日経平均株価の動向に一喜一憂していては見えてこない課題がある、といいます(画像:Ryuji / PIXTA)

大人から子どもまで、学校では教えてくれない「お金と社会の本質」がわかると話題の『きみのお金は誰のため――ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』の著者、田内学氏。

2008年に鎌倉投信を設立し、「お金を増やすことと社会をよくすることは両立する」との信念から『社会をよくする投資入門――経済的リターンと社会的インパクトの両立』を上梓した、鎌田恭幸氏。

単なる資産運用ではなく、ともに「お金と社会の関係」という問題意識から書籍を執筆した2人には、いずれも「かつて金融の最前線で闘い、そこに強い違和感を覚えた」という共通点がある。金融業界が持つ歪み、そして社会への影響について、対談してもらった。

お金を考えるには、まず「社会」から

──お二人の著書は、お金がテーマでありながら、その軸に「社会」を大きくとらえています。

鎌田:田内さんの『きみのお金は誰のため』は小説形式になっているから、本当におもしろいです。純粋にストーリーに引き込まれます。


田内:それは実は、社会学者の宮台真司さんの影響が大きいんです。

以前、宮台さんとある企画でご一緒したとき、経済がテーマなのに「僕たちの世代はもうだめだから、若い人の教育が大事だ」とおっしゃっていたのが意外でした。宮台さんの著書『14歳からの社会学』でも、自分たちが社会の一員であると感じることが大事だと述べている。

でも日本は、若者だけでなく親世代も含めて「社会に対して自分の責任がある」と考える人の割合が、海外に比べて少ない傾向があります。

社会への当事者意識を伝えるためには、知識ベースで「こうですよ」と教えるだけではなく、ストーリーの中に組み込むことが大事だと思ったんです。だから小説形式にしました。

──鎌田さんが、社会に関心を持ったきっかけは何ですか?

鎌田:やはり、小さいころの体験が原点になっています。私は島根県の片田舎で育ち、両親は食料品や魚やお酒を売ったりする、小さな小売店を営んでいました。お客さんは近所のみなさんです。

鎌田:お客さんが魚を買ったら「あの家の今日の夕飯は焼き魚だな」とか、アイスクリームを買ったら「子どもが喜ぶだろうな」とか、お金が動いた先には人の動きが見えていたんですね。

田内:東京だとお店がいっぱいあるから客は店を選びますけど、地方だと本当に「うちの店があるから生活が成り立っている」というケースが多いですよね。

鎌田:そういう中で育ったので、自然と「社会の縮図」が身についていたんでしょうね。

金融の世界で感じた「強烈な違和感」

──そうした一般の社会と、金融の世界が乖離していることも、お二人が本を書く動機になったのではないかと思います。そもそも、大学を卒業して金融業界に入ってから、お二人はどのくらいの時点で違和感を覚えるようになったのですか。

鎌田:私は信託銀行に入りましたが、入社してすぐに違和感を抱きました。


鎌田 恭幸 (かまた やすゆき)鎌倉投信 代表取締役社長/1965年島根生まれ。35年にわたり年金などの資産運用に携わる。大学卒業後、三井信託銀行(現:三井住友信託銀行)に入行。バークレイズ・グローバル・インベスターズ信託銀行(現:ブラックロック・ジャパン)にて副社長を務める。2008年11月に鎌倉投信株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2010年、主として上場企業の株式を投資対象とした公募型の投資信託「結い2101(ゆいにいいちぜろいち)」の運用・販売を開始。2021年、スタートアップを支援する私募型の有限責任投資事業組合「創発の莟」の運用・販売を開始(撮影:TOBI)

入社の理由は、とくに高い志があったわけではなく、当時は就職先として金融機関の人気が高かったから。先輩から「信託銀行は都市銀行(現在のメガバンク)や証券会社に比べて仕事が楽な割には給料が高いぞ」と聞いていたので……。要は、不純な動機だったわけです。

入社したのは1988年、バブルの絶頂期です。株の値段も不動産も、何もしなくてもどんどん上がる時代でした。

だから会社としては元気があったのですが、社内で話題になるのは「不動産融資で何億円儲かった」とか「業界の中で一番を取るぞ」と数字の話ばかり。経営陣さえ「いかに社会をよくするか」という話は一切しない。

そんな状況に、「それって社会の役に立ってるの?」「俺は何をやってるんだろう」と、すぐに違和感を覚えました。

田内:僕は、外資系金融機関で金利のデリバティブトレーダーの仕事に就きました。得意な数学を生かせる仕事だと聞いたので、自分の能力を生かして戦いたいと思ったからです。

