ドレスコードを無視して、重要な会議に赤いスニーカーで出席する人は、高い地位にいる人物だと解釈されがちです(写真:eyescompany/PIXTA)

「どのシャンプーを買おうか」「どのサブスクリプションサービスに加入しようか」など、私たちは日々選択をしている。私たちはこれらの選択は自由意思のもとに行っていると思っているが、実は私たちには心理的な「癖」があり、商品やサービスにおけるちょっとした工夫が、消費者の購買行動を左右するのである。今回、人間のさまざまなバイアスと選択行動について、行動科学の知見をもとに掘り下げた『自分で選んでいるつもり:行動科学に学ぶ驚異の心理バイアス』より、一部抜粋、編集のうえ、お届けする。

集団の常識に逆らってみる


人が周囲の行動を模倣する傾向は、さまざまな研究で確認されている。その根底には、周囲に受け入れられたい、仲間外れになるのは避けたいという願望があるようだ。

これをマーケティングで利用するなら、大勢に選ばれている商品です、と伝えるのがよいだろう。実際に多く活用されているテクニックだ。私の前著でも大幅に紙幅を割いて解説している。

しかし、場合によっては集団の常識に逆らってみせることが得になる。常識や規範から外れる行為は社会から不賛同の扱いを受けるリスクがあるが、むしろそれを逆手に取るのだ。

この点では、社会的に高いステイタスをもっている人ほど、慣例からの逸脱に踏み切るハードルが低い。評判や知名度という資産をすでに稼いでいるので、多少のコストは痛手にならないからだ。

ハーバード・ビジネススクールのフランチェスカ・ジーノがこのテーマで研究を発表している。ジーノは2011年に、消費者行動研究学会(ACR)のカンファレンスを利用して調査をした。

このカンファレンスは、一般的な学会と同じく、ある程度フォーマルな服装で参加するのが通例だ。ジーノは参加者一人ひとりの服装を記録し、さらに、その人物の学会におけるステイタスを計る指標として、過去に出版した査読済み論文の数と照らし合わせた。

すると、服装がきちんとしているかどうかという点と、発表した論文の数は、反比例の関係にあることがわかった。成功している学者ほど、慣例に従わない服装をする傾向があったのだ。

この実験でわかるのは、ステイタスの高い人ほど慣例を破りやすいという点だけだ。それが他人の目にどう映るかという点はわからない。

非同調型の行動は社会的コストを伴う

ジーノはさらにシルヴィア・ベレッツァおよびアナット・ケイナンとの研究で、この点を掘り下げた。実験では被験者159人に、ある「教授」について簡単に説明し、ステイタスと能力を評価するよう求めた。

説明文は二通りあり、同調型として書かれた文章(「マイクは基本的にはネクタイを着用し、ひげはきちんと剃っています」)と、非同調型として書かれた文章(「マイクは基本的にTシャツを着用し、あごひげを伸ばしています」)があった。

被験者はこれを読んで、教授の能力と、この教授が周囲からどの程度尊敬されているかという点を推測し、7ポイント制で評価する。すると、非同調型教授のスコアが平均5.35、同調型教授のスコアは5.00だった。統計的に有意と言える差が生じている。

ジーノらの論文は次のように考察している。

非同調型の行動は社会的コストを伴うことが多い。そのため周囲に同調しない人物を目にした人は、その人物は社会的ヒエラルキーにおいて立場がゆらぐ心配をする必要がない、つまり非同調的行動の社会的コストを気にしなくてもよいほどに、パワフルなポジションにあるのだろうと解釈する。

ジーノはこの考察に「レッドスニーカー効果」という名前をつけた。当時、著名なIT系起業家にビジネス上のドレスコードを無視する傾向が見られたことにちなんでいる。大事な会議にもスーツとネクタイではなく、スウェットシャツやトレーニングシューズで出席する――ときには真っ赤なスニーカーで――という様子を表現したネーミングだった。

こうした研究はマーケティングにどんな関連性があるだろうか。スニーカーの話は面白いが、論文で説明されている状況――会議や学会におけるドレスコードやひげ剃りなど――は広告の話とは関係がない。宣伝を作るにあたって、この発見を参考にできる部分はあるだろうか。

