(写真:yakiniku/PIXTA)

自動車メーカー、トヨタをはじめとした輸出系の大企業は大きな利益を出す一方で、国内に展開する中小企業の多くは価格転嫁に苦しみ、賃上げの上げ幅にも格差が生まれつつある状況です。足元の超円安が日本経済を揺さぶっているわけですが、ここにきて「日米の金利差」だけが、円安の原因ではないと主張する有識者が増えています。

一体どういうことなのでしょうか。「長期的な円安は日本経済の凋落」と述べる経済学者・井堀利宏氏に超円安の根本原因を解説してもらいました。

※本記事は、書籍『超速・経済学の授業』から一部抜粋・加筆したものです。

長期的な為替相場はその国の経済力が反映される

変動相場制の相場は、市場の需要と供給の関係によって決まります。為替の需給を決定する要因は、時間軸で異なります。

短期的には2国間の金利差の影響で決まりますが、長期的な為替相場の需給は、その国の経済力が反映されます。経済力が高ければ、その国の通貨の人気=需要が高まって価値が高くなるためです。つまり、長期的な円安・円高は日本の経済力が反映されるということです。

では、どうやって国の経済力を測ることができるのか。その代表的な指標が「経常収支」です。経常収支とは、一定期間での海外とのモノやサービスの取引など、経済的な取引で生じた収支を示す経済指標です。

簡単にいえば、外国の通貨(=外貨)をどれだけ稼いだかを、純額(外貨流入額から外貨流出額を引いた額)で示す指標です。経常収支が黒字であれば外貨を稼ぐ力が強く、日本の経済力は高いと評価されます。

例えば、輸出額が輸入額よりも多ければ、外貨を多く稼いだことになって日本の経常収支は黒字です。日本のサービスやモノへの人気が高まっている状況のため、為替市場では国内企業が輸出で稼いだドルを円に交換する需要が増加します。

それによって円の価値は上がって、為替相場は円高方向に動きます。逆に、経常収支が赤字だと外貨(=ドル)を稼ぐ力が弱く、日本の経済力は低いと評価されます。日本のサービスやモノへの人気は低いために、為替市場ではドル買い、円売りの動きが加速。円の価値が下がり、為替相場は円安方向に動きます。

なぜ中長期的には金利差よりも経常収支が為替レートに影響するのかと思うかもしれません。

ポイントは資金の流れです。金利差による資金の流れはある程度の時間が経てば次第に落ち着くという特徴があります。ヘッジファンドなどによる金利差を利用した資本移動は短期の資金運用だからです。例えば、ヘッジファンドなどは現在に金利の高いドルを買えば、近い将来にそのドルを売って円に買い戻します。

逆に現在にドルを売れば、近い将来にそのドルを買い戻すでしょう。そのため、投機筋の短期的な取引は長い期間で見ると、為替相場の動向を大きく左右するほどの影響はないといえます。実際に、日米の金利差と為替相場の関係をみても、中長期的にはそれほどはっきりした相関はみられないとされています。金利は景気循環に伴って上下するため、金利差が一方的に拡大するとも考えにくいでしょう。

しかし、経常収支の黒字・赤字による資金の流れは長い目で見ると大きな規模です。だから、短期的には金利差、中長期的には経常収支が為替相場に大きな影響を与えるのです。

日本の経常収支は黒字だが……

さて、ここからが本題です。近年の円安が起きているのは、日米の金融政策(金利差)だけの問題だと思われがちですが、それだけではありません。もっと根本的な部分、すなわち長期的な日本経済の低迷が円安に関係しています。先ほど紹介した経常収支を見てみると、日本の凋落がよく表されています。


(出所)『超速・経済学の授業』

2013年以降の日本の貿易収支を表したグラフです。折れ線グラフが輸入と輸出を示しており、その差額が棒グラフです。ゼロより下になると赤字、ゼロより上になると黒字です。2013年から約5年程度は、貿易赤字が続き、そのあとは貿易黒字に移行しているのが見て取れます。

しかし、2021年になると貿易赤字が拡大しています。背景にあるのはエネルギー関連、とくに原油関連の輸入額が大きくなったことです。

では、なぜ輸入が増えることが円安要因につながるのでしょうか。それは輸入に伴ってドル建ての支払いが必要となる=ドル買い需要が高まるためです。今後も、輸入による貿易赤字が続くと、日米の金利差が縮小方向に向かったとしても、円安圧力が続く可能性があることを押さえておきましょう。

なかなか円高にはならない背景

また、経常収支の動向を見ると、2024年現在黒字基調が続いています。年度単位では、2023年度の経常収支は25兆3390億円の黒字です。一般社団法人日本貿易会が昨年末に発表した内容によれば、2024年度は26兆9520億円ほどの黒字になるとも予測されています。さらに、2024年3月の経常収支速報値は貿易収支とサービス収支の黒字化に伴って、2月の2.6兆円から、約8000億円黒字幅を拡大しました。

一見すると、これは円安とは逆に働きそうです。しかし、経常収支の大きな黒字項目は第一次所得収支(直接投資収益や証券投資収益など、対外債権・債務から生じる利子・配当金の収支)です。ここで稼いだドルは外国での投資に再投資されることが多く、日本に環流していません。

したがって、それによるドル売り円買いの圧力は弱いので、経常収支が黒字であっても、日本国内での投資機会に魅力がなければ、日本にドルが流入してこなくなり、なかなか円高にはならないのです。日本国内で経済が活性化しない限り、外国からのドル流入は期待できません。

「失われた30年間」に顕著になった日本経済の低迷


1970年代後半から80年代前半にかけて、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われていた時期がありました。

当時、日本のGDPは世界第2位。世界経済を牽引するアメリカ内でも日本製品は売れていて、アメリカは日本式の働き方(終身雇用など日本型の労働慣行)や、日本式の製造方法(トヨタのかんばん方式と呼ばれる簡単で効率的な生産管理方式)を学ばなければいけない。世界の規範は日本の産業だという羨望の眼差しで見られた時期でした。2010年頃までは、国際的に見ると日本はまだ経済大国でした。

ところが、現在の日本経済は大きく低迷しています。国際的な通貨制度を安定させる取り組みを行う国際機関IMF(国際通貨基金)がありますが、同機関によれば、2023年のGDP(ドル建て)は、日本はドイツに抜かれて第3位から第4位に転落しました。2000年に日本のGDPはドイツの2.5倍あったことを考えれば、いかに日本が凋落しているかがおわかりになるはずです。

経済力が下がれば、その国の通貨の人気は下がり、通貨の価値も下がります。円安の流れが進んだのは「失われた30年間」に顕著になった日本経済の成長の低さも原因のひとつなのです。


(出所)『超速・経済学の授業』

(井堀 利宏 : 東京大学名誉教授)