入った時点では金利も投資もよくわからなかったけど、自分の仕事が誰かの役に立って未来をつくるんだろうな、と漠然と思っていました。

でも仕事がわかってくるにつれ、「どうもそうじゃないな」と気づき始めた。

とくに海外のヘッジファンドへの取引は、相手のミスプライスを探すような側面が大きく、まさにマネーゲームです。

安く買って高く売れば自社にお金が落ちるけれど、安く売らされたらお金は向こうの会社に行く。これを社会全体で考えると、どっちに落ちようが同じですよね。「ほとんど意味のないことに時間を使ってるんじゃないか?」というモヤモヤを感じていたんです。

鎌田:はい、はい。

田内:そうこうしているうちに、リーマンショックが起きました。

原因となったアメリカのサブプライムローン問題は、返済能力がない人にお金を貸して、さらにレバレッジを利かせて、金融商品をつくったんですよね。本来、そんな商品を出すべきではないんです。

また、ある学生に面と向かって「サブプライムローンで自殺する人もいる中、どういうつもりで仕事をしているのか」と詰められたこともありました。僕に言われても困ると思いつつ、その一端を担っているんだよな……と。


田内 学(たうち・まなぶ)お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家/2003年ゴールドマン・サックス証券入社。日本国債、円金利デリバティブなどの取引に従事。19年に退職後、執筆活動を始める。著書に『お金のむこうに人がいる』、高校の社会科教科書『公共』(共著)など(撮影:TOBI)

それにリーマンショックを機に、うちの会社でも大規模な人員整理がありました。

それまで僕は、会社は社員を守ってくれるものだと何となく思っていました。しかし、逆なんですよね。社員が会社を支えている。

会社が存続できるのは、社員が社会に対して「役立つこと」を提供してお金をもらっているからだという当たり前の事実に気づいたんです。

こうしたことが重なり、会社に言われたことをやっていればいいんじゃなくて、1人ひとりが社会に対してどう貢献できるかを考えなければ、会社も自分も生き残れないんだという考えに変わっていきました。

──鎌田さんのお話にもありましたが、金融業界のお給料が高いのはなぜだと思いますか?

鎌田:お客様から預かったお金を、投資や融資などで運用する自由度が高いことが、理由の1つではないでしょうか。収益機会がいろんなところにあるというか。

しかも、実際にものづくりをするわけではないので、設備投資がいりません。そのあたりが、製造業などと構造が違うんです。日本の場合は、製造業の賃金が低すぎるという側面もありますが。

田内:お金を扱う事業だから、悪いことをする社員が出たら困るというのも、大きいと思います。

金融の仕事そのものが、高い給料をもらうべき価値があるかどうかは別問題なんです。本当は、給料以外でうまい仕組みがあるといいんですけど。

投資が「社会に果たすべき役割」とは何か

──では鎌田さんにずばりお聞きしますが、社会にとって投資の目的は何でしょうか?

鎌田:よい会社を増やすことだと思います。お金の流れが経済を形づくり、それが社会をつくるので、やはり経済をつくる主役は会社なんです。

企業がどんな振る舞いをするかで、世の中のあり方は変わります。「自分の会社さえ儲かればいい」というのではなく、社会全体がよくなるように活動する会社を少しでも増やすことが、投資の目的ではないでしょうか。


対談は終始、和やかな雰囲気で行われた(撮影:TOBI)

田内:コロナのとき、よく「経済を回すために」って言われたじゃないですか。「経済を回すためにお店を開けなきゃいけない」「旅行に行かなきゃいけない」とか、経済を回すことが目的化してましたよね。

お金を循環させるのは大事ですが、それなら給付金を出せばいいし、無理に経済活動をさせる必要はなくて。本来は「お金が回ったら、企業がどういう社会をつくるのか」「それによって、社会がどう幸せになるか」を先に考えるべきなんです。

でも今、人々の興味がどんどん「株価がどこまで上がるのか」という議論ばかりになっている。

鎌田:本当にそう思います。

──鎌田さんも、新NISA熱でみんながリスクやリターン、手数料のことばかり議論していることに対するモヤモヤが、今回の本を書くきっかけになったんですよね。

鎌田:思い返すと、鎌倉投信を立ち上げたときも「これでいいのかな」という思いが原点でした。

お金を増やしたいというのは健全なモチベーションなので、それ自体を否定するつもりはありません。でも、お金を増やすこと「だけ」を目的にするのは違和感があって。

もう70年も、リターンを縦軸に、リスクを横軸に取ってどのファンドの投資効率がいいのかが測られる世界が続いているんです。

たしかにその理屈は完成されているかもしれないけど、すべてが数字のみで測られる世界でいいんだろうか、社会という軸はないんだろうか、という違和感から、13年ぶりに書こうと思った本が『社会をよくする投資入門』です。