そうした疑問を出発点として、私は2020年にダンカン・ウィレットおよびサムラン・カウルとともに、より商業性の高いシチュエーションでのレッドスニーカー効果を検証している。

被験者には、ブランドネームのわからないクラフトビールの瓶を見せた。いずれも目を引くようなボトルデザインなのだが、4本のうち3本は似通ったスタイルのデザインであるのに対し、残り1本だけ明らかに雰囲気の違うデザインになっている。被験者にはそれぞれのビールの質を評価するよう求めた。

次に、別の被験者グループにも、同じく4本のビールを見せた。4本のうち2本は最初の実験で独特だった1本と、ほかと似通っていた1本だ。さらに新たな2本として、独特だった1本と似た雰囲気でデザインされたビールを並べた。

同じボトルデザインが、ほかのデザインとそろっている場合と、逆らっている場合で、評価に違いが出るかどうか調べるという意図だ。

結果はレッドスニーカー効果のとおりで、ボトルデザインが4本中1本だけ特別だったときのほうが、高い評価がつくことがわかった。ジーノの研究と比べれば差は小さいが(評価は5%高くなっただけなので)、この逸脱は広く社会的な慣例を破ったわけではなく、単にボトルデザインが違うというささやかな逸脱だ。それだけのことで差が出たのだから、もっと大きく慣例を破る工夫をすれば、より大きな効果が生じると考えてよいだろう。

ポジティブな影響を及ぼすには条件がある

それなら今すぐ慣例を破る広告を作ろう、と飛びつく前に、このバイアスの微妙な性質について考えておく必要がある。レッドスニーカー効果でポジティブな影響をおよぼせるのは、いくつかの条件を満たした場合だけなのだ。

ブランドでレッドスニーカー効果を発揮したいなら、第一の条件として、そのブランドがすでにステイタスを獲得済みでなければならない。

先ほど紹介した「教授」の実験でこの点が証明されている。ひげを生やしているという点が同じでも、その教授の所属が有名大学だと説明した場合と、無名大学だと説明した場合があった。すると、「ひげを生やしている」という非同調性がプラスの印象となるのは、教授が有名大学に属している場合だけだった。

非同調型で、なおかつ無名大学に属している教授の能力に対する評価は、同じ無名大学に所属する同調型の教授と比べて、8%低かった。

非同調型の行動は能力やステイタスに関する他者からの認識を高めるが、それは当人がすでに高いステイタスをもっているという評価があってこそ、当てはまる。このバイアスが既存のステイタスをひっくり返すことはない。すでにあるステイタス評価を強調するだけなのだ。

人は自分の能力を過信する

宣伝したいブランドには、レッドスニーカー効果で強調されるようなステイタスがあるのかどうか、考えてみてほしい。といっても、この点を正直に認めるのは言うほど簡単ではない。人は自分の能力を過信するものだ 。マーケターも例外ではない。

私が広告会社ザ・マーケティング・プラクティスとともに行った調査で、マーケティングにたずさわる213人を対象に調べたときも、この点は歴然と結果に表れた。回答者の84%が、自分は同業者よりもいい仕事をしていると答え、45%は「ずっといい仕事をしている」と答えた。

この過信は勤め先にも向けられていた。回答者の79%は、自分が勤めている会社は競合他社よりも優れていると答えた。さらに、競合他社2社と争って新規案件獲得のセールスピッチをするというシナリオを提示すると、回答者の75%が、自社だけで売り込みをかけるシナリオよりも高い確率で、自社が案件獲得に成功するという見込みを答えるのだった。

つまり、あなたがマーケターとして、自社ブランドはレッドスニーカー効果を採用できるほどのステイタスはない、と考えるのであれば、おそらくあなたは正しい。自社ブランドにはステイタスがある、と考えるのであれば、もうちょっと冷静に検討してみたほうがいいかもしれない。

(翻訳:上原裕美子)

(リチャード・ショットン : イギリス広告代理店協会(IPA)名誉会員、ケンブリッジ大学チャーチル・カレッジ・モラー研究所アソシエイト)