北海道新幹線のトンネル工事現場で、貫通の瞬間を見守る作業員や関係者たち(記者撮影)

「トンネル工事に遅れはつきもの。掘ってみないとわからない」――。トンネル工事に従事する鉄道関係者に話を聞くと一様にこんな答えが返ってくる。

トンネル掘削に伴う大井川の水資源や南アルプスの生物多様性に与える影響を理由に工事が始まらず、2027年の開業を断念したリニア中央新幹線に続き、北海道新幹線もトンネル工事の遅れを理由に、2030年度札幌延伸の延期に追い込まれた。北海道新幹線の整備を行う鉄道建設・運輸施設整備支援機構(以下、鉄道・運輸機構)の藤田耕三理事長が「2030年度の札幌開業が困難である」と5月8日、斉藤鉄夫国土交通大臣に報告した。

「開業前倒し」が一転

新函館北斗―札幌間の着工は2012年。このときの計画では2035年度の完成・開業を目指していた。しかし、早期開業を熱望する地元の声を受け、2015年の政府・与党申し合わせで開業を5年前倒しして2030年度(最長で2031年3月)とすることが決まった。

このころ札幌市は2026年冬季オリンピック・パラリンピックの招致を表明していたが、2018年平昌、2022年北京に続けて3大会連続してアジアで開催するのは難しいという判断から招致目標を2030年に切り替えた。地元の間では、「新幹線開業をさらに1年前倒しして、オリンピックに間に合わせてはどうか」という威勢のいい意見すら上がっていた。

ところが、2020年10月に風向きが変わった。北陸新幹線・金沢―敦賀間の工事が計画よりおよそ1年半遅れており、2022年度末の開業には間に合わないことが明らかになったのだ。

その後の調査で、2019年10月の時点で工事現場サイドが「遅延回復は困難」と報告していたものの、鉄道・運輸機構の大阪支社は本社に対し、「開業に間に合う」と報告していたなど、機構内の連絡やチェック体制に不備があったことが明らかになった。結局、北陸新幹線の敦賀開業は1年遅れの2024年3月となった。開業が間近に迫った段階での工事遅れの発表は地元の盛り上がりに冷水を浴びせた。

北陸新幹線の反省を生かし、北海道新幹線は早い段階で精査の作業を行うべく、国は北海道新幹線・新函館北斗―札幌間の整備に関する有識者会議を2022年9月に立ち上げた。

会議を重ねるにつれ、北海道新幹線でも工事が遅れ、工事費用が膨らんでいる実態が明らかになってきた。渡島トンネルでは掘削に伴い発生する土砂の受け入れ先の確保が難航しているほか、地質的に軟弱な区間が多く追加のトンネル補強工事が必要になり、現状で3〜4年の遅れが発生しているというのだ。


2022年10月に貫通した北海道新幹線・国縫トンネルの長万部側坑口=2022年11月(記者撮影)


北海道新幹線・豊野トンネル貫通の瞬間=2023年3月(記者撮影)

「5年前倒し」無理はなかったか

一方で、羊蹄トンネルの比羅夫工区では、軟弱な地質とは逆の事象が起きていた。シールドマシンの前方に10m四方に及ぶ巨大な岩塊が出現し、撤去作業に2年半を要したほか、シールドマシンの刃の交換などにより現時点で4年程度の遅延が発生しているという。

有識者会議は工程の工夫などにより工事の遅れを少しでも軽減すべしという方向性を2022年12月にまとめたが、鉄道・運輸機構は「有識者会議で議論されたさまざまな工程短縮策をもってしても一定程度の短縮にとどまる」と結論づけた。そして5月8日、「2030年度末完成・開業の目標達成は極めて困難」と国に報告した。新たな開業時期については「現時点で具体的な時期を示すことは技術的に困難」としている。

5月10日の定例記者会見で斉藤大臣は、鉄道・運輸機構から報告を受けたことに対して「この報告内容が合理的なのか、講じることができる方策がないか、有識者会議を開催しながら精査を進めていく」と話した。

その日の午後、有識者会議が開催された。今後の工程短縮策を検証したほか、新たな開業目標をどのように設定するかについても話し合われた。また、遅れの大きな要因となっているトンネル難工事の対策を進めるため、大手ゼネコンなどとワーキングチームを立ち上げたことも報告された。

会議後、国交省鉄道局と鉄道・運輸機構の担当者が取材に応じた。まず気になったのは、4年程度遅れるということは、そもそも2035年度の開業目標を5年前倒しする計画に無理があったのではないかということだ。この点について国交省は「できるという判断だった」。また、鉄道・運輸機構は「発生土の受け入れ体制などの条件が整えば5年前倒しはできると判断した。巨大な岩塊については当時想定していなかった」と述べた。


「2030年度末開業予定」と書かれた北海道新幹線・新八雲駅(仮称)建設予定地付近の看板(編集部撮影)

新たな開業時期は「幅を持たせた設定」?

