円借款契約から10年を経て導入されたマニラLRT1号線のCAF製第4世代(4G)車両。2023年7月のデビュー以来一気に同線の主力車両となった(筆者撮影)

安倍政権のもと「オールジャパンインフラ輸出」が叫ばれていた2016年、とある日本タイドの円借款案件に日本企業が入札しないことが話題になった。

2013年にL/A(借款契約)調印(約432億円)されたフィリピンの「マニラ首都圏大量旅客輸送システム拡張事業」のうち、LRT1号線に対する4両(2連接×4)編成30本の車両調達パッケージだ。

これ以降、車両、土木問わず、日本企業が入札に応じないという例が各地で発生するようになり、「オールジャパン」神話が崩れた時とも言える。

「オールジャパン」の限界と新たな動き

同事業には本邦技術活用条件(STEP)が適用されており、日本企業が優先的に参画できる。「我が国の優れた技術やノウハウを活用し、開発途上国への技術移転を通じて我が国の『顔が見える援助』を促進するため」に2002年から導入された制度だ。

再入札の末、2017年11月に三菱商事が受注、日本製(三菱電機)の機器を採用しつつ、スペインの車両メーカーであるCAF製車両を導入することで決着がついた。しかし、車両基地建設業者の選定遅れ等もあり、当初予定されていた2020年の1号線延伸開業は結果的に延期されることになった。

フィリピンの首都、マニラへの都市鉄道整備の歴史を振り返れば、「オールジャパン」などという言葉は幻想に過ぎないということがよくわかる。予算的にも制度的にも日本が全てやるということはあり得ない。そして、日本が全てをやろうとすれば、それだけリスクが大きくなる。従来の日本式ODAの限界が見えてきた。

一方、5月上旬には阪急電鉄とJICAがLRT1号線事業への参画を発表。新たな動きも生まれている。

【写真30枚】フィリピンのマニラを走る日本メーカー製の車両。円借款で導入されたことを示すステッカーも

マニラのLRT1号線は、1984年に東南アジアで初めて開業した全線高架式の都市鉄道である。フェルナンド・ポー・ジュニア(ケソン市)駅―バクララン駅(パサイ市)間約20kmの路線で、マニラ首都圏を南北に結ぶ。

建設にあたり、一部はベルギーからの借款で賄われ、同国のBN(後にボンバルディアに買収)製車両が導入された。しかし、東南アジアの環境には合わず、車両、軌道ともに適切なメンテナンスも行われず稼働率が低下した。


マニラLRT1号線のBN製初代(1G)車両。2024年初の時点で営業運転から外れている(筆者撮影)

そのため、これまでに3度の円借款による改修が行われている。まず、1994年の「LRT1号線増強事業」(約98億円)では、丸紅がスイスのABBと組み、設備更新および韓国ヒュンダイ(現・ロテム)製の車両4両(2連接×4)編成7本を導入した。しかし、車両のトラブルが絶えず、大きな輸送力向上は実現しなかった。


マニラLRT1号線のヒュンダイ製第2世代(2G)車両。円借款で導入されたが2024年初の時点で営業運転から外れている(筆者撮影)

次いで2000年には「LRT1号線増強事業II」(約223億円)として、住友商事と伊藤忠商事が受注し、日本(日本車両及び近畿車両)製車両を4両(2連接×4)編成12本を導入、地上設備の更新を三菱重工が行った。それでもラッシュ時間帯の混雑はかなりのもので、積み残しもしばしば発生していた。


マニラLRT1号線の日本車両/近畿車両製第3世代(3G)車両。第4世代(4G)車両と共に活躍を続けている(筆者撮影)

日本関与の車両でやっと「あるべき姿」に

1号線の運行は2000年以降、運輸省(DOTr)の下局である軽量鉄道公社(LRTA)に移り、メンテナンスが外国企業に委託される時期を経て、2015年からは財閥系企業によって設立されたライトレール・マニラ・コーポレーション(Light Rail Manila Corporation、LRMC)がコンセッション契約により運行やメンテナンスを行い、LRTAは施設を保有するのみという体制に改められ、輸送安定性が向上した。2020年からLRMCに対して住友商事が出資参画している。


そして、3度目の円借款となるのが冒頭で触れた「マニラ首都圏大量旅客輸送システム拡張事業」だ。後述するLRT2号線の延伸と抱き合わせになっていた本事業で、1号線に対しては、車両調達及び南方延伸用の車両基地整備が盛り込まれている。120両という最大規模の車両増備はマニラ市民の悲願とも言えたが、そのデビューは借款契約締結から10年もの月日が流れた2023年7月まで遅れた。

