面接では好印象、経歴も申し分なく採用した転職者であっても、実際に働き始めてからミスマッチが露呈するケースがあります(写真:Lukas / PIXTA)

組織をより良くするための“黒子”として暗躍している、企業の人事担当にフォーカスする連載『「人事の裏側、明かします」人事担当マル秘ノート』。現役の人事部長である筆者が実体験をもとに、知られざる苦労や人間模様をお伝えしています。連載3回目は、中途採用でお互いに不幸なミスマッチを引き起こさないための、「リファレンスチェックのやり方」について紹介します。

優秀な彼女がなぜ社内のボトルネックに

私がとあるベンチャー企業に転職したときのこと。同時期に入社してきた、Aさん(43歳・女性)という社員がいた。私が人事部長、Aさんが広報部長という同列の立場で、まだ創業したばかりのベンチャーを盛り立てていく、“同志”のような存在でもあった。

社内に不穏な空気が立ち込めたのは、Aさんが入社して4カ月後のことだった。

新規事業の大々的なプロモーションをするにあたり、広報部長のAさんが中心となって企画を立ち上げることになったのだが、遅々として進まないのだ。

次第に広報部の部下たちから、「Aさんに企画について投げかけてもレスポンスが遅く、しかも曖昧な答えしか返ってこない」「会議でもなかなか意思決定できず、議題がたびたび次回へ持ち越しになる」と、愚痴が漏れ聞こえるようになった。

少し厄介なのは、Aさんが人当たりよく、仕事以外で関わる分には何の問題もないことだった。むしろ朗らかで柔和な接し方は好感が持てるほど。それだけに愚痴を漏らす社員も、「悪い人じゃないんですけどね」が枕詞(まくらことば)になっていた。

そのうえ、経歴的にも申し分ない。有名私立大卒で、英語はネイティブ並みに堪能。数々の大手外資系企業で広報マネージャーとして積んできた実績もある。

そんな人柄も経歴も優れている彼女がなぜ、社内のボトルネックになってしまったのか? 

それはAさんの過去の仕事の進め方と、今の仕事で求められているやり方に大きな乖離(かいり)があるからではないかと推測した。

おそらく、これまで勤めてきた外資系企業では海外本社の意向が強く、管理職といえども、自身で意思決定する場面が少なかったのだろう。それは、常に担当役員の意向をうかがう、「待ちの姿勢」からも想像がついた。


転職者数と転職等希望者数の推移。転職を希望する人は増加傾向で、1000万人を突破している(画像:総務省「労働力調査」2023年をもとに東洋経済作成)

日に日に業務の滞りは顕著になり、部下との摩擦も増えるように。本人も居づらくなったのか、1年ほどで退職。管理職の裁量権が大きく、スピーディな意思決定が求められるベンチャーにはハマらなかったようだ。

面接巧みな応募者ほどミスマッチを生む

こうした本人の仕事の進め方やスタイルも、入社前の面接で把握できればいいのだが、そこまでつかみきれないことが多い。

なぜなら転職を複数回、経験している応募者の中には、面接での受け答えが巧みな人も少なくないからだ。

面接上級者ともなれば、応募先企業の職務内容に合わせて、変幻自在に自身の経験値と重ね合わせたアピールができるし、どんな変化球の質問にも小気味よく返答してくれる。

「まさにうちの会社にぴったりだ!」と即採用したくなるのだが、Aさんのケースのようにお互いにとって不幸なミスマッチを起こさないためにも、事前の「リファレンスチェック」は必要だと考えている。

リファレンスチェックとは、応募者の職務経歴や実績に虚偽がないかどうか、本人の同意を得たうえで前職の上司や同僚、部下などに確認できる仕組みのこと。

前記事でもお伝えしたが、リファレンスチェックは経歴の確認だけでなく、その人の「仕事の進め方やスタイル」を深く知るためにも大いに役立ってくれる。

リファレンスチェックを行うタイミングだが、私自身の例で言うと、応募者がいよいよ最終面接に進むという段階で行っている。

最終面接をクリアし、ほぼ内定が確定した後にリファレンスチェックを行うケースも多いが、万が一、それで落とすことになった場合、リファレンスチェックを受けてくれた応募者の関係者(前職の上司や同僚、部下)の心にも、少なからず影を落としてしまう。

「ほぼ内定が確定していたのに、自分のコメントのせいで、彼(彼女)は落ちてしまったのではないか……」と、罪悪感を抱かせてしまうのは忍びない。デリケートな部分だけに、ここは人事としても気を遣うところである。

