副業というとキャリアの選択肢を広げるように思われるが、「本業に集中しない」デメリットがあるのを知っておきたい(写真:asaya/PIXTA)

政府が推奨するなど、年々副業をする人が増えている令和。しかし、実際に副業をしたことがある人は、こんなふうに思っていることも。

「実際はもっと泥臭いものなんだよ。というか、精神的にも肉体的にも大変なんだよね……」
「会社の収入だけで不安なく暮らせるなら、自分も副業なんかしないよ……」

副業社会人たちの、切羽詰まった日常の実態、そして、そこから見える日本の現在・未来とは? 約3年にわたって、会社員と書評家の二足のわらじ生活を経験した、三宅香帆さんが送るエッセイ&インタビュー連載。

前回に引き続き、学生時代からライターとして各種ウェブメディアで執筆するかたわら、新卒で大手IT企業に入社した、りょかちさんに「兼業」について、お話をお伺いした(前編はこちら)。

現在は会社を退職し、作家・脚本家として独立したりょかちさんだが、当時の兼業時代を振り返っていただいた。

りょかち/1992年生まれ。京都府出身。神戸大学卒。学生時代より、ライターとして各種ウェブメディアで執筆。新卒で大手IT企業に入社し、企画開発に従事。その後、ブランディングプロジェクトや部署横断プロジェクトを担当。その後独立した現在では、コンテンツ企画〜ディレクションを一気通貫で行うコンテンツプランナーとして活動。2022年7月まで、キャリアSNS『YOUTRUST』にて運営中のユートラ編集部・編集長も経験。執筆活動も精力的に行い、ミレニアル世代の等身大の価値観やWebサービスについて書いたコラムのみならず、脚本・小説・コピー制作も行う。著書に『インカメ越しのネット世界』(幻冬舎刊)、『恋が生まれたこの街で』(KADOKAWA刊)。

会社員を辞めたタイミング

―仕事があまりに忙しすぎるりょかちさんが、会社員を辞めようと決心したのは、どういうタイミングだったのでしょうか?

会社員4年目くらいになると、やっぱり新卒としての仕事が終わり始めて、中堅社員としての仕事が出てくるんですよ。すると、「もっと時間を投資すればできることがあるのかもしれない」「もっとやってみたいことがあるけど、そうすると寝てる暇もなくなってしまう」と思うようになってきたんです。

同時に、ライターとしてもちょっとずついい仕事をもらえるようになってきて。たとえば対談や連載を任せてもらえるようになったり、取材して記事にする仕事が来たり。そういう仕事って、だいたい平日の仕事なので、会社員だと引き受けるのが難しいんです。

そうしてるうちに、だんだん「このままだと両方、中途半端になっちゃうんじゃないかな」と思うようになって。土日も平日も原稿書いて、本業もして、疲れて。「このままずっと、『もっとできるんじゃないか』と思いながら、疲弊して仕事を続けていくのか」と思うと、それは無理だなと。そうして辞める決心を固めました。

―どちらを辞めるかを考えたら、会社ではなく執筆業を選んだ、ということですよね。

そうですね……やっぱり自分は書くことが好きで。テキストを仕事にする夢があったので、そこを集中して一度やってみたい、という気持ちがあったことが大きいです。

あとは、会社でやっていたPMという仕事は、総合力の世界だなあと思っていて。そこでは今の自分じゃ勝てない人がいるな、でも「コンテンツ制作力」をつけた後なら、総合点もあがるから、また戦えるかもしれない、じゃあまずは自分の強みである「コンテンツ制作力」をもっと強化してみよう、と考えましたね。一生執筆業として生きていくというよりは、現時点でどちらを選ぶかという視点で、執筆業を選びました。

キャリアについては常に悩み続けている

―お話を伺っていると、りょかちさんはかなりしっかりキャリアを考えている印象なのですが、これまでキャリアについて悩んだタイミングはありましたか?

実は、常に葛藤してます。本当に。「自分はちゃんと有益にキャリアを積めてるのだろうか?」とずっと考えている気がしますね。

たとえば私、新卒でかなり優秀な人が多い部署に入れていただいたんです。みんなが憧れるような人が所属している部署で、いろんな人から「この部署に入れるなら、長期的に見たら本業に集中したほうがいいよ、絶対にいい経験になるから」と言われて。普通にキャリアの観点から考えると、副業なんてしないほうがいいんだろうな、どうしようかな、と何度も悩みました。あと、たぶん会社員に集中したほうが、お金は稼げるんですよね(笑)。

だけど自分の場合は、書くことが好きで、書きたいなと思ってしまった。もっと稼げる分野に才能や、やりたいことがあったらよかったのに〜とはちょっと思いますけど、でも、自分の場合書くことが好きだから、お金やキャリアの観点では一筋縄ではいかなくとも、書くことを選んだ、と思っています。私にとっては、テキストに関わるという夢を諦めきれなかった、自分のキャリアからまったく消すことができなかった。

そんなわけで自分はたくさん考えて出した結論なのでいいのですが……もし後輩が兼業するとしたら、「本業に集中しないデメリットは考えたほうがいいよ」とは、言いたくなると思いますね。

知っておきたい「本業に集中しないデメリット」

―本業に集中しないデメリット。

本業で成果を出さなきゃいけない時期、みたいなものがあると思います。キャリアが同時並行できることは兼業のメリットですが、やっぱり忙しいし本業に集中できないデメリットがあるのはみんな知っておいたほうがいいよ、と。

副業ってキラキラしてるし儲かるって言われがちですが、やっぱり集中してる人には集中してる人の強さが絶対にある。

副業をやるなら、本業に集中できないことのトレードオフを意識してやったほうがいいよ、とすごく思います。

―なるほど、兼業というとキャリアの選択肢を広げるように思われますが、「逆にキャリアの選択肢を狭めているのでは?」ということですね。

そうです。自分も、いろんな分野に手を出したけれど、どれかの分野にもうちょっと集中してたら、どこかでもっといい結果を出せたのでは?と思うときもあります、正直。最初からライターに集中してたらもっと面白い連載にも挑戦できたんじゃないのかなあ、とか。

新卒時代、兼業のおかげでメンタルを保てた

―ストイックですね……! 逆に、キャリアのなかで兼業を選んでよかった、と思う点はありますか?