2024年に入っても残る車両の納入が続いていたが、年初の時点では従来のBN製、ヒュンダイ製車両は営業運転から外れており、これはLRT1号線が日本製、または日本製機器を搭載した「日本の血」が入った車両に統一されたことを意味する。ラッシュ時には約3分間隔で運行されており、従来に比べて混雑が緩和された。雨漏りなどの初期トラブルには見舞われたものの、開業から40年、紆余曲折を経ながらも本来あるべき形に達したといえる。

延伸用の車両基地については、清水建設と現地企業のJVが受注した。ただ、これもほかに入札企業がなく、価格面からフィリピン側との契約交渉に時間を要した模様である。

一方で、延伸工事自体はPPP(官民連携)スキームとなり、LRMC主体で実施している。これは土木を民間、上物を国がODAで調達するという珍しいパターンで、このスキームのために日本タイドの円借款で車両を導入できたと言える。


LRT1号線のバクララン以南延伸区間の高架橋。同区間はPPP方式により建設されている(筆者撮影)

だが、LRMCが調達している土木部分については、詳細設計がシストラ、鉄道システム(電気・機械・信号・通信)がアルストム、土木建設がブイグ、アドバイザーとしてパリメトロが加わるなど、フランス企業によって占められている。日本側では「オールジャパン」と報じられているが、それが幻想に過ぎないという典型だろう。車両だけ入れても電車は動かない。

延伸工事は佳境を迎えており、2024年内にフェーズ1となるバクララン―ドクターサントス間(約6.7km)の開業を目指している。

なお、北側の終点、フェルナンド・ポー・ジュニアとノースアベニュー間の延伸は、完成した高架橋が10年以上も放置されており、MRT3号線と線路もつながっている状態であったが、乗り入れは実現せず、現在、LRT1号線専用のノースアベニュー駅を建設中である。この背景には、駅周辺のいくつかの商業施設との利権関係で争いが起きていると報じられており、延伸開業時期も明らかになっていない。ノースアベニュー駅は、今後、韓国の支援で建設中のMRT7号線も乗り入れる予定で、近隣には日本の支援で建設が進められているマニラ地下鉄(MRT9号線)の駅も立地するなど、首都圏のハブ駅となる。


バクララン駅に到着したLRT1号線の4G車両。2024年内にこの先のドクターサントス駅まで延伸される予定(筆者撮影)

阪急の参画で何が起きる?

そんな中、5月7日に阪急電鉄がLRT1号線事業への参画を発表した。これは、2020年からLRMCに出資参画した住友商事保有の株の一部を阪急およびJICAに譲渡するという形で進められる。今後はこれら3社が協同して1号線の運営・保守事業に加わることになる。

中でも阪急は、鉄道事業者としてオペレーション、そしてメンテナンスといったソフト面の知見を活かしていくことになるだろう。同社によると、現状でまだ具体的に決まっている部分はないが、メンテナンスやサービスの向上について「われわれが日本で行っているレベルに引き上げるにはどうすれば実現できるか検討している段階」という。また、将来的には阪急阪神グループの他事業との連携も模索するとしている。同グループはフィリピンで住宅分譲などを手がけており、沿線開発などへ発展する可能性もありそうだ。

円借款プロジェクトが縮小傾向にある中、JICAも近年は投融資分野に注力しているが、鉄道分野では初のケースとなる。海外投融資はJBICと領域が被る事業ではあるが、JBICが先議の上、そちらで採択されないものに関しては、JICAでも投融資が可能という。要するにリスクが比較的高くJBICで採択されない、鉄道のような大規模プロジェクトは今後も同様のスキームが増えるかもしれない。

LRT1号線以外のマニラの都市鉄道整備についても振り返ってみたい。

東南アジアで初の都市鉄道であるLRT1号線に続き、MRT3号線、LRT2号線と開業していったが、その整備スピードは遅く、バンコクやクアラルンプールといった周辺都市に大きく水を空けられることになった。しかも、2号線を除いて車両が小型であることから輸送力が不足しており、禍根を残している。

マニラの都市鉄道整備については、1970年代に海外技術協力事業団(現JICA)が先行して調査を進めており、普通鉄道規格の地下鉄を提案していた。しかし、世界銀行の調査でコストの低い軽量輸送システムで十分として決定づけられ、日本側の提案が退けられたとされる。東南アジアの伸びしろをヨーロッパ諸国が予測できていなかったといえる。

また、フィリピン特有の事情としてさまざまな不正が取り沙汰され、着工そのものの遅れや運行への支障が起きたほか、有力政治家と財閥、また商社が癒着し、プロジェクトが私物化されてきた過去もある。結果、各線共に開業後のオペレーションに問題を抱え、車両整備や保線の不良からトラブルが絶えず、そのつど予算を割いてリハビリ事業を実施する事態となった。その大部分が円借款で賄われているというのも特筆すべき点だろう。

