパスワードの管理に関して、第三者に漏洩した際の不正送金に関する注意喚起や、漏洩した際には迅速に銀行側に連絡をする必要があるといった義務を利用者に課しています。

もし今回の不正送金に関して、大谷選手が銀行に補償を要求した場合、口座開設のIDやパスワードの設定をする場に、通訳といえども第三者である水原氏を同行させたのは大谷選手自身の判断であり、漏洩したIDやパスワードの変更を行わなかったのも大谷選手の責任として、銀行側が拒否する根拠になるかもしれません。

また、何十億円という給与が支払われる自身の給与口座を大谷選手は数年間放置していて、不正に気がつかない状態だったと報じられています。

大手に任せているから大丈夫という放漫

信頼関係が築けていたからこそ右腕による不正に気づけなかったというのは、一般企業のオーナーにも言える話かもしれません。

仕事からプライベートまですべてを把握している人物を右腕として置くのは、時としてリスクを伴います。

では大谷選手の場合、水原氏以外の人物を通訳として雇う選択肢はそもそもなかったのでしょうか。問題は、チーム大谷としてともに動く、代理店にもあります。

大谷選手のエージェントであるネズ・バレロ氏は、CAAスポーツに所属しています。CAAスポーツは、トム・ハンクス氏など著名なクライアントを抱えるエージェント企業、CAAのスポーツ部門です。大谷選手の代理人として理想的な大手企業であり、安心だと思われる方も多いのではないでしょうか。

ところが訴状によると、CAAスポーツは大谷選手の代理人であるにもかかわらず、日本語を話せるスタッフを雇用していなかったそうです。

さらに、日頃から密なコミュニケーションを持つことが大切な大谷選手と直接話すことはなく、すべて通訳である水原氏を介してコミュニケーションが取られていたとされています。

エージェント側にも、英語が堪能ではない大谷選手とコミュニケーションを取るために、日本語が話せるスタッフは必須なのではないでしょうか。

大谷選手が所属するドジャースの本拠地、カリフォルニア州における日本語通訳の年収は、650万円から1250万円ほどだと言われています。それにもかかわらず、水原氏の通訳だけに頼っていたことに、衝撃を受けた人は多いことでしょう。

「大手に任せておけば安心だ」――。中身を見ずに外見だけで業者選択をする経営者の方は多いのではないでしょうか。

しかし、大手だからといって常に最高のサービスを提供できるわけではありません。看板だけではなく中身を精査することができれば、今回の悲劇は防げた可能性もあったのかもしれません。

もう1つ、今回の不正を見抜けなかった問題点として、弁護士や会計士の存在もあります。

弁護士は、常にクライアントの利益を優先する必要があります。本来であれば、大谷選手の会計担当者やファイナンシャルアドバイザーは、クライアントである大谷選手によって直接雇用され、大谷選手の利益を優先して仕事をする必要があります。

会計担当は大谷選手と一度会っただけ

ところが訴状によると、彼らを雇用していたのは代理人であるCAAスポーツだったことがわかりました。

訴状によると、会計担当者は大谷選手とは最初の顔合わせで一度会っただけでした。後日、税務申告について大谷選手と話すために会いに行ったところ、水原氏が対応し、大谷選手は病気で給与口座のことは本人がプライベートにしたい、そして税務申告上の問題もないと回答し、この会計担当者は引き下がったとのことです。

会計担当者は、本来であればクライアントであるはずの大谷選手の利益を優先すべきところが、直接的な雇用主である代理人の顔色を窺っていたのかもしれません。

ことを荒立てないで自分の雇用維持を優先したような状況があったのかも含め、利益相反の観点で厳しく検証される必要があると思います。

私のクライアントである大谷選手に会わせてほしい。あなたは私のクライアントの通訳であって、私のクライアントではない! そんなふうにNO!と言えるプロフェッショナルがいれば、状況は変わっていたかもしれません。

残念ながら法律の世界でも、日本の弁護士がクライアントから海外の案件を受託後、海外の法律事務所に実務的な仕事を丸投げし、仲介料を稼ぐような案件も見受けられます。

クライアントとプロフェッショナルが直接契約をしていない仲介のような業態は、倫理的なリスクと問題を抱えている可能性があります。

では今後はチーム大谷としてはどうすればよいでしょうか。そのカギは、やはりガバナンスにあります。

組織においてガバナンスとは、相互チェックと監視によって、誰かに権力が集中するのを避けることにより、不正が起こる隙を作らないという考えです。

水原氏は通訳として野球のフィールドで言葉の壁を取り除くはずが、フィールドの外では情報を分断し、水原氏に情報と意思決定権が集中するように工作していた可能性があります。

情報と意思決定が特定の人に集中し、監視がしっかりとできていない状況。実は、日本企業の海外支社で多く見られます。

誰も海外に赴任したくないのに、彼はずっと行ってくれている。英語も堪能な彼に任せていれば大丈夫。

そんな手放しの信頼をおいて、形式的な監査だけで実質的な相互チェックと監視がされていないような海外支社では、なんとか成果を上げたいと思う現地社員の心理と合わさって、知らない間に大きなリスクを背負い込み、気がついたときには巨大な損失を抱えるような状況に陥りやすいのです。

私が見てきた事例の1つに、上場会社の経営陣が英語が堪能なプロパー社員の言うままに、現地企業との共同経営に乗り出したという話があります。

投資前とは打って変わって、いつまでも上がらない売り上げ、累積赤字だけが積み上がっていきました。

本来であれば全体的なプロジェクトとリスクを検証すべきところを、このプロパー社員は小さなプロジェクトをあえて複数作り、それぞれに別の会計担当と弁護士を雇うことによって、全体のリスクの把握を難しくしていました。

私が顧問弁護士として、全体的なリスクの把握と株主である親会社による監査を助言したところ、そんな必要はないし、その社員は別の弁護士を使うと言い出す始末。結果、数十億円の損失が出ました。

問題を乗り越えるために必要なカギ

チーム大谷が問題を乗り越えて再生していくためには、大手に丸投げをせずに、中身を見て判断する姿勢、No!と言ってくれる、経験豊富なプロフェッショナルの確保、言葉や情報で分断をさせない相互監視体制の構築などが必要だと考えます。それは、日本の企業の経営者にも言えることです。

そして新体制の中心には、野球だけに集中したい大谷選手をCOOとして支えていく真美子夫人がいるとよいのではないでしょうか。目先の利益ではなく、長期の幸せを目標に、チーム大谷2.0が確立されたとき、大谷選手の真の躍進が始まるかもしれません。

(吉田 大 : ブラックベルトリーガル弁護士法人)