比羅夫工区では、今回のシールドマシンの停止中に人工的な振動を用いて地質を調査する弾性波探査を行ったところ、進路上に9カ所で岩塊が確認された。これらをボーリング調査すると6カ所は規模的に掘削可能だが、3カ所はシールドマシンが停止するおそれがあり、除去の必要があることも判明した。ルート選定前にこのような状況がわかっていればルート変更などの手段も取れたはずだ。

着工前の地質調査ではわからなかったのだろうか。この点について鉄道・運輸機構の担当者は「ボーリングをきめ細かく行えば技術的には可能」と述べた。だがきめ細かく調査を行えばその分だけコストは跳ね上がる。要は現実的な地質調査としては取りうるべき方法ではなかったということだ。


北海道新幹線・豊野トンネルが無事に貫通したことを祝う儀式の様子(記者撮影)

新たな開業時期について早期に示してほしいとの声が地元自治体や経済界から上がっている点については、国交省の担当者は「次の目標は何年度と決めるかどうかも含め、今後ご議論いただく」と説明。「○年度」ではなく「○〜○年」と幅を持たせた目標設定となる可能性も示唆した。

開業の遅れは多方面に影響を及ぼす。JR北海道は2030年度末の北海道新幹線延伸開業を機に経営自立することを目指し、それまでの間は国がJR北海道に対して支援を行っている。このスキームはどうなるのか。斉藤大臣は「2031年度以降の対応については、JR北海道の経営改善の状況や北海道新幹線の状況を踏まえつつ今後検討していく」と述べるにとどまった。

また、北海道新幹線の札幌延伸開業に伴い、函館本線の函館―長万部間が並行在来線として切り離される。同区間の貨物輸送維持の方策についても現在、協議が続いている。JR貨物の犬飼新社長は「(並行在来線切り離しが先送りになったことで)貨物輸送存続の議論をしっかりしていく時間が増えた」と話す。JR貨物にとっては結論を先延ばしできるというプラス要素のほうが大きいといえる。

次世代新幹線の開発を行うJR東日本はどうか。札幌延伸の延期は新型車両の開発計画にも影響を及ぼしかねないが、東北新幹線で現在主力のE5系は2011年から営業線への導入が始まり、耐用年数的には数年延期しても問題なさそうだ。


現在の終点、新函館北斗駅付近を走る北海道新幹線(編集部撮影)

工事急いでも「安全」は維持を

札幌市は新幹線開業を契機に交通結節点としての機能強化を進めており、駅前の再開発やバスターミナルの整備などに取り組んでいる。新幹線を前提にホテルやオフィスなどの民間投資も進んでいる。秋元克広市長は、「開業時期の変更となれば影響が少なからずあるかもしれないと危惧している」。また、「見通しが立たないという状況がいちばん困る」として、鉄道・運輸機構に対して「どれくらい遅れるのかという見通しを知りたい」とも要望した。

地元の「見通しを知りたい」という意見はまったくそのとおりである。一方で、「トンネルは掘ってみないとわからない」。そのような状況を踏まえると正確なスケジュールを示すのは難しい。


札幌駅再開発エリアの新幹線工事現場(記者撮影)

秋元市長は「1日も早く開業していかなくてはいけない状況には変わりない」とも述べた。これもまったくそのとおりなのだが、スピードを優先すると安全が疎かになりかねない。鉄道・運輸機構に確認したところ、新函館北斗―札幌間の工事ではトンネル坑内を中心に死亡事故が6件起きていることが判明した。作業中に後退した重機に轢かれた、作業中に重機と支保工の間に挟まれたなど、安全を十分に意識していれば防げた事故ばかりだ。また、これ以外に札幌駅の工事でも警備員がバックしてきたトラックに轢かれて死亡している。今後、拙速に走ることなく安全には十分配慮のうえ工事を進めてもらいたい。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)