2023年度の在京キー局の決算で「下り続ける放送収入」と「TVerで伸びる配信収入」が見えてきた(写真:Graphs/PIXTA)

減少し続ける放送収入

2023年度の在京キー局の決算が出揃った。決算資料のテレビ局単体のページから放送収入のみを取り出して集計すると、「下り続ける放送収入」と「TVerで伸びる配信収入」が見えてきた。

各局の放送収入を合計し、2019年度から並べたグラフを作成したところ、これまでの延長線上の結果になった。


(図:筆者作成)

2019年度にはキー局合計で8461億円あった放送収入がコロナ禍で乱高下したのち、2022年度には7999億円に下がった。そして2023年度は7623億円へとさらに落ちてしまった。減少率はマイナス4.7%、その前がマイナス4.8%だったので同じ傾向が続いている。中でもフジテレビは前年比マイナス8.1%で最も大きく下がっている。

ゴールデンタイムのPUT(総個人視聴率)もコロナ禍で乱高下し、2022年度は32.3%と前年度から3.5%も下がったが、2023年度は31.1%と1.2%ダウン。前年度ほどではないが、依然下がり続けている。コロナ期に人々が配信サービスを使うようになったためだ。

前の決算で放送業界は「今後下がっていく」ことを覚悟したが、今回の決算ではいよいよ下降傾向が決定づけられた形だ。放送というテレビ局の屋台骨だった事業が完全にピークを過ぎ去り、あとは下がっていくだけだと見えてしまった。

テレビ局が何もかもダメかというと、そうでもない。決算資料の中で輝いているのが、配信広告収入だ。ほとんどがTVerと思われる、その数字を並べてみよう。


(図:筆者撮影)

TVerはテレビ業界の希望の星

実は前の決算ではテレビ朝日の配信広告の数字はわからなかった。大きくインターネット事業と括った数字しか示してなかったのだ。それが今年は配信広告を抜き出していた。それも含めて、各局ものすごい勢いで伸びている。今時、50億円規模の事業が3割も4割も伸びているなんて滅多にないだろう。TVerはテレビ業界の希望の星だ。

そこで、取らぬ狸の皮算用の試算をしてみよう。今後、放送収入が同じ比率で減少し、配信収入が同じ率で伸びたとしたらどうなるのか。

ただ、テレビ東京の配信広告収入がわからない。残りの4局の放送収入に対する配信収入の比率は4.2%だった。テレビ東京の放送収入の4.2%は28億円。強引な推測値に過ぎないが、これを使って試算を進めてみる。

そうするとキー局5局の配信広告収入は317億円になる。またテレビ東京以外の4局の伸び率の平均は42.5%だった。これも試算に使う。

2023年度の5局の放送収入合計額は7623億円。配信広告収入317億円と合わせると7940億円。これが放送収入は毎年マイナス4.7%、配信広告収入は毎年プラス42.5%として今後の推移を強引にグラフ化してみた。


(図:筆者作成)

合計7940億円は2026年度まで7515億円に下がっていく。それが2027年度以降反転し、2029年度には8365億円と元の金額を超える。2030年度には9225億円にまで増える。強引な推測では、頑張って耐え抜けば配信広告収入の増加により全体も増えるのだ。

毎年同じ比率で推移するのはありえないので、このままにはならない。だが大まかな流れとしてはありうる試算だと思う。

とにかく、配信広告収入を高めるべく頑張れば、長期的回復は起こりうると私は考える。ただし、そこにはいくつかの課題がある。

まずTVerだ。今は本当に絶好調で、きっとここまで各社内で「配信なんて儲かるのか」などと言われながらも耐え忍んできたであろう関係者の努力が実った形だ。節目ごとに聞こえてくるのは、大幅に再生数やUB数が伸びたニュースばかりだ。個別の番組も、各分野で新記録を続々樹立している。すっかりエンタメ配信アプリとしてのポジションが確立した。

だが、いつのまにか「ドラマ配信アプリ」になってしまった。バラエティは再生が伸びるものが限られている。これではいつか行き詰まりかねない。

現状のTVerは「テレビ」とは言えないのだ。テレビとは、ドラマやバラエティに限らず、ニュースや情報番組、ドキュメンタリーや教養番組も含めた玉手箱のような装置のはずだ。ドラマばかりが見られるからと、ドラマの配信に集中していると、ある時点で成長がストップするかもしれない。

テレビとは、ふと「いまなんかおもしろいことないの?」とつけたら何かが出てくるものだった。それがいまはYouTubeにお株を奪われている。最近は民放のニュースや解説までYouTubeで見られている。