プロの緻密なリファレンスチェック

リファレンスチェックは専門の代行会社に委託しているが、そのリサーチ力は目を見張るほど緻密である。

応募者の前職あるいは現職の上司、先輩・同僚、部下の三者に各1時間程度のインタビューを行い、その結果がA4用紙10ページ以上の情報量で送られてくる。

応募者が自己申告している経歴や仕事内容、実績に相違はないか? 三者それぞれに確認するほか、「本人の仕事の進め方」「強み・弱み」「職場での上司・同僚・部下への接し方」についても、事細かにつづられている。

では、どのように書かれているのか、レポート内容のサンプルを紹介しよう。これは実際のものではなく、あくまでイメージと捉えていただきたい。

<〇〇さんの仕事の進め方>

【前職の上司からのインタビュー結果】

〇〇さんは、強いリーダーシップで仕事を進めるタイプではない。部下や関係部署の意見を聞きながら、調整して仕事を進めていくタイプである

部下にある程度、仕事を振って「よろしく頼む!」と一任するよりは、「今の彼(彼女)の実力でできるだろうか?」「今の彼(彼女)の業務量・キャパシティで可能だろうか?」と気にしながら、依頼している印象がある。

【前職の部下からのインタビュー結果】

〇〇さんは、部下に仕事を丸投げせず、一緒になって自ら汗をかいてくれる上司だった。

常に部下の進捗や行き詰っているところを気にかけてくれていたので、私自身はやりやすかったが、「もっと自分に任せてほしい」と思う人にとっては、やりにくい面もあるのかもしれない。

〇〇さん自身、仕事を抱え込んでしまっているせいか、時折レスポンスが遅い時もあった。

このような形でさまざまな項目について、膨大なインタビュー結果が記載されている。

リファレンスチェックは、応募者にとって最も信頼できる、親しい関係性の人にお願いするケースが多いが、その場合、「事前に口裏を合わせて、いいことしか言わないのでは?」と信憑性を疑う声もある。

だが、リファレンスチェックのプロは独自の質問手法を持っており、その人物に対する評価をあらゆる角度から深掘りしていく。応募者の関係者が、本人についてどれだけいいことを言おうとしても、ついうっかり実態を明かしてしまうほど、インタビューに長けているのだ。

中には、相手が本心を話しているかどうか、表情の微妙な変化から読み解くためにも、「対面でしか行わない」というプロもいるほどだ。

リファレンスチェックは「踏み絵」の役目も

こうして応募者について、それぞれ異なる立場の関係者から評価をもらうと、おおよその人物像が見えてくる。

私がとくにフォーカスしているのは、応募者の「仕事の進め方」や「強み・弱み」、そして管理職であれば「マネジメントのやり方」だ。それが自社のカルチャーや配属先の仕事の進め方、人員構成(スタッフの属性や雰囲気)に、マッチするかどうかを重視している。

応募者に「リファレンスチェックをさせてほしい」と提案すると、「だったら結構です」「それなら他社の選考を優先します」と断られるケースもある。その場合は、本人に「何かやましいことがあるのでは?」と勘ぐらざるを得ない。

ちなみに選考過程で、応募者をビジネス向けSNS「LinkedIn(リンクトイン)」で検索し、経歴もろもろ確認することが多いのだが、そういう人物に限って、なぜかリファレンスチェックを断られた直後から、一切検索ができなくなってしまう。

つまり、相手方から突如、ブロックされてしまうということだ。これまでの経歴や仕事ぶりで、知られてはマズイことでもあるのかと、つい邪推してしまう。

でも、それこそ、採用するか否かのバロメーターになる。リファレンスチェックは、いわば最終選考時の「踏み絵」と言ってもいい。

人事は「疑わしきは採らない」

人事採用ほど、正解がないものはない。採用した人物が思わぬ成果を発揮してくれることもあれば、逆に会社や今いる社員に損害をもたらすこともある。

ミスマッチどころか、問題社員を採ってしまった場合、人事の責任を問われかねないが、そもそも採らなければ失敗にはならない。人事は、採るリスクを誰よりも知っているからこそ、「疑わしきは採らない」という厳しい目線になりがちだ。

先のAさんのケースでは業務が滞った上に、部下のやる気も下がり、業績にも影響を及ぼしてしまった。本人も合わなくてつらかっただろうが、一方で会社側にダメージがあった部分も否めない。

いかに入社前に、応募者について深く知ることができるか。リファレンスチェックの活用を含め、人事として、あれこれ頭を悩ませる日々である。


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(萬屋 たくみ : 会社員(人事部長))