トラブル多発、円借款の改修事業で乗り切る

1999年に開業したMRT3号線は、MRTを名乗っているものの1号線と同じLRT規格である。これはPPPスキームで建設され、民間のメトロレイルトランジットコーポレーション(Metro Rail Transit Corporation、MRTC)が建設主体となり施設を保有、運輸省がBLT(建設・リース・譲渡)契約に基づきリース料を支払いながら運行を行っている。


LRT2号線の高架橋の下をくぐるMRT3号線。車両は1号線と同じLRT規格の小型車両だ(筆者撮影)

同線は建設にあたり、住友商事が三菱重工と組み、駅や軌道、信号、車両基地などの地上側の土木工事一式及びまたメンテナンス業務を受注した。他方、車両はチェコのタトラ社が納入した。これは、土木部分は日本輸出入銀行(当時)の、車両部分はチェコ輸銀の輸出信用にて賄われていたからである。

東南アジアの環境を考慮していないタトラの車両は当初、トラブルが相次いだが、メンテナンスを請け負っていた住友商事及び三菱重工側で対応したとみられ、今でも車内には三菱のロゴが掲出されている。


タトラ製のMRT3号線車両。一時は稼働率が大きく低下したが現在はほとんどの車両が営業に就ける状態に持ち直した(筆者撮影)


MRT3号線のタトラ製車両内にある三菱重工のロゴ(筆者撮影)

しかし、2012年に運輸省が住友商事とのメンテナンス契約延長を認めなかったことで事態は深刻化した。委託先をフィリピンのローカル企業や韓国企業と次々に変更したが、満足なメンテナンスができないどころか、レールを含むメンテナンスパーツが調達できず、大規模な輸送障害が頻発した。

結果的に「首都圏鉄道3号線改修事業」(約381億円)として円借款契約が結ばれることとなり、2019年に再び住友商事と三菱重工エンジニアリングがメンテナンス契約を受注し、車両及び設備改修、またメンテナンス体制を構築した。古い車両で予備車も少ない中、厳しいオペレーションであることは間違いないが、今のところ安定した運行が実現している。

ちなみに、運輸省が発注し、2016年から2017年にかけて中国北車大連(現中国中車大連)から導入した3両編成(3連接×3)16本については、現時点で1編成も稼働していない。このうち1両が三菱重工三原製作所に搬入された実績があるが、「首都圏鉄道3号線改修事業」でリハビリを実施するのかは現時点では不明である。

すべてがODAで賄われて開業したのはLRT2号線である。「メトロマニラ大都市圏交通混雑緩和事業I・II・III」(約247億円、263億円、236億円)の計3回の円借款供与を受けて2003年に開業した。名称はLRTであるものの大型車両を採用している。それぞれのパッケージの主契約者はいずれも日系商社であるが、車両・軌道等の鉄道システムに関しては丸紅が受注し、ロテム製(電装品は東芝製)車両を導入した。


円借款で整備されたLRT2号線のロテム製車両。電装品は東芝製(筆者撮影)


LRT2号線が円借款で建設されたことを示すプレート(筆者撮影)

数年で故障が目立つようになり、稼働率は5割程度に低下したものの、先述の「マニラ首都圏大量旅客輸送システム拡張事業」に関連して改修が進められ、2021年7月の東側延伸(サントラン―アンティポロ間、約4km)に備えた。


マニラの他路線より車両規格の大きいLRT2号線。一部の車両は更新工事が行われよみがえった(筆者撮影)

「日本の強み」示すチャンスが来るか

懸案だった1号線、3号線の輸送改善も一段落し、今後はこの状況をどこまで維持できるかが課題となる。

注目はMRT3号線のBLT契約が2025年に契約満了になることだ。これにより、インフラ設備一式が施設所有者のMRTCから運輸省に移管される。運輸省は今後、運営、メンテナンスについて民間に委託(コンセッション契約)することを計画しており、安定した輸送が継続できるかは、過去の例からして受注企業次第だろう。一体的な運営という面からもLRMCが受注することが望まれるが、果たしてどうなるか。今回のLRMCへの阪急やJICAの出資参画がここまでを見越した動きであるのならば、あっぱれと言いたい。

いずれにせよ、「オールジャパンインフラ輸出」からの脱却、つまり核となる部分は日本の技術を導入しつつ、それ以外は他国とも組む「コアジャパン」化は、現に進みつつある。土木工事、そして車両納入では、もはや他国との差別化は図れないどころか、他国の方が安くいい製品を提供できる時代になっている。そんな中で、日本の強みは何なのか。この過去40年弱のフィリピンの事例には、反面教師としなければならない点も多々あるが、その中から日本に新たな気付きを与えたということも事実なのではないか。


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(高木 聡 : アジアン鉄道ライター)