田内:著書の中でも「金銭価値だけで論理が構成されている」とありましたね。

鎌田:ええ。投資はよくも悪くも社会を動かす力があるので、リターンは金銭的な価値と同時に、社会的な価値にも目が向けられないといけないと思うんです。

田内:金銭価値がつくということは、所有権が移動するということなんですよ。逆に言うと金銭価値がついていないものは、所有権が移るとまずいもの。人権や参政権、空気だってそうじゃないですか。

だから金銭価値のあるものは、しょせん所有権が移動してもいいものであることを、みんなが理解しなきゃいけないんです。

値段のつかないものの価値を可視化するのは難しいですが、それに取り組んでいる1人が鎌田さんですね。

「社会をよくする投資」が「儲かる投資」になる条件

──実際のところ、「社会をよくする投資」は儲かりにくいものなんでしょうか。

田内:それは、消費者の価値観次第です。

企業が社会にとっていい商品をつくっても、消費者がそれを選ばずに安いものばかり買う状況では、会社は儲かりません。価値に対して妥当な価格を払う消費者が増えれば、ちゃんと儲かるようになる。だからこそ、消費者教育が大事なんです。

──「企業を応援するなら、別に投資ではなくてもいい」とnoteに書いていましたね。

田内:「貯蓄から投資にシフトしましょう」「投資で企業を応援しましょう」と言いますが、企業にとっての一番の応援は消費者になることだと思うんです。にもかかわらず投資だけが取りざたされていることにも、違和感があるんですよね。

田内:それに「投資、投資」といわれますが、今の日本には資金需要がないんです。銀行の預貸率も、昔に比べるとすごく下がっているし。

「預金を眠らせておくのはもったいないから、投資商品を買いましょう」と勧めてくる銀行自身が、融資先や投資先に困っているんですよ。なのに投資を勧めるのは、少し無責任じゃないかなと。

日本が、諸外国に比べて預金割合が高いのは、これまで銀行中心の金融でうまく回っていたからですよね。ちゃんと資金がものづくりに流れていた。でも最近は、景気の低迷や、人口減によって日本市場の将来性がないことなどから、企業は資金を必要とするどころか、内部留保を溜め込んでいる。

それを、預金が余っているという事実だけ見て「投資に回したほうがいい」「企業を応援しよう」と言っても、資金需要が少なくて利回りの低い国内には流れにくく、多くの資金が海外に流れている。そもそも応援になっていない。本末転倒です。

そこは僕たちがもっとリテラシーを上げて、鎌田さんが投資しているような会社を増やしていかなきゃいけないんです。

「お金から新しい価値を生み出す力」が失われている

鎌田:銀行は顧客から預かった資金をいろんなところに融通するのに、そこから新たな産業や企業が生まれる循環になっていないですよね。

田内さんがおっしゃったように要因はいろいろありますが、お金から新しい価値を生み出す力が、以前に比べて失われています。企業側も内部留保にお金が滞留し、その力を弱めてしまったのもある。

今、預金の利息が0.02%と、ゼロに近い状態になっています。この数字は、お金が新しい価値を生み出す力が減退し始めた1980年代後半あたりから。融資や投資からどれだけ新たな価値を生み出す努力をしてきたか、の結果だと思うんです。

ようやく最近、金融機関も頑張りはじめたとはいえ、単にお金を貸すだけではなく、助言・伴走しながら事業や産業を成長させる力が、全体的には弱まっているのではないでしょうか。

僕は、お金を増やすだけではなく、社会に新しい価値を生み出す投資を「社会をよくする投資」と定義したいです。

――最後に、お互いの本の好きなところを教えてください。

田内:「社会」という言葉を聞いたとき、他人ごとだと思う人は多いと思うんです。社会って誰かが与えてくれるものだと思いがちですが、実際は1人ひとりの集合体ですよね。

多くの投資に関する本は、いかにお金を儲けるかを教えています。でも鎌田さんの本は、投資がお金を増やすことだけではなく「自分が生きている社会をどうつくるか」を教えてくれると思います。

鎌田:お金って、あればあるほどうれしいものかもしれません。でも本当は、お金の使い方によって、お金そのものにも価値が生まれる。そのつながりによって社会にも価値が生まれて、お金が世の中を幸せにする。『きみのお金は誰のため』は、そういうことをじわりと実感させる本だと思いました。

(聞き手:的場優季、構成:合楽仁美)

(田内 学 : お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家)
(鎌田 恭幸 : 鎌倉投信 代表取締役社長)