YouTubeで見られるのなら、TVerでも見られるはずだ。いまは配信してもなかなか見られないだろうが、配信し続けることが大事ではないか。そして開くとパッと何かが流れることも必須だ。テレビがそうであるように、つけたらとりあえず番組が目に入ってくることが重要なのだ。

そんなことはTVerの人々もわかっているはずで、実際去年の業界イベントではTVerのキーマンが新しい見せ方を取り入れると宣言していた。その開発は、大袈裟にいうとTVerの、さらにはテレビ局の今後を担っている。そこには期待したい。

ローカル局「ネットでの受け皿」がない謎

もうひとつは、TVerだけの課題ではないかもしれないが、ローカル局の問題がある。ローカル局は、TVerでぐんぐん再生されるようなドラマもバラエティも制作していない局がほとんどだ。いまもTVerに置かれているローカル局の番組はあるし、中には全国的にヒットする番組もある。

だがローカル局のコンテンツ資産とは主に夕方のニュースや情報番組だ。たまに福岡の実家に帰ると、その時間に地域の情報がわかる番組が流れる。だが夜7時になると、キー局のバラエティが流れ出す。

ローカルの夕方の番組がいつでも見られる環境を作ればいいのにと思う。絶対ニーズはあるはずだ。

ローカル局の番組をTVerで地域に合わせてフィーチャーするか、TVerとは別にローカル局の配信アプリを作るか。どちらかの大きな動きが必要だ。いまのうちに「ローカル番組が気軽に配信でも見られる」環境を作らないと、ただただ放送収入が下がっていくだけで、さきほどの取らぬ狸の皮算用がローカル局では成立しない。上がる部分が作れなければ、下がっていくだけだ。

そんなことは、キー局もローカル局もわかっているだろう。どうにも理解できないのが、それなのになぜローカル局のネットでの受け皿を誰も作らないかだ。TVerの好調ぶりを見るにつけても、どうして大きな動きが起こらないのか、不思議でならない。こういうことは、総務省や業界団体が音頭をとるものではないかと思うが、そんな話も聞かない。

配信広告を伸ばすことも大事だが、下がり続ける放送収入を食い止める何かも必要だ。日本テレビが昨年11月に発表したアドリーチマックス(AdRM)プラットフォームは、その何かになる可能性がある。来年4月からスタートすると言う。テレビCMの取引をこれまでの習慣から解き放ち、ネット広告の取引に近づけるのがコンセプトだ。例えばこれまでは、テレビCM素材は放送日の中4日前に入稿する必要があった。AdRMでは直前でも入稿可能になるという。天気など世の中の動きに合わせてCM素材を使い分けられるのは広告主にとってメリットだろう。

だが私が注目するのはAdRMの「インプレッション取引」だ。これまでのスポットCMの取引ではGRP、視聴率が使われていた。6月の2週間、1000GRPのCM枠を買いたい、と発注する。これをネットと同じインプレッションに変えるのだ。GRPは率なので、人数として捉えられなかった。だがインプレッションは実数であり、人数とも捉えうる。

インプレッション取引になることで、テレビCMとネット広告が同じ単位で語れるようになる。広告主としては、テレビでもネットでもいいので、CMを見てもらうのが目的だ。同じ単位になればわかりやすくなるだろう。

TBSの新人事

今回の決算と同時に新人事を発表した局もある。TBSテレビは佐々木卓社長が会長に退き、新たに龍宝正峰氏が社長に就任した。龍宝氏は2020年に各局が大きく増資して会社になったTVerの初代社長だ。TVerを2015年の立ち上げから支えてきた功労者。その龍宝氏が社長になったことは、TBSの今後は放送だけではないとの業界への宣言だ。

またTBSは新たな中期経営計画も発表した。元々、2021年に発表したグループVISON2030があり、それに沿って2026年までの計画を示したものだ。中身を見ると、非常に戦略的で、よくできている。グループVISIONも発表されたときにこれまでのTBSが生まれ変わったように感じたが、着々とその延長線上で進めている。龍宝氏の社長就任も、佐々木卓氏から流れを引き継いだもので、大きなVISIONに則った交代なのだ。

テレビ局は厳しい時代だからこそ戦略が重要になってきた。上層部でVISIONをきちんと議論して社内外に示す局と、未来はわからないとトップが言い放つ某公共放送では、その後の明暗が分かれるだろう。ましてや、いまだに30年前から君臨し続けるトップが、配下の人間をちょこまか異動させているだけの局は、明暗の暗に落ちていく。これから数年間でその差は明らかになると思う。

(境 治 : メディアコンサルタント)