デジタル技術の活用で教員の業務を効率化する方法もあるはずです(写真:kapinon / PIXTA)

教育現場のDX化は、教員の過多な業務を改善する方法の一つです。実際にデジタル機器の活用などで教員の働き方改革に一定の成果が出ている学校もありますが、その進展には差があるのが現状です。しかしDX化を迅速に進めなければ疲弊する教員は増える一方で、子どもたちにも影響が及ぶ恐れがあります。ではなぜDX化は進まないのでしょうか。朝日新聞取材班による書籍『何が教師を壊すのか 追いつめられる先生たちのリアル』から一部を抜粋し、その理由に迫ります。

本記事は3回シリーズの3回目です。

(1)「先生が壊れる」若手教員に病休者が多い深刻事情

(2)「これって教員の仕事?」疲弊する先生のリアル

デジタル機器が充実しても進まない改革

「何十年前の働き方なのか」

東北地方の複数の公立校で支援員をしている40代女性は2021年、ある光景を目にして驚いた。勤務校の一つに出勤したときのことだ。

職員室の机の上に資料がきれいにまとめて置いてあった。聞くと、教頭が教育委員会からくる大量のメールの添付ファイルをプリントアウトし、先生の人数分コピーして机に置くのだという。

教頭は毎朝、この作業に1時間かけているらしい。クラウド上にファイルを置いて各教員が見るようにすれば、数分で終わる作業のはずだ。民間などで普通に行われていることだ。


(画像:文部科学省資料「GIGAスクール構想の下での校務DXについて(令和5年3月8日)」を参考に東洋経済作成)

気になるのは、それだけにとどまらない。

例えば、家庭に書いてもらうアンケート。まず教務主任がアンケートの質問文を印刷し、職員室にある各クラスの配布物ボックスに人数分の紙を入れる。

クラス担任はそれを子どもに配布し、手書きしてもらって回収する。よく紛失するので、配る作業は大抵、何度も発生する。

回収したら、それを担任が表計算ソフトに入力する。この作業だけでも3時間ぐらいかかる。いまやオンラインのアンケートフォームは、無料アプリで簡単に作れる。

女性はそう考えて改善を提案した。だが、年配の教員から「面倒くさい」「これまでのやり方の方が早い」と言われてしまった。

子どもの学習評価などを書き込む「指導要録」は、すべて手書き。通知表のもととなる公文書だが、通知表とは違って原則外部が目にすることはない。

なのに、教員は一文字でも間違えれば、すべて最初から書き直している。導入済みの校務支援システムと連携してデジタル上で入力できるようにすれば、間違えてもすぐ消せるし、子どもの名前やクラスなどの基本情報を盛り込む手間が省けるはずだ。

女性がさらに驚いたのは、ソフトの独特な使い方だ。パソコンで文書をつくるソフトは「一太郎」と決まっている。外部と共有する際はコンバーターをつかって「ワード」に変換して送っている。これも一手間だ。

ICT技術を避けるような雰囲気も?

女性は特に、若手教員への影響を心配する。

大学在学中はオンライン授業を受け、様々なデジタル技術を使ってきたはず。なのに、学校では職員会議の資料をプリントアウトしてホチキスどめする仕事を与えられる。

若手が、プリントアウトした紙資料をコピーするために印刷機の行列に並んでいるのを見た。ただでさえ、なり手が少ないのに、あまりの非効率に嫌気がさしてやめてしまうのではないか。

「先生には業務を効率化し、教材研究や授業準備にこそ時間を使ってほしいのに」

ベテラン教員を中心に、ICT技術を避けるような雰囲気があるとの指摘もある。

都内の公立中学校に勤める非常勤講師の50代女性は「学校にはITアレルギーがあるように感じる」と話す。授業をした公立2校で、デジタル機器が充実しても改革が進まない実態を目の当たりにした。

生徒1人に1台の情報端末が配られるのに合わせ、教員用にも複数台が配備された。ただ教員全員分はなく、職員室から持ち出せない。

2021年度、コロナの感染拡大で密を避けようと、職員会議をオンラインで開くことになった際も、参加者のほぼ全員が職員室にいたという。

女性はテストの採点などの仕事を持ち帰って、在宅での仕事の合間や移動中の電車などでこなしたい思いがある。持ち帰りもできないため、学校外からデータにアクセスできず、学校に遅くまで残ることになる。

さまざまな配慮で前へ進めない

保護者との連絡方法も気になる。

女性の勤務校では、放課後の職員室で、多くの教員が保護者に固定電話から連絡し、不登校の家庭に日々の様子を聞き取ったり、欠席だった子に必要なことを伝えたりする。保護者の仕事の都合で連絡がつくのが夜になってから、ということも少なくない。

相手の携帯電話にかけることで不在着信が残り、折り返し待ちのために遅くまで帰宅できない姿もよくみる。メールやLINEでのやりとりや、教員が自宅から携帯などで電話することは認められていないためだ。