私はわりとメンタルが弱いので、兼業してなかったらメンタルやられてたかも、と思います。やっぱり新卒時代ってすごく怒られるし、自分はできない人間なんだと自己肯定感が下がるし、メンタルも弱るのですが。私の場合は副業で「りょかち」が成功していたので、自分を全面的に否定せずに済んだんですよね。だから自分のメンタルのためには、本当に、副業をやっていてよかった。

結局、仕事の成果だけを考えると、兼業をやらないほうがよかったのかも?と思うことはあるけれど、メンタルのことを含めて考えると、兼業をやっていてよかった、と思うんですよね。

―りょかちさんがメンタル弱い、って意外に思われる方もいるんじゃないかと思いますが、それは何かきっかけがあったんでしょうか。

私、進学校でメンタルがっつり壊してるんですよ。そこで「気持ちって壊れてしまうんだ」と知ったんです。その経験があったので、人間の心は壊れる、これ以上いくとやばい、というラインがあることをわかっているんです。

―それはすごく驚きです。

なんかね、中学時代はめっちゃオタクだったんですけど、高校時代にオタクを楽しむ心を全て失ってしまって。進学校で、勉強に追い込まれすぎて、メンタルが壊れて、オタクができなくなってしまった。

―なんと……。でもたしかにお話を伺って思ったんですが、オタクであることと勉強を頑張ること、もある意味学生時代における「副業」のようなものかもしれませんね。精神を壊さないためには、オタク趣味のような逃げ道もすごく大切なのに、学生時代って「とにかく勉強頑張れ」だけ言われて、副業も許されない。でもそれっておかしいですよね。

大人にとっても、実は「メンタルを壊さないための副業」って大切なのかもしれません。

本当に! 自分にとっては会社員を健康的に続ける、そのメンタルのために、副業が必要だった。最近はそう思っています。

「半身で社会にかかわる」考えを広めたい

―りょかちさんに副業という選択肢があってよかったです……! お話を伺っていて、副業するにしてもしないにしても、自分のキャリアへのメリットデメリットを知ったうえで決めたほうがいい、ということなのかも、と思いました。副業に関するいろんな情報はあったほうがいい。

最後に、副業に関して何か思うことはありますか?

私、会社員時代から今に至るまでいろんな人を見ていて、「副業してる人が泣かずに済む社会のほうが、みんな生きやすいのでは?」とすごく言いたいんです。

―この連載のタイトルは「泣きながら副業してる」なのですが(笑)、つまり、「副業してる人が、限界にならずに済む社会」ということですか……?

そうです。以前、NHKの『100分de名著 100分deフェミニズム』という番組で、社会学者の上野千鶴子さんが「半身」という言葉を使われていて、すごく面白かったのですが、この「半身で社会にかかわる」という考え方をもっと広めたいです。

―「全身」で働く男性的な現状の働き方に対して、上野さんが提唱されたのは、女性たちはこれまでずっと「半身」で働いてきたんだ、ということですね。女性は、半分は家庭、半分は仕事、という働き方を今までせざるを得なかった。だけど「半身」で社会にかかわるのが当然になるべきだ、と。

本当に、「まずは暮らしがあって、そのリソースの一部を活用して仕事をしている」という意識で全員が働くことが、当たり前になってほしいです。

そうすれば、違う会社で働きたい人はまたもう半分で働いたらいいし、家族のことをやりたい人は半分を家族のことに使えばいい、というふうになる。自分の会社が好きだったら、普通の2倍使えばいいわけですし。

みんな100パーセントで仕事するの、やめよう、って思います。

メンタルを壊さずに済む社会になってほしい

―たしかに、育児をしている人も、副業をしている人も、そのほうが「泣かずに済む」わけですね。

私が会社で働いてたとき、お子さんがいらっしゃる女性の上司が多かったんですが、働きながらお子さんを育ててる様子を見てなんだか「兼業に似た大変さがある……」と思っていたんです。もちろん命を預かっているから、子育てのほうが仕事よりも重圧が大きいのですが。だけど時間のなさや、限界具合を他人にわかってもらえない大変さは同じかも、と。

そういう意味で、会社を100パーセントで働かなきゃいけない社会がもう限界じゃないか、と思います。「半身」が当たり前になったほうがいい。

趣味を楽しみたい人もいるわけだし、副業をやりたい人もいるわけだし、育児をしたい人もいるわけだし、そういうみんなが生きやすい、メンタルを壊さずに済む社会になってほしいです。

―本当にそのとおりですね……。泣きながら副業しないで済む世の中を模索したいです。

そして私は今日のお話を伺って、りょかちさんのキャリアも今後とても楽しみになったのですが、憧れの方とかいらっしゃいますか?

えー! そうですね、田辺聖子さんみたいになりたいかもしれない! 田辺聖子さんの作品って、エッセイだと明るくて親しみやすいけど、どこか可愛らしいじゃないですか。小説もエッセイも面白い。なんでも書くし、本人も楽しい。憧れますね。

―素敵です。令和の田辺聖子さんになるりょかちさんの道のり、応援してます!


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(三宅 香帆 : 文芸評論家)