女性は疑問に思い、理由を同僚に尋ねてみた。

メールなどではやりとりが記録され、教員の名前とともにネット上などでさらされる恐れがある。そんな説明を受けた。理屈はわかるが、長時間労働の温床になっていることを考えると、合理的とは思えない。

学校にこうした決まりがあるのに、理由がないわけではない。保護者と教員のメールなどを禁じている都内の小学校の校長は言う。

「家庭と個人的な関係をつくり、悪用する教員がいるかもしれない。ごくわずかでも可能性があれば、子どもを守るためにルールは必要になる」。

デジタル化が進まない理由はほかにもあるという。この校長は以前、保護者へのアンケートにアプリを使おうとしたが、自治体のセキュリティー担当部署から個人情報の扱いを理由に止められた。

「安全で、子どもにも影響がないという認識が確立すれば変わるかもしれないが、学校が新しいことをやるのは時間がかかりがちだ」

ICT導入で効率化が進んだケースも

一方、ICT(情報通信技術)の導入による事務作業などの効率化が大幅に進んだケースもある。

文科省が作成し、全国の学校が参照できるようにしている「全国の学校における働き方改革事例集」には、生徒が解く練習問題を集めるのにアンケートフォームをつくって集計できるアプリを活用したり、保護者からの欠席連絡を電子化したりといった具体例が盛り込まれた。

そのうちの一つである千葉県柏市の市立小では、AI(人工知能)を使って卒業アルバムの作成にかかる時間を大幅に削減することに成功した。

卒業アルバムは、作る側からすると、写真選びに手間ひまかかることで知られる。特定の子が一度も写っていないとか、一部の子が何度も写るといったことは絶対に防がなければならない。そのため、膨大な人手と時間がかかる。

何とかならないか。教員たちは考えた。この小学校が2020年度に導入したのは、ITベンチャーが開発したオンラインサービス。

大量の写真をクラウド上にアップすると、AIによる顔認証で、児童それぞれがどの写真に何回写っているかを読み取り、集計してくれる。費用は児童1人当たり年間300円ほど。

同校が取り組んだ効率化はほかにもある。

校外学習や水泳への参加の可否など、保護者の意思を確認するアンケートを全てオンラインで回収するようにした。

家庭に配布する紙のお知らせにQRコードをつけ、保護者が私有スマホなどでコードを読み込むと、回答サイトへ飛ぶ。保護者が児童名を入力し、「参加」などの選択肢を選んで送信すると、回答が自動集計される仕組みだ。

導入前は切り取り線を入れた紙を配り、忘れた児童に何度も催促して回収。集めた後にはエクセルに入力していた。1回につき数時間ほど削減できたという。

こうした改革を担ったのは、一人の中堅教員で、20年度に教務主任になったのをきっかけに、徹底的な効率化を目指した。

小一時間かけてノートに手書きしていた翌週の授業計画を専用ソフトを使って5分ほどでできるようにしたり、通知表を日々少しずつつくりためるようにしたり。

教職員間の連絡はマイクロソフトの「チームズ」やLINEのオープンチャット機能を使って簡略化した。

その結果、6年担任の月の残業時間は、19年4〜6月の3カ月で合計300時間を超えていたのに対し、21年の同時期は計約170時間減らすことができた。

改革が進んだのは、教員の数が多くなく意思疎通が容易だったことや、改革に熱心なこの教員の努力を管理職が理解して後押ししたことなどが背景にある。

自治体もIT化に積極的で、工夫を阻むようなルールがなかったことも奏功した。

紙が中心だった保護者へのお便りを見直し、デジタル配信サービスも使い始めた。この教員は「管理職や教育委員会の指示を待つのではなく、現場がまずはやってみるボトムアップで取り組むことで大きく進んだ」と振り返る。

まずはやってみることから

ただ、こうした学校はまだ多くはない。むしろ、学校には過度の「紙文化」やデジタル活用を禁じるルールが残り、改革が進まない現実がある。

学校業務の情報化を推進する文科省の有識者会議の元委員で、教育研究家の妹尾昌俊さんは、学校によってデジタル化の進展に差が出ている現状について、「不祥事やネット上のトラブルなどを恐れて慎重になったり、デジタル環境がない家庭に配慮したりして進められない現状が一部の学校にはある」と指摘。


そのうえで、「リスクを完全になくし、形式的な平等を目指すよりも、まずはできる範囲でやってみて、起こった問題に個別に対処するという考え方が必要だ」と話す。

一部のデジタルに強い教員が自由に取り組むことで、「これは便利だ」と周りの人に自然に広がる。

管理職はリスクに配慮しつつ後押しする。教員が授業や生徒指導などの本業に専念するため、そんな好循環が理想という。

「そのためにも、自治体は個人情報の扱いなど、デジタル移行の壁になるようなルールをまずはできるだけ緩和し、効果や弊害の有無を検証するべきだ」

(朝日新